58回 その場における己の立ち位置 11
吸血族の指揮官に作戦を伝えたその後。
ユキヒコはそれとは別の部隊へと向かっていった。
今回の作戦、吸血族の部隊だけに任せるわけにはいかない。
それはそれで効果があるだろうが、それだけでは不安も残る。
なので、別口での働きかけもしていくつもりだった。
この事は、邪神官やイビルエルフにも承認されている。
その為の部隊編成をユキヒコは行っていく事になる。
「というわけで、出撃だ」
集めた連中に向けて、ユキヒコは短く伝えた。
聞いてる者達の反応は様々だ。
喜ぶ者、訝しむ者、怯む者。
それぞれ様々な思いや考えからそうした態度を示していく。
気にせずユキヒコは話を進めていく。
「お前達には、これから敵地に出向いてもらう。
やる事は簡単だ。
襲って奪え。
それだけだ」
言われてゴブリン達はポカンと呆けた表情をする。
言ってる意味が分からないのではない。
あまりにも簡潔で言ってる意味が簡単に理解できてしまったからだ。
今までではあり得ない事である。
小難しい事は一切無い。
分かりやすく短い言葉が並んでる。
ゴブリンでも理解出来る程に。
「敵のいる場所に行って、好きにやってこい。
村や里があるから、そこを襲ってこい。
何をしてもいい。
食い物も女もいるだろう」
それを聞いてゴブリン達は賤しい笑みを浮かべていく。
「何をどうしようとお前らの自由だ。
手に入れたものはお前達の好きにしろ。
俺達の所に持ち帰る必要は無い。
全部お前達のものだ」
ここまで来ると、もう喜色満面といった調子になる。
今までならば、襲って奪ったものは持ち帰らねばならなかった。
そして、上の者達に納めねばならなかった。
苦労して手に入れたものを奪われるような理不尽さを感じていた。
そう感じてるのはゴブリンだけで、これはこれで必要な措置である。
手に入れたものを効率良く分配する為なのだから。
だが、ゴブリンにそれを理解する能力は無い。
何より、ここに集まってる者達にそこまで見通すほどの能力がある者はいない。
そんなゴブリン達にとって、ユキヒコの言葉は素晴らしい提案に思えた。
「こっちに戻ってくる必要もない。
お前達は好きに動いてくれればいい」
もうここまえくると歓喜の声が上がり始める。
何せ、口うるさい邪神官や強圧的なイビルエルフ。
更には何かと見下してくる鬼人や獣人などもいないのだ。
本当に好き勝手にやる事が出来る。
そう思うと面倒な事から解放された気分になる。
誰に指図される事もなく、自分達で好きな事が出来る。
そう思うと嫌でも高揚していく。
奪ったものを他の連中に取られる事はないのだと。
「まずはそこまで連れていく。
それからはお前らの好きにしろ」
返事の代わりに歓声が上がった。
「あいつらでいいのか?」
ゴブリン達への説明を終えたユキヒコに、邪神官とイビルエルフが尋ねてくる。
「あいつらが良いんだよ」
ユキヒコは言い切った。
二人の疑問は分かる。
何せ集めたのは、ゴブリンの中でも粗暴だったり無能だったりする連中だ。
規律や生活態度を改める事が出来ず、他の連中とは別にされていた者達だ。
そんなのをわざわざ使おうというのだから疑問を抱くのも当然だろう。
また、作業を任せる事が出来るのかという懸念もある。
それはユキヒコにも伝わってきていた。
「今度の作業には、あいつらが丁度いい。
出来るだけ派手に動いてもらえると助かる」
不安を懐く二人にそう言って、ユキヒコは言葉を続ける。
「それよりも、補充の申請を出しておいてくれ。
これからもっと人が必要になるだろうから」
「分かってる。
既に出してある」
「助かる。
つっても、ゴブリンだろうけど」
「まあな」
そこは邪神官とイビルエルフも苦笑する。
動員が最も簡単なのはゴブリンだ。
補充を求めれば真っ先に放り込まれる程だ。
今回も例外ではない。
「だったら、そいつらはゴブリンの所に放り込んでおいてくれ。
いつも通りに教育をさせるから」
「分かった、そうしておこう」
「落ちこぼれも出るだろうから、そいつらはちゃんと確保しておいてくれ。
あとで、こっちで回収するから」
「どうするつもりだ?」
「あいつらの補充に使う」
そう言って、やる気を出してるゴブリン達を指した。
「なるほど」
「分かった。
そういう事なら選別はしっかりやっておく」
「頼む」
そう言うとユキヒコは、自分の作業に戻っていく。
伝えるべきは伝えた。
あとは、自分の準備を進めねばならない。
とりあえず、作戦予定地までゴブリン達を連れていく事。
そこで、最初の段階だけやり方などを教える事。
これくらいはやっておかないといけない。
幾ら全部任せるとはいえ、やり方を教えないわけにはいかない。
効率的な作業方法を知っておけば、それなりの効果は期待出来る。
少なくとも、無駄な損害は出さない可能性は高くなる。
もっとも、ゴブリン達の中でも特に物覚えが悪い連中である。
教えても理解出来るかどうかは疑わしい。
なので、ある程度は諦めてはいた。
最終的にゴブリンに丸投げするので、どうでも良い事ではあったが。
今回の場合、成果や戦果がどうなろうと関係がない。
出来るだけ派手に動いてもらう事が大事なのだから。
何はなくとも荷物はまとめねばならない。
案内の為にゴブリンに同行するのだ。
数日ほどの活動が出来るだけの道具は必要だ。
幸い、必要な道具や食料などは提供されている。
それらを背負い袋に入れれば良い。
荷造りそのものはさほど労せず終わる。
大変なのはそれ以外だ。




