63回 ゴブリン、襲撃する 4
「どうなってるの……」
外から聞こえる打撃音が耳と心を打つ。
外の様子を伺ったので、ゴブリンが襲ってきてるのは分かっている。
だが、今の今までこのあたりは比較的安全だった。
それがなんでいきなり、と思ってしまう。
昔はともかく、今はかなり安全になってきているというのに。
疑問が頭に浮かんでしまう。
だが、悩んでる場合でもない。
原因がどうであろうと今はそんな事重要ではない。
目の前の脅威を退ける事には繋がらないのだから。
やらねばならないのは、如何にして身を守るかという事。
自分と、同じ家に居る家族の。
「姉ちゃん……!」
外から聞こえる音に集中していたせいで、隣にいる者の事を忘れていた。
目を向けると、手に鉈を持った弟が立っている。
まだ10歳になったばかりだというのに、肝が据わっている。
怖いは怖いのだろうが、それに負けないだけの強さは持ってるようだった。
だが、その勇気があってもこの状況は変わらない。
外の様子は締め切った雨戸の為に分からないが、おそらく最悪の状態だろう。
ここを切り抜ける事が出来るとはとても思えない。
それでも、何とかしなければならなかった。
でなければ死ぬしかない。
「いい、みんな」
家の中にいる者達に声をかける。
ここにいるのは、声をかけた長女とその兄弟だけ。
祖父母は既に他界し、親は町に作物を売りに行って不在。
ここにいるのは三人。
長女の下の弟と、その下の妹。
この三人だけだ。
これだけで危険な状況を乗り切る事は難しい。
それでも、
「どうにかするよ」
長女はそう言った。
「外に出たら、村の外れまで走るんだ。
それから町に向かう。
いい、絶対に余所見するんじゃないよ」
「分かった」
「うん」
弟妹は姉の言い分を聞いて頷く。
「それとね、」
少し言いよどみながら、長女は言葉を続ける。
ここから先は、さすがに厳しい内容になる。
それでどうしても声が出なくなる。
それでも、
「何があっても、絶対に止まっちゃ駄目」
その意味するところは一つしかない。
「いい、他の誰かがあいつらに捕まっても、助けよう何て思わない。
自分一人になっても村の外まで走るんだよ。
いいね」
「う……うん」
「え、でも」
「分かった?」
「…………」
「…………」
返事は無い。
承伏しかねてるのだろう。
だが、絶対にこれだけは守ってもらわねばならない。
「分かった?」
もう一度、語気を強めて聞く。
それでようやく。
「……分かった」
「……はい」
二人は返事をした。
そうせねばならなかった。
三人一緒に逃げ延びる事など出来そうにないのだから。
ならば、他の者がどうなっても、一人だけでも逃げねばならない。
他の者が捕まってる間に。
その間は追っての数も少しは減る。
それが誰になるかが問題だが。
(でも、そうするしか……)
ここで全員が死ぬよりは、その方がマシだった。
「そしたら、一気に外に出るよ」
長女はそう言って扉へと向かう。
外似出るのは危険だ。
だが、ここに籠もっていても良い結果にはならない。
いずれ雨戸や扉も壊されるだろう。
そうして家の中に入られたらどうしようもない。
押し寄せるゴブリンに追い詰められるだけだ。
逃げ場のない場所で。
そうなるよりも前に、一気に逃げねばならない。
(他の家の人と一緒になれればいいけど……)
それは難しかった。
外の様子が分からないので、無事な所があるかも分からない。
また、確認してる暇もないだろう。
とにかく、村の外れまで向かうしかない。
「……行くよ」
声をかける。
弟と妹が頷く。
それぞれ、鉈や包丁を持っている。
心許ないが、それでどうにかして切り開いていくしかない。
それから長女は扉に手をかけ、内側に向けて開いた。
扉を叩いていたゴブリン達は、勢い余って中に転がり込む。
それを踏みつけながら長女は外に出た。
すぐ目の前にゴブリンがいたので、その頭に手斧を打ち込む。
分厚い刃は狙い通りゴブリンの頭をかち割った。
それから一気に村の外へと向かっていく。
目指すは入り口になってる門ではない。
最も近くにある土塁だ。
土を積み上げただけの壁で、傾斜がついている。
駆け上がる事は苦ではない。
そこを通る方が外に出る近道でもある。
あとは振り返りもしないで先へと進もうとした。
ただ、目の前にゴブリンがいるのでそれも難しい。
やむなく長女は、手斧を振ってゴブリンを倒していく。
そうして道を切り開くしかなかった。
後ろに続いた弟である長男も姉にならっていく。
手にした鉈で近くのゴブリンを叩き、腕やら頭やらを切りつけていく。
重みのある、刀剣と言うよりは斧に近い性質をもつ鉈である。
案外簡単にゴブリンの頭や腕を粉砕してくれた。
それを見て他のゴブリン達も驚いたようだ。
動きが一瞬止まる。
わずかながら後ずさりもした。
それを見て、長女は走り出す。
「今よ!」
声を聞いて弟妹も走りだした。




