59回 その場における己の立ち位置 12
やるのは落第ゴブリン達を連れて行くだけではない。
並行して吸血族の指揮官の部隊も出発する。
そちらとの連携も考えねばならない。
むしろ、こちらの方が重要だった。
動員する人数も運び込む物資もこちらの方が多いし大きい。
手間のかかり方は落第ゴブリン達の比ではない。
その為、事前の準備でかなり忙しくなっている。
行動予定だけでも何度か修正が入る。
移動経路も何度も確認がなされた。
それだけ大事だった。
「それでも先行した部隊は現地に到着した」
「ご苦労さま」
吸血族指揮官をユキヒコは労った。
先行してるのは全体からすれば少数だが、それでも結構な人数が動いてる。
かかる手間はかなりのものだ。
「現地の野営地確保と、道の途中にも何人か残している。
多分迷子は無いはずだ」
こうした下準備も含めての先行部隊だ。
単に移動するだけ、先に出向いてるだけ、というわけではない。
他にも、経路の途中に標識や目印を設置したりもしている。
手間は相当なものだ。
これらをこなして、ようやく本隊の出発である。
おかげで、道に迷わず進む事が出来る。
まだ確立してない移動経路なので、どうしてもこういった事への対策が必要になる。
また、現地の様子を確かめる必要もある。
相手の動きを探り、どういった時間が安全なのか。
人がどういった所を動き、どこなら入ってこないのか。
そういった事も可能な限り調べておく。
これらが分かっていれば、今後の行動がやりやすくなる。
その為、先行部隊にはゴブリンだけではなく、他の種族も入っている。
知識や技術が必要になるので、ゴブリンには任せられないのだ。
ゴブリンにやらせると、どうしても粗雑になってしまう。
このあたりはそういう特性なのだと諦めるしかない。
それでも、現地における野営の準備などをするために動員されてもいる。
さすがに雑用程度なら問題無くこなせるので、出来る事は全て任せるようにしている。
こういった下準備をしてようやく移動である。
幸い、本隊の移動が可能な段階になってきている。
そこまで進んで来ていた。
「あとはこっちか」
作業の進行を見て、ユキヒコは己のするべき作業を把握していく。
ここまで進んでいるなら、落第ゴブリン達を早急に動かす必要がある。
「出来るなら、明日明後日には出発する」
「分かった。
そうなると、作業が始まるのは、五日後あたりか?」
「早ければね。
まあ、そこまで上手くやれるか分からないけど」
何がどう動くかは実際にやってみないと分からない。
だが、概ねそれくらいでどうにかなるだろうとは思っていた。
「それからこっちに戻ってきて、実際に作業に入って」
「ゴブリン達が上手く動いてくれればいいんだが」
問題はそこだった。
如何にゴブリン達が派手に襲撃を繰り返してくれるか。
そこが問題だった。
成否は問わない。
なるたけ耳目を集めてもらいたい。
「なるようにしかならないか」
さすがにユキヒコの手に余る。
なかば運任せのようなものになってしまう。
しかし、ここはゴブリンに全てを委ねねばならなかった。
こんな調子でユキヒコはあちこちに顔を出していた。
様々な作業を進めるにあたり、ユキヒコの助言が必要な場面があるからだ。
具体的な作業は各部隊の指揮官などが担ってはいく。
だが、作戦案をまとめてるのがユキヒコなだけに、どうしても意見が求められる。
その為、必要な場所に何度も出向かねばならなかった。
また、敵地の状態を知ってるのはユキヒコしかいない。
魔族からすれば未知の場所だけに、その情報は貴重だった。
ユキヒコとて全てを知ってるわけではないが、全く何も知らない魔族とは比べものにならない。
その情報をもとに様々な作戦や計画が練られていく。
「しかし、なんでそこまで頑張る」
八面六臂とまではいかないが、かなりの奮闘を示すユキヒコ。
その姿に、邪神官は尋ねた。
理由については既に聞いている。
幼なじみの娘が勇者と懇ろになってしまったと。
それに嫌気がさした、といったところだ。
気持ちは分かるが、それでもユキヒコの作業量や努力はかなりのものだ。
それ程までに大きなものだったのかとすら思うほどに。
「そうだなあ……」
聞かれたユキヒコも振り返る。
ここまでやるほど大きな理由だったのかと。
既に何度も繰り返した自問自答である。
答えは知れている。
「まあ、俺にとってはね」
他の者にとってはどうだか分からない。
しかし、ユキヒコにとっては大きな理由である。
他人に理解は出来なくても、ユキヒコがこれで納得してるのだからそれで良かった。
そんなユキヒコに邪神官は更に尋ねる。
「それで、お前はどうしたいんだ?
その娘を取り返したいのか?」
「ん……?」
問われてユキヒコはしばし沈黙した。
そう聞かれるのは初めてだった。
そして、言われてみればどうしたいのだろうと考えてしまった。
(そうだなあ……)
漠然とこうしたいというのはあった。
だが、それをあえて言葉にする事はなかった。
ないから考えをまとめるのに少しだけ時間が必要だった。
それでも常に思っていた事なので、程なく答えが出てくる。
「いや、そうじゃない」
邪神官の問いにユキヒコは、
「今更どうでもいい、それは」
と答えた。
聖女になったユカとまた仲良くなりたいわけではない。
「じゃあ、どうしたいのだ?」
「決まってる」
問いかけに今度は迷いも淀みもなく答える。
「潰すんだよ、全部」
聞いた邪神官は絶句した。
晴れ晴れとした表情をあらわすユキヒコとは対象的に。




