7回 裏切り────今度はちょっと手強い、エリフやドワーフも混じった多種族混成部隊です
混成部隊。
エルフやドワーフという多種族による部隊。
それはユキヒコ達の中でも特別視されてる者達だった。
当然ながら、種族ごとに能力や特性の違いがある。
エルフなら魔術が得意で、ドワーフなら頑丈で体力が大きい。
こういった者を加える事で、部隊の強さが上がる。
人間族だけの部隊よりも恐れられる所以はここにある。
ユキヒコも実際に見てきた。
それらが機能した場合の強さは理解している。
なので、出来る限り敵にはしたくないと思っていた。
それほどまでに厄介な連中だった。
前線をドワーフが支え、後方からエルフの魔術援護。
その両者の間を埋めるように、人間族が立ち回る。
これがおそろしい位の破壊力を生み出す。
ドワーフの戦士はゴブリンはもとより、人間族よりもはるかに力強い。
そんな奴と戦うとなれば、長期戦は避けられない。
エルフの魔術も人間族の魔術師よりも強力で、同じ魔術でも威力に違いが出てくる。
そんな連中がいる部隊と、真っ正面から戦いたいと思う者などいるわけがない。
ただ、間近で見てきたから分かる。
混成部隊が抱えてる問題も。
それは、種族間の仲の悪さに起因する。
基本的にドワーフとエルフは仲が悪い。
種族的に、あるいは歴史的に。
とにかく過去から現在に至るまで、両者の仲の悪さは知られている。
例外的に種族を越えて友情や愛情を育む事もあったようだが。
それでも、基本的に両者の仲の悪さは広く知られている。
どのくらいなのかと言うと。
すれ違いざまの挨拶も無しに互いに無視し合う。
同じ酒場にいても、決して同席する事は無い。
同じ部隊にいる間は、互いに口をきかない。
行動する時は、隊長などの指揮官を通じて互いの動きを調整していく。
こういった、普段なら喧嘩してるのかと思うような間柄が彼らの普通であった。
むしろ、こうしているなら両者は仲良くやってると言われるくらいだ。
お互いに相手を無視する。
彼らにとって、これが共存する上での最大の譲歩だった。
一緒にいれば、遅かれ早かれつかみ合いの喧嘩を始めるような連中なのだ。
それが、一緒の空間にいても騒動にならない。
それどころか、同じ部隊にいて行動を共にしてる。
こんなの、エルフとドワーフからしてみれば奇跡でしかない。
その為に、互いに相手の事を無視する事にしているのだ。
そんなわけで混成部隊というのは、成立させるのが恐ろしく難しい。
普通なら、人間とドワーフ、それか人間とエルフといった組み合わせがせいぜいだ。
それならばそれほど摩擦は発生しない。
しかし、ドワーフとエルフが共存するなど異例としか言い様がない。
それが成立している、数少ない事例がユキヒコのいた部隊にあった。
本当にそれは奇跡でしかない。
ただ、それはドワーフとエルフが異例として仲が良かったからではない。
やはり、お互いに相手を無視して成り立つ難しい状況にあった。
こんな仲の悪い種族が一緒にいるのは、女神の指示による。
別種族でも共存するようにと。
そのため、一定以上の規模の町などにはドワーフとエルフが一緒にいることが多い。
当然、喧嘩や衝突、騒動が発生する。
それならば、せめて顔を合わせないようにしておけば良いのだが、そうも言ってられない。
女神の指示なのだ、顔を合わせないわけにはいかない。
かくて、そこかしこで問題が発生する事になる。
軍隊においてもそれは同じだ。
せめて種族ごと部隊を作り、顔を極力合わせないようにしてはいるのだが。
それはそれで女神イエルの教えに反してしまう。
なので、可能な限り種族混成の部隊を編成する事になっている。
問題が多発するが、これもやむをえない。
そこにつけ込む隙がある。
「あいつらは互いに連携をとったりしない。
隊長の指示に従って動いてるだけだ」
少なくとも、エルフとドワーフの間で言葉のやりとりがあるわけではない。
「だから、隊長を潰せば奴らは部隊として動けなくなる。
それを狙う」
まず、司令塔から潰していく。
それが基本的な戦い方になる。
最も、言うは易しで、いきなり隊長を潰せるわけがない。
「だから、可能な限り邪魔をして欲しい。
最悪、ドワーフとエルフの動きを止めてもらいたい」
それがユキヒコの狙いだった。
「魔術は集中しなけりゃ使えないって聞いてる。
だから、弓でも石でもいいから、とにかく狙い続けてほしい。
そうすりゃ魔術を使えないはずだ」
魔術による強力な援護射撃をとりあえずはこれで封じる。
「それから、ドワーフだけじゃないけど、他の兵隊達。
こいつらには閃光を使ってやってくれ。
これで目を潰す」
これを部隊に一人だけいるゴブリン呪術師に頼む。
彼はゴブリンなのでそう大した魔術が使えるわけではない。
しかし、一瞬だけの莫大な光を発生させるくらいなら問題なくこなせる。
それで十分だった。
相手の目を潰す事が出来る。
「あとは接近して一気にとどめをさす。
相手が誰でもいい。
とにかく頭数を減らしていこう。
そして、出来るだけ三人以上で襲いかかってくれ。
そうすりゃ、まず間違いなく勝てる」
いくらゴブリンとはいえ、三人で襲いかかれば手をこまねく。
それが出来るだけの人数がここにいる。
能力において他の種族より劣るゴブリンだが、繁殖力という部分では他を圧倒する。
おかげで人数だけはかなりの数を占める。
その力を今ここで発揮しようとしていた。
「それでも、基本は奇襲だ。
真っ正面からぶつかったら勝ち目がない。
だから、姿を隠して潜んでてくれ。
それか、後ろを確実にとってくれ」
難しい事だが、これがやはり大前提である。
数が多くても真っ正面から挑めばゴブリンの勝率は大きく下がる。
出来るだけそれは避けねばならなかった。
「でも、上手くいかない場合もあると思う。
そういう時のために、こうしようと思う……」
そういってユキヒコは更に作戦を提案していく。
グゴガ・ルをはじめ、隊長ゴブリンなどは静かに聞き入っていく。
それは、今までの彼らにない知能を使った作戦である。
ゴブリン達はそれに我知らず心をおどらせていった。
ユキヒコとゴブリン達は義勇兵達の巡回路へと向かっていく。
そこに待機して標的の到着を待つ。
敵の視界や魔術の探知範囲に入らないように気を遣い。
そうしてしばらく待つ事になる。
その間に、出来るだけの罠を張り、敵を少しでも足止め出来るようにしていく。
可能なら、その場で致命傷を与えられるように。
そうでなくても、動きが鈍るくらいの怪我を与えられるように。
そんな準備をしながら待っていると、目的が姿をあらわした。
先頭に斥候を置いた義勇兵達は、さほど足を落とさずに進んでいく。
通い慣れた巡回路という事もあるのだろう。
一応、それなりに周囲に目を配りはしてるが、そこまで慎重というわけではない。
とはいえ、襲いかかったら即座に動きが取れるようにはなっている。
そんな彼らの中でひときわ目立つのが二人。
二番目を歩くドワーフと、全体の真ん中に位置するエルフ。
人間族の中にいるおかげで、その二つが際だった。
ゴブリン達はそんな混成部隊の巡回路を囲むように展開している。
その中に入ってきた混成部隊に、ユキヒコ達は攻撃をしかけていく。
最初の一手は呪術師ゴブリンから。
ユキヒコの指示通りに閃光を放っていく。
真っ正面からそれを受けた混成部隊は、ほとんど全員が目をやられていった。
「うわっ!」
「なっ……!」
直接的な怪我を負わされたわけではない。
しかし、目を光で貫かれた混成部隊は、それだけで行動不能になっていく。
しばらくすれば回復するだろうが、それまでは目が使えない。
ゴブリン達からすればそれで十分だった。
ただ、全員の目を潰したわけではない。
咄嗟に伏せた者達がいて、それらは難を逃れている。
勘の鋭い斥候と、部隊をまとめる隊長がそうだった。
「敵襲!」
すぐに状況を把握して叫ぶ。
迫るゴブリンを見た彼らの反応と対応はさすがだった。
ただ、すぐに行動が出来る者がいない。
「目の回復を!」
回復役の治療術士にそう指示を飛ばそうとする。
しかし、それは盛大な破裂音に遮られた。
ユキヒコが呪術師に出した指示の一つだった。
光で目を奪う。
それが終わったら、音を立てて攪乱する。
これで声が届かなくなる。
目をやられて耳までやられた者達は更に混乱するだろう。
それが狙い目だった。
迅速な対応がとれなくなり、なおかつ集中が乱れる。
そうなれば魔術も使う余裕がなくなる。
相手の行動をとりあえず封じる事には成功していく。
そんな混成部隊に、ゴブリン達が石を投げ続ける。
残念ながら、弓矢はない。
義勇兵から回収しておいたのだが、弓の張力がゴブリンには強くて引けないのだ。
何せ、戦闘用なら張力40~50キロというのが弓だ。
義勇兵の使ってるものはそこまで強力ではないが、子供並みの体力のゴブリンに扱えるものではない。
なので、遠距離攻撃手段は投石だけとなる。
ただし、そこには多少の工夫はあった。
投石帯と投石棒。
投石帯は、文字通り石を投げるのに適した帯。
投石棒は、この帯を先端にくくりつけた棒。
いずれも投石器と呼ばれるものだ。
これらを使う事で飛距離や威力が増している。
いずれもユキヒコからの提案だった。
非力なゴブリンでも扱える遠距離攻撃手段を手に入れる為に。
もともと投石自体は好んで使っていたゴブリンである。
弾になる石もある程度は常備している。
彼らにとっては、ほぼ唯一の射撃攻撃手段だからだ。
しかし、今までは非力なせいで飛距離も威力もなかった。
それを解消する事でゴブリン達はようやく離れたところからの攻撃手段を手に入れた。
投げつけられる石を受けて、義勇兵達は次々に負傷をしていく。
握り拳くらいの大きさの石が飛んでくるのだ。
当たれば無事で済むわけが無い。
盾で受けられればまだ良いが、革鎧程度の防具では防ぐのが難しい。
また、まともな兜をかぶってないので頭に受けたら致命的である。
それを目が見えない状態で受けてるのだから、身を守りようもない。
それでも、耐久力のあるドワーフはまだマシである。
しかし、比較的華奢なエルフには辛いものとなった。
即死や重傷は免れても、痛みが消えるわけではない。
それに、連続して投げつけられていては、おちおち魔術も使ってられない。
鳴り続ける破裂音も合わさって、そんな集中出来るわけがない。
ユキヒコが狙っていた、魔術を防ぐという目的は達成出来た。
「くそっ……」
義勇兵の隊長が罵声が短く口を吐く。
敵は思いのほか頭を使っている。
どうにかしたいが、反撃する余裕が無い。
敵の動きが止まってくれればいいが、そんな事期待出来ない。
せめて何か指示を出したいが、それも破裂音によって妨げられている。
これではどうにもならなかった。
そんな隊長の目に、迫る敵が見えた。
迫る10人程度のゴブリン。
その先頭に立つ人間。
それは隊長も見知った男だった。
「…………なんで?!」
疑問が浮かんでくる。
しかし、悩んだり考えたりしてる場合ではない。
ゴブリンと共に迫ってくるのだ。
友好的だとはとても思えない。
「くそ…………敵だ!
接近してくるぞ」
破裂音で邪魔されるだろう。
しかし、それでも大声を張り上げる。
運良く他の仲間にも伝わるように願いながら。
残念ながらそれは通じなかった。
声は破裂音にかき消され、仲間に伝わる事は無い。
まだ目が回復してない仲間は、何が起こってるのか分からず右往左往している。
そんな仲間にゴブリンが接近し、鎧の覆われてない所を狙って攻撃を仕掛けていく。
切りさき、あるいは突き刺して義勇兵にとどめをさしていく。
周りが見えない義勇兵は、ろくな抵抗も出来ないままに倒れていった。
それはエルフも同様だった。
目も耳を潰された状態である。
迫るゴブリンから逃げる事など出来ない。
それでも手にした剣を振って牽制しようとする。
だが、そんなものに意味があるわけもない。
背後に回ったゴブリンによって背中から腹を貫かれていく。
革鎧の覆ってない部分を狙ったその一撃は、エルフを簡単に葬り去った。
斥候と隊長はさすがにそう簡単にはいかない。
目が見えるそれらは、ゴブリンが近づかないように武器を振る。
ゴブリンもさすがに接近は控える。
だが、飛んでくる石まで妨げるものではない。
他が倒れたせいで攻撃が集中し、体のあちこちに当たる。
それらが斥候と隊長に打撲を与え、動きを鈍らせていく。
特に身軽さを求められる斥候は防備も弱く、隊長より先に沈んでいく。
そこにゴブリンが群がり、数人のゴブリンから体中を突き刺されていった。
隊長も似たようなものだった。
体は胸当て、頭には兜をかぶってるが、石が当たるのはそこだけではない。
何十と投げられてくる石のうちいくつかは鎧の覆ってない部分に当たる。
それが動きを鈍らせるだけの痛みを与えてくる。
骨折は免れてるが、内出血などは避けられない。
また、兜越しでも頭に当たれば衝撃は受ける。
それもあって、隊長も動きを鈍らせていく。
そうなればゴブリンでも対処可能だ。
接近戦をいどむグゴガ・ル達に掴まり、刃を体に埋め込まれていく。
それでも意地を見せたのか、意識のあるうちは倒れずに踏ん張った。
残ったのはドワーフのみ。
他の仲間が全員倒された頃、ようやく目が元に戻る。
「五月蠅いのお」
変わらず鳴り続ける破裂音に文句を言う。
だが、戦意が衰えてるわけではない。
見えるようになった目で回りをにらみつけていく。
手にした斧を構え、油断なく見渡していく。
倒れた仲間の姿も飛び込んでくる。
しかし、それらに気を取られる事は無い。
いたむにしろ嘆くにしろ、それは敵を倒してからになる。
そのため、まずは自分の不利を少しでも無くそうとする。
「ふん」
うなりながら走り出す。
体力はあるが鈍重なドワーフの事、それほど早いわけではない。
だが、自分の不利を消せる場所まで向かうには十分だった。
一番近くに生えてる木、そこに到着する。
それを背中にして立つ。
背後からの攻撃を遮るためだ。
これで前と左右からの攻撃だけ気をつければいい。
「どうしたゴブリンども!
かかってこんかい!」
(安い挑発だな)
ドワーフの叫び声にこめられた意図を見抜く。
そうやって少しでも近寄らせ、そこを叩く。
見え透いた手だ。
しかし、ゴブリンなら効果があるだろう。
実際、それに乗って飛び掛っていくのがいる。
(まあ、いいか)
本来なら止めるべきなのだろう。
だが、あえてそれは控える。
ここで飛び込んでいくような奴なら、そいつはそこまでだ。
落ち着いて対処できない奴を助けてやる必要はない。
たとえ助けても、今後どこかで似たような事をしでかす。
そんな危険は、早いうちに取り除いておいたほうがいい。
それが嫌なら、飛び込んでもどうにかできるだけの実力がある事を示してもらわねばならない。
この場合、ドワーフを倒すくらいはしてもらう事になる。
でなければ、先が思いやられる。
残念ながら、そんな能力のあるゴブリンはいない。
飛び掛っていった三人は、ドワーフの振る斧で叩き切られていった。
それもドワーフの力によって。
並みの人間なら振り下ろすだけで終わってしまうが、ドワーフはそうはいかない。
有り余る筋力のおかげで、重くて扱いにくい斧を棒切れのように振り回す。
襲いかかったゴブリン達にそれがふるまわれていく。
軽く振り下ろした斧が最初のゴブリンの頭を砕く。
そこから今度は横なぎに振り回す。
その先にいた二人目のゴブリンの横っ腹に斧頭が食い込んだ。
更に勢いのままふりきった斧を、あろうことか下から斜めに切り上げる。
逆袈裟の軌跡を描いた斧は、三人目のゴブリンの腹から胸を粉砕した。
そいつが身に付けていた革鎧ごと。
それを見てさすがにゴブリン達は足を止める。
さすがにこれは簡単にはいかない、下手すれば自分が死ぬと気づいた。
そんなゴブリン達に、
「どうしたどうした、そんなもんか。
俺たちに襲い掛かってきた割には、腰が引けてるな」
挑発を続ける。
更に誰かがやってくるのを待ってるのだろう。
だが、さすがにそれに乗るほど無謀なゴブリンはもういなかった。
だから変わりにユキヒコが前に出る。
「おお、なんか見慣れた顔があるの」
「…………」
「なんだ、敵に鞍替えか?」
「…………」
「割と根性がある奴だと思ってたがなあ」
「…………」
「何を考えてるのか知らんが、もうちっと頭を使ったらどうだ?」
「…………」
色々と言ってくるドワーフ。
それを無視して進むユキヒコ。
そのまま距離をつめて、ユキヒコは握っていたものをドワーフに投げつける。
握っていた手ぬぐいを。
ある程度まるまっていたそれは、ドワーフの顔に向かっていく。
そのままいけば、顔をおおい、視界をふさいだだろう。
しかし、ドワーフはそれを片手で取り払う。
その瞬間にユキヒコは踏み込む。
ドワーフに向かって。
もちろんドワーフも黙ってはいない。
片手で握った斧を振っていく。
それは先ほどと同様の速さでユキヒコに向かった。
構わずユキヒコは走る。
しかし、ユキヒコの間合いに入るよりも先にドワーフの斧がユキヒコをとらえる。
あわや、と誰もが思った。
ユキヒコも先にやられた三人のゴブリンと同じようになると。
しかし、斧がユキヒコをとらえるよりも先にユキヒコが斧の柄に腕をあてた。
前かがみになるように、体勢を崩す形になりながらも。
それでは相手の攻撃を受けるには無理があっただろう。
どう考えても体が崩れていて、そのまま吹き飛ばされてしまう。
しかし、それがユキヒコの狙いだった。
ユキヒコは相手の攻撃を受けた。
しかし、止めるつもりはなかった。
そもそもドワーフと人間では力に差がありすぎる。
受け止めることなど出来ない。
よほどの達人ならともかく。
しかし、その力を止めることなく、乗っかるならば話は別だ。
繰り出された斧に腕を添え、そこに体重をのせる。
そうして相手の動きに逆らわずに乗っかっていく。
そうそう簡単に出来ることではない。
単純に身に付けた技術だけで考えるなら、ユキヒコが成功させる可能性はかなり低かった。
だが、持って生まれた気を読む能力がある。
それのおかげで、どこにどのタイミングで攻撃がくるのかが分かる。
どの程度の力がこめられてるのかも。
それに合わせて腕を添えておくくらいならばどうにもでなる。
相手の力に乗る事も含めて。
そうしてドワーフの一撃に乗っかった。
相手の動きに逆らう事無く体重をあずけたユキヒコは、遠心力で飛ばされそうになる。
だが、斧に添えた腕で斧の柄を握る。
そうする事でドワーフに体重をのせていく。
斧を握るドワーフの腕に一気に負荷がかかる。
だが、それでもドワーフの一撃は止まらない。
横に振った勢いに遠心力をのせて振りぬこうとする。
そのままユキヒコを振りほどこうとして。
だが、ユキヒコはそこで手に力をこめて斧にしがみつく。。
その時、ドワーフの腕に様々な力が加わった。
ドワーフの振った斧は、ユキヒコをのせて勢いは落ちても、変わる事無く動き続ける。
そこに遠心力が加わり、かなりの勢いをつける。
この時、斧自体の重さとユキヒコの体重がのり、意外なほど強く外に向かってとんでいこうとした。
そんな斧をドワーフは片手でどうにか掴もうとした。
それがいけなかった。
振り切ろうとした腕、遠心力で飛んでいく斧、ユキヒコの重み。
それらが一気にドワーフの腕に、手首に、肘に、肩に加わった。
大きな負荷として。
その結果、
「んぬ?!」
思わぬ痛みをドワーフにもたらす。
ドワーフの振り回す斧。
それを止めることは難しい。
だからユキヒコはそれを止めたりはしなかった。
むしろ、動くままに振り回させてやろうと思った。
そこに自分の体重をのせたまま。
そうなれば、嫌でも相手に負担がかかる。
幾ら頑健なドワーフとて、さすがにその負担に耐えられるものではない。
振り回した腕は、勢いのままに振り回されて壊れていく。
筋がのび、伸びきったところで更に関節に負担がかかる。
それでも両手で持っていればどうにかなったかもしれない。
しかし、この時ドワーフは片手だった。
さすがにドワーフといえども、こんな無茶をすればただではすまない。
「ぐっ…………!」
うめいて斧を手放す。
痛くて斧を持っていられないのだろう。
そこに隙が出来る。
ユキヒコはそのままドワーフに接近していった。
刀を手から落とし、抱きつくように。
痛みで一瞬気をそらしたドワーフは、それを振り払うことも出来なかった。
そして、抱きついたユキヒコは、腰に挟んだ小刀を取り出し、ドワーフの鎧の隙間に差し込んでいく。
「がっ…………!」
うめき声がドワーフの口から漏れる。
要所要所に革の肌着を施してるドワーフには、攻撃が通る隙がない。
なので、普通に攻撃しても致命傷は与えられない。
そのため、ユキヒコはあえて密着するほど接近した。
そこからならば、鎧の隙間に刃物を突き刺す事が出来るからだ。
それはそれで危険であったが、どうにかこなす事が出来た。
これだけ接近すれば、狙いを付けるのもそれほど難しくはない。
怖いのは相手の反撃だが、それも出来ないように見えるところにあるドワーフの携帯武器などは次々に外していく。
ベルトに挟んでいたナイフや、予備の武器であろう手斧など。
見つけ次第にどんどんと外し、反撃手段を減らしていく。
あと怖いのは、相手がベアハッグなどを仕掛けたきたときだ。
そうなれば、強力な力で体をへし折られかねない。
だが、それよりも先にドワーフの方が限界を迎えていく。
ユキヒコも手当たり次第にドワーフを突き刺していったわけではない。
可能な限り急所を狙って刃物を体に埋め込んでいる。
そのため、ドワーフは大量の出血を強いられていく。
即座に死亡する事はなくても、急激に意識を失っていく。
ユキヒコに何かするような時間などない。
そのままドワーフは、ユキヒコに抱きつかれたまま倒れていった。
それを見ていたゴブリン達は度肝を抜かれていた。
自分達では手も足もでなかった敵部隊。
それを呆気なく倒すだけの作戦を授けてくれたこと。
そして、三人の仲間を一瞬で倒した敵を、もっと簡単に片付けたこと。
それがゴブリン達の中でユキヒコの評価を高めていく。
恐ろしいほどに頭の切れる男だと。
恐ろしい敵をあっさりと屠る男だと。
味方としてこれほどありがたい者はいない。
そして、敵には絶対に回したくないと。
この場に居合わせたゴブリン達は、ほぼ例外なくそう思った。
「それじゃ」
呆然とするゴブリンに、立ち上がったユキヒコが語りかける。
「こいつらを片付けよう。
このままにしておくと、発見される可能性がある」
「…………そうだな」
なんとか声を出した隊長ゴブリンがうなづく。
言ってる事はもっともなので反対する理由がない。
「おい、片付けるぞ」
残った部下に命じて、後始末を始める。
そんなゴブリン達を見ながら、ユキヒコは隊長に更に話しかける。
「これを土産にさ、もっと兵隊を集めてほしい。
もう少し手柄を稼げると思うからさ」
その言葉に隊長ゴブリンは恐ろしさを感じた。
今のこの戦果だけでも十分に殊勲ものだ。
なのに、まだ戦果をあげると言うのだ。
驚くしかない。
「まだやるのか?」
「もちろん」
平然とうなづくユキヒコ。
「この程度じゃ、まだ土産にならないだろ」
「…………」
隊長ゴブリンは何もいえなかった。
これだけでも既に十分なのだから。
これ以上となると何があるのか想像もつかない。
(どこまでやるつもりだ…………)
頼もしさよりも得体の知れなさをおぼえる。
それは尊崇よりも恐怖に近いものがあった。
だが、提案そのものは悪くはない。
更に成果をあげられるなら、その方がいい。
「他の部隊を集めればいいんだな?」
「ああ、出来るだけ多く」
「わかった、なんとか掛け合ってみよう。
あいつらの首もあれば、少しはやりやすいだろうし」
そういって、義勇兵達が運ばれていった先を見る。
今まで倒した分とあわせれば、十分な戦果だ。
申請も通りやすくなるだろう。
更に加えて、
「それと、女は出来るだけ生け捕りに出来るようにするから。
それも合わせて伝えておいて」
「分かった」
ゴブリン達の目当ても忘れてない。
それがあれば、やる気を出す連中は大勢出てくるだろう。
「次は確実に女が出てくるから」
せめるツボも心得ている。
そこが実に憎らしかった。
「それとついでに」
「まだあるのか?」
「ああ。
俺と一緒に動く奴が欲しい。
さすがに一人だけじゃきついんで」
「分かった。
適当な奴をみつくろう」
「じゃあ、頼みたい奴がいる」
「ほう……」
「そいつがいてくれると助かる。
まあ、相手の気分次第だけど」
「かけあってみよう」
隊長ゴブリンは出来るだけ意を汲み取ろうとした。
「それともう一つ」
「今度はなんだ?」
「なに、大した事じゃない。
あんたの名前を教えてくれればと思ってね。
いい加減、呼びづらい」
「それもそうだな」
今まで名前を伝えてなかったことを思い出す。
「グルガラス・ラウだ」
「グルガラスだな、わかった。
俺はユキヒコだ」
ここで二人は、ようやく名乗りあった。