47回 個人としては大きな、全体としては小さな一歩
拠点、そして聖戦団の壊滅。
これらが確定した事実として認定されるまで、まだ少し時間を必要とした。
それは聖戦団の未帰還は、それだけで重要な情報になるが。
それを認めるのにも、時間が必要だった。
それがほぼ確定となったとき。
不安と不穏が生まれてく。
状況を察した最前線部隊は、後方の司令部に通報。
更に該当地域の教会も教会上層部に連絡を入れる。
これらを管轄する担当者達が受け取るまで時間がかかった。
適切な対応を取るまでには、更なる時間を必要とした。
大組織特有の問題である。
様々な事務処理に時間がかかってしまう。
更に、対応する為に相応の規模の人員や部隊を必要とする。
それを集めるのにも時間がかかる。
何より、組織が持つ隠蔽体質。
担当者達が己の地位や立場を守る為の誇張など。
これらが貴重な時間を食い潰していった。
再調査が行われたのが、聖戦団が出発してから二ヶ月後だったのだから。
連絡がつかない拠点。
行方不明になった聖戦団。
その痕跡を探しに行くには既に時機を逸している。
それでも建前だけでも『やるべき事はやった』というのを取り繕う必要はある。
さすがに聖戦団の行方を追う事は出来ないとは思われていたが。
せめて拠点の状態がだけでも調べられればというところだ。
それだけでも分かればという思いでの派遣である。
言い訳じみた行為であるが、その為だけに調査部隊が派遣された。
総勢300人に及ぶ人員が集められた。
かなり無理をして近隣からかき集められた。
それでも大げさに過ぎるであろう。
大規模な戦闘があるなら、これくらいはの招集はあり得るが。
そうでもない状況での動員である。
異例の規模といえた。
しかし軍も教会も、さすがに事態を重く見ていた。
何せ、拠点からの連絡が途絶え、聖戦団も行方不明だ。
それから二ヶ月、何の音沙汰もない。
明らかに異常事態だ。
これくらいの兵員を集めないと不安であった。
なお、事前に現地部隊による調査や偵察などは一切行われていない。
これはやる気がないからでも、怠慢などによるものでもない。
単純に、それをこなす為の兵員が不足していたからだ。
拠点に展開する部隊は消滅。
聖戦団もほぼ消滅。
戦力の大半が消滅してる状態だ。
これで残った者達を用いれば、付近の防衛が危うくなる。
その為、必要と分かっていても何も出来ない状態が続いていた。
できる事と言ったら近隣の状態確認、警戒や哨戒活動がせいぜいだった。
そして二ヶ月を経て行われた拠点の調査は、絶望的な結果をもたらした。
拠点には人もおらず、食料などの物資の大半が奪われていた。
当然ながら聖戦団関係の痕跡もない。
見つかったのは、もぬけの殻となった建物。
そこに残された傷跡だけ。
それらが何らかの争いがあった事を示していた。
無人となってしまった拠点で。
仲間割れでないなら、まず間違いなく敵の襲撃によるものだろう。
疑いようがない事実である。
ここに来て、この方面の指導者達はようやく察知する。
危険な何かがうごめいてる事を。
帰還した調査部隊は、即座に報告した。
それを受けた指導者達も動き出す。
彼らも事態を重く見ている。
何らかの対策を求めるのは当然の流れだ。
とはいえ、できる事はさほど多くはない。
敵が目の前に来てるのは確かだろう。
対策を練りあげ、実施したいところではある。
しかし、そうするだけの余力が無い。
魔族との戦線はどこも現状維持を保つので精一杯。
他に回す余裕など無い。
また、より逼迫した問題は多々ある。
拠点の一つが壊滅した、という程度では優先順位はそう高くなる事は無い。
由々しき事態ではあるが、それ程重要というわけでもない。
例え部隊が消失、行方不明と言えどもだ。
最前線の一部だが、極めて重要という程では無い。
そういう位置づけの場所である。
それでも危険な兆候である事に変わりはない。
該当地域においては警戒体制を厳格化。
可能な限りの対処していく事とした。
ただ、やれる事は少ない。
厳戒と言っても実際に行われる事は大したものではない。
巡回の回数を増やしたり、探索地域を増やしたり。
それも以前に比べれば頻繁に行うという程度でしかない。
何にしても余力がないというのが大きい。
あらゆる面において後手後手に回ってしまっていた。
イエル側の動きや対応はこんな調子だった。
おかげでユキヒコ達は、貴重な時間を手に入れた。
撤退を無事に行い、安全圏まで引っ込む事が出来た。
「暇だねえ」
「まったくだな」
そんな事をユキヒコとグゴガ・ルは呟いた。
予想していた追撃や敵の展開がない。
その事に拍子抜けしてしまう。
「平和なのはありがたいんだけどねえ」
「これだけ何もないと、逆に不安だな」
そんな事も思ってしまう。
嵐の前の静けさというものだ。
一見して何も無い、穏やかな状態。
しかしそれは、何かが起こる前触れなのではないかと。
考え過ぎ、疑いすぎかもしれない。
だが、敵の存在を考えると、下手に警戒を解くわけにもいかない。
「偵察結果は?」
「いつも通りだ。
特に動きはないと」
「なら良いんだけど」
敵情視察に向かわせてるゴブリンからは、これと言った情報は入ってきていない。
巡回中の敵を見かける事は多くなったが、特にそれ以上の動きは見えない。
その理由については幾らか予想は出来る。
こちらに回す兵力が足りないのだろう。
拠点と聖戦団で数百人ほどの損害が出ている。
この補充を簡単にする程の余裕は無い。
それはユキヒコがよく知っている。
ユキヒコも義勇兵団ではそれなりの立場だった。
内部の事情はある程度見聞きしてる。
なのでどうなってるかは想像がつく。
もちろん全てを知ってるわけではないが。
自分が見聞きしてきた断片から推測は出来る。
何につけ、それほど余裕がないという事が。
小さいながらも部隊を率いていたから余計に。
『なかなか補充が来なくてな』
『悪いが、これだけしか道具は揃えられなかった』
『大事に使ってくれよ。
次にやってくるのが何時なのか分からないんだからな』
何かを求めた時にこんな返答を受けていたのだ。
懐事情が寂しいのは察しがつく。
そんなところに、今回のような大きな損害が出たのだ。
簡単に回復する事は出来ない。
そうなれば、これ以上の損失を恐れて手堅い行動に終始する事になる。
「そうだったらいいんだが」
グゴガ・ルはそれを聞いても不安そうではある。
「まあ、大丈夫だと思うよ」
「本当に?」
「保証は出来ないけど、こっちに来るような気配は感じないから」
「なるほど」
何とも曖昧な事だが、グゴガ・ルはその言葉を信じる事にした。
それだけユキヒコを信じるようになっていた。
戦闘において見せたユキヒコの動きの冴え。
尋常ではないその動きを、グゴガ・ルはその目で見ていた。
敵の女が使った魔女の呪いによって動きを各段に向上させた敵兵。
それらを難なく倒して行くユキヒコ。
それは見ていて呆然となるほど凄まじいものだった。
敵の動きは全て避け、あるいは武器で受け。
そうかと思うと敵の動きと交差して逆に敵を切り捨てる。
もともと腕はかなり立つとは思っていたが、それがこれほどだとは思ってもいなかった。
それは人の為せるものではなかった。
人を超えた何かによるものだと思えた。
何故そんな事が出来るのか、と尋ねた。
実は……と言ってユキヒコは正直に答えてくれた。
ありえないと最初は思った。
だが、ユキヒコの見せた動きを考えると、それもあり得るのではと思えた。
──気配が見える。
──色々なものが見える。
──体をどう動かせばいいのかが分かる。
普通に考えれば与太話にしか思えない事である。
それこそ魔術や神の加護を得なければならないものだ。
しかし、そういったものをユキヒコは使えないという。
それなのに何故そのような事が出来るのか?
『理由はさっぱり分からない』
問うたグゴガ・ルに返ってきた答えである。
しかし、本人がそう言ってるのだ。
だからそういう力があるのだろう。
そう考えてグゴガ・ルは納得する事にした。
真相は分からないままではあるが、それでも構わなかった。
実際に何がどうなってるのかはさほど重要ではない。
ユキヒコに卓越した能力があり、それがグゴガ・ル達の為に使われてる。
大事なのはここである。
敵ではなく味方にこういう力を持つ者が居る。
これ以上何を望むというのか?
「それじゃあ、このまま続行させていいんだな?」
「ああ。
多分、まだあいつらはこっちにまで来ないよ」
「なら安心だ」
そう言うとグゴガ・ルはユキヒコの側から離れる。
「他の連中に伝えておく。
このまま偵察を続行。
訓練の方も」
「頼む。
少しでも腕をあげておいてくれると助かる」
分かってる、そう言ってグゴガ・ルはゴブリン達の所へと戻っていった。
現在、ゴブリン達はユキヒコの考えに従って二つの事に従事している。
まずは知識や技術を習得するための訓練。
そして、この近隣の地形を把握するための偵察。
今後の活動を考えてのものだった。
一人一人の能力が高くなれば、生き残る可能性が高くなる。
作戦の成功率も。
そして、作戦を実施するにあたり、活動地域の情報は必要不可欠になる。
これを手に入れるために敵地に様子を探っておく必要があった。
何より、敵地に向かうまでの道を探す必要がある。
既に存在する道だけでは駄目なのだ。
敵が予想もしない方面から突入したい。
そのためにも、様々な侵攻路を確保せねばならない。
その為にあちこちを下見してもらっている。
おかげで、現在様々な道が見つかっている。
その情報をもとに、ユキヒコは様々な作戦を考えていた。
「それと」
「うん?」
「お前の要望が通りそうだ。
増援を回してくれるらしい」
「本当に?」
「一応、そういう連絡は受けてる。
直前で撤回されるかもしれんけど」
「ありえそうだな」
組織の都合で決定が覆るのは、こちらも変わらないようだ。
「だが、上手くいけば増援は来る」
「期待しないで待ってるよ」
「そう言うなって。
ただ、そうなると俺達の上役も来る。
あんたも顔合わせをしてもらう事になるだろう」
「まあ、そうだろうな」
当然の流れであろう。
無視するわけにもいかない。
「上手くやってくれよ。
変な衝突は御免だ」
念のためにグゴガ・ルは釘を刺しておく。
「分かってる。
何とかしてみるよ」
「だと良いけど」
肩をすくめるグゴガ・ルは、それだけ言うと他の者達の所へと向かっていった。
(何にしても、ここからだな)
一人になったユキヒコは、これからの事を考えていく。
とりあえず敵を混乱させる事は出来た。
だが、全体を崩壊させたわけではない。
あくまでほんの一部。
それも、表面を少し削っただけだ。
体制崩壊にはほど遠い。
(けど、ここからやっていかないと)
長い道のりになる。
最初から分かっていた事だ。
しかし、やり始めるとあらためて分かる。
それがどれほど長大なものなのか。
今になってその困難さを実感する。
たかだか辺境の拠点一つ。
それを潰すだけでこれだけの時間と手間がかかってる。
国や教会を相手なら、これ以上の労力が必要となる。
それをやろうというのだから、自分の無謀さと無鉄砲さを感じずにはいられない。
けれど、辞めるつもりは全く無い。
(どうにかしてやらないと)
大事なものを奪われたのだ。
辞めるわけにはいかない。
やったところで、失ったものが戻ってくるわけではない。
そういう観点からすれば、無駄な事と言えるだろう。
だが、辞めたところで何か得るわけでもない。
そもそも、奪い返したいというわけでもない。
未練はあるが、ユカが取り戻したいわけではないのだ。
ただ、理不尽な事をした連中を許せない。
ただそれだけ、ただそれだけが理由と言えた。
だいたいにして、人の気持ちは変わるものだ。
例え惚れ合って、愛し合って結婚しても、喧嘩の果てに別れる事だってある。
そうなる理由や事情だってあるだろう。
そうしたものの一形態であるかもしれなかった。
ユキヒコとユカとの間に起こった出来事も。
他にもっといい男を見つければ、ユカはそちらに乗り換えていたかもしれない。
それはそれで、決して珍しくもない別れ話の一つと言える。
ただ、ユキヒコとユカには、外部からの力が働いただけだ。
教会という、女神イエルという。
それが別の男と引き合わせた。
その結果、ユキヒコは引き離される事になった。
そういう別れ話であるだけなのかもしれない。
──だが、だから何だと言うのか?
そこにユキヒコの都合はない。
ユキヒコの気持ちは無い。
ユキヒコは全く考慮もされていない。
どこまでも外部の要因とユカの都合だけである。
ユキヒコへの配慮も何もない。
ただ、ひたすら、一方的に我慢を強いられただけである。
釈明もなければ説明もない。
慰めだってありはしない。
ユキヒコの気持ちへの補填や補償は全く何もない。
仮に何かしらの補填があったとしても、納得はしなかっただろう。
結局はユカへの想いを断ち切れず、悶々としていたかもしれない。
なんだかんだ言って、それだけユカへの想いを抱いていた。
ユカも思いを寄せてくれていた……と思いたかった。
少なくともそういう風には見えた。
それをいきなり奪い取られた。
どうやって納得すればいいのか?
ユキヒコにはその方法を思いつく事が出来なかった。
挙げ句にユカもユキヒコの事を、知り合いの一人として扱った。
そうなるまでに何があったのか知らない。
聖女として過ごした日々が彼女をそう変えたのだろうとは思う。
実際、ユカにとってユキヒコは過去に関わりのあった知人の一人になったのだろう。
ユカからすれば、他の者よりは仲の良かった村の者の一人程度になったのかもしれない。
そもそも、。好きという対象ですらなかったのかもしれない。
そんなユカに、ユキヒコとの関係性を求めるのは酷かもしれない。
だとしてもだ。
それがユキヒコの気持ちを否定する理由にはならないだろう。
それが許せない。
とどのつまり、そう思うのも好意の裏返しなのだろう。
(なんでこんなに好きなんだか)
結局はこれである。
どこかで折り合いが付けば、という話ではない。
好きだったのだ。
ユカの事が。
子供の頃から一緒にいた。
そのうち違った意味で一緒になるだろうと思っていた。
そんな相手への強い想いがある。
捨て去る気にもなれないこの気持ちがあるから、こんな事をしでかしてるのだ。
執着と言って良いかもしれない。
愛や恋なんて言うにはあまりにも強烈で深いものがあった。
決して綺麗ではない、一方的な想い。
だが、人を想う、求めるというのはこういう事だろう。
粘つく泥のように人を引きずりこんでいく。
底なし沼のようなものであろう。
囚われてるというならば、そうとも言える。
しかし、心より相手を望むとはこういう事だろう。
そうでないなら、上っ面だけの付き合いであるか。
あるいは心ない接触でしかない。
(その分の償いはしてもらわないと)
自分の心を踏みにじった。
抱いていた想いを省みなかった。
どんな都合や理由がるのかなんて関係が無い。
聖女だろうがなんだろうが、知った事ではない。
勇者と共に行動する者が必要だとしてもだ。
それが大切な者を奪われる理由にはならない。
そうしなければならない世界を、どうして保っていく必要があるのか?
さっさと滅びるべきだろうとすら思う。
(そうまでして守らなくちゃならないもんなのかねえ……)
教会の教える主義主張。
女神への崇拝。
それらがそれ程大事だとはとても思えなかった。
大事な何かを奪っていくようなものなど。
(さて、どうしたもんだか)
その為に何が出来るか、何をするべきか。
考えてもまとまらない。
現状が悪いわけではないが、将来については未知数だった。
拡大した能力をもってしても、未来は見えない。
色々考えはするのだが、どうしても勝算がたたない。
それ程に大きな目標だった。
「どうすりゃいい?」
考えあぐねて自室として使ってるテントに戻ってきた。
そのまま寝転び、楽な姿勢で考える。
「自分で考えるしかないけどよ」
誰にともなく呟く、ただの独り言。
それでもユキヒコは口を開いていく。
「どうすりゃいいのかな……」
さっぱり分からない。
それでも、今はやれる事をやるしかない。
何が出来るのかはわからないが。
何か出来るだろうと信じて。
幸い、持って生まれた能力がある。
それも最近はだんだんと強力になってきている。
この力で状況を動かす事が出来れば。
あるいはどうにかなるかもしれない。
そう信じたかった。
そうでなくても、自分のもってる全てをもって報いたい。
された事の全てに。
ふさわしい末路を与えたい。
「…………そう思うくらいは自由だよな」
結果がどうなるかは分からない。
だが、願うのは自由である。
結果につなげるには、相応の何かが必要にしても。
「頑張っていくしかないよな」
それでも、拠点一つを陥落させる事が出来た。
ささやかではあっても、それを実績としたかった。
そして、これを土台に更に次につなげたかった。
より大きな戦果に。
その戦果の一つが耳に入ってくる。
ゴブリン達の歓声と、それに混じる女の悲鳴。
拠点からさらってきた女を相手に、ゴブリン達は今もお楽しみの最中だ。
それをもたらせるくらいの事はした。
それを更に大きく。
自分を虐げた者達全てに拡大したい。
それが今のユキヒコの願いだった。
かつて自分は奪われた。
だから、奪った連中から奪いたかった。
全てを。
あらゆるものを。
それだけの事をされたのだ。
それだけの事をしなくては気が済まない。
「さて……」
考える。
悩む。
「どうしてくれようか……」
まだ答えは出ない。
だが、既に事は始まったのだ。
嫌でも結果は出てくるだろう。
それがよりよいものである事を願う。
今できる事は、結局それしかないのだから。
あまりにも酷いから書き直していたのだが。
書いてるうちにどんどんと拡大していったのには泣いた。
そんだけ酷い文章だったという事だが。
我が事ながら恥ずかしくて仕方がない。
これで少しは読めるようになってればいいのだが。
これ以降も余力があれば書き直したい。
しかし。
そんな気合や根性が出てくるかどうか。
この調子だと、どんだけ書き直し・書き足しをする事になるやら。
それでも、1章を終わらせることが出来た。
少しだけホッとしてる。
そして、章の終わりに。
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