45回 聖戦士と聖戦団────目覚めた能力と、女神の加護
気の流れが見えた。
いつものとは違う。
アカリが奇跡を使った瞬間、何かが見えた。
アカリから発生し、周囲にひろがっていくものが。
それが周囲にいる者達に伝わり、一人一人の気が強くなっていく。
それが目で見えた。
以前から見えていた気の流れと、本質的には同じもの。
それを何故かあっさりと察する事が出来た。
同時に、新たな事も分かった。
ユキヒコの中にも備わってるもの。
それを感じ取れるようになった。
今まではさほど意識もしないでいた。
突発的にあらわれていた、制御できないもの。
それが今ははっきりと自覚出来ている。
己の思うままに使う事が出来るほどに。
それは気の流れを察知するのと。
五感の強化とも本質的には似たものだ。
相手の動きが直前に分かる。
はっきりと見える。
気として。
視覚を通して。
耳で聞いたもの、肌で感じるもの、鼻で嗅ぎ取るもの、口で味わうもの。
各段に強化された五感がそれを感じ取る。
例えば目で見たことならば。
それがどのくらいの距離のところにあるのか。
どれ程の速度で動いてるのか。
どういった軌道をとってくるのか。
それらがはっきりと分かる。
耳で聞いたものもそうだ。
単純にどこで響いたものなのか、どこから届いてきたものなのかが分かる。
肌で感じる感触もだ。
空気の流れや淀みで何がどこからくるのかが分かる。
匂いもどこから来た何によるものなのか。
口に入ってくる空気からも、そこで感じる味わいで、微細な差を察知出来る。
そういった情報を処理をする脳力も上がっている。
単に感覚が鋭くなっただけではない。
そこに新たなものが追加される。
いや、体の中からこみ上げてくるというべきか。
体の動き。
いわゆる、体力。
反射的な反応。
体の動きに関わる全ての能力が、各段に強化されていく。
それこそ、アカリの使った活力の奇跡による影響を受けたように。
しかし、これが神の奇跡でないのはユキヒコ自身が分かってる。
自分に起こってるのは、外部からの影響によるものではない。
自分自身の中にあったものが働いてるのだと。
その力が敵を圧倒していく。
敵の動きが瞬時に読める。
敵の動きに合わせて動ける。
それどころか。
敵の動きの弱点や盲点が観える。
敵をどうすれば制御出来るのかが観える。
自分が主導して敵を制圧していく道筋が観える。
強化された知覚と判断力、身体能力がそれを可能としてくれる。
これがもたらす効果は絶大だった。
襲いかかってくる三人を、ユキヒコは返り討ちにした。
相手の動きを避けるのではない。
相手の攻撃がこないところを、一振りすれば出来る隙を発生させていく。
その一振りが襲いかかってくる一人を切り倒していく。
一歩踏み込む事で相手の懐に入り、自分への攻撃が届かなくする。
代わりに自分の振りおろす刀は相手の体をとらえ、一刀両断していく。
相手の攻撃が入らない位置、自分の攻撃が致命的なものになる場所。
それを瞬時に発見し、入り込み、敵を倒していく。
切り結ぶ、とでも言うべきか。
相手の攻撃と自分の攻撃がほぼ同時に行われていた。
しかし、結果は一方的で不公平なものとなる。
攻撃が当たるのはユキヒコだけ。
敵はわずか一太刀で絶命してしまう。
身につけ鉄板付きの革上着ごと体を半分に斬られ、聖戦団の兵は絶命した。
それはその左右にいた者達も代わらない。
袈裟懸けに切り捨てたユキヒコは、返す刀で右に立っていた者を。
更にそこから体勢を変えて左にいた者を切る。
それを流れるような、よどみない動きでこなす。
傍から見てれば、ほぼ瞬時に三人の兵が切られたようにすら見えた。
ユキヒコの動きは止まらない。
その次にいた者も、その後に出て来た者も。
次々に切り伏せていく。
活力の奇跡によって力を増していたとて、それが進撃を止める事はない。
どれ程能力を底上げされていても、それ以上にユキヒコの能力の方が上回ってる。
それも、単純な各能力の向上だけではない。
活性化してる感覚が自然と学習しているのだ。
体の効率的な使い方を。
それは、様々な技術や運動において、長い修練や研究、気づきを得ねば到達出来ないものだ。
ユキヒコはそれらを瞬間的に体得していっている。
何をどうすればいいのかが分かってしまう。
体のちょっとした動きであっても、より効果的に使う方法を悟っていく。
そういう方面での直観もはたらいてるようだった。
それがユキヒコの動きを洗練していく。
それこそ、達人や名人と呼ばれる領域にまで。
勝負は呆気なくついていく。
圧倒的な技量の差は数でもっても覆しにくい。
ユキヒコは一人一人を確実に仕留めてしまう。
対して聖戦団の方は、ユキヒコの動きをとらえる事が出来ない。
攻撃の全てが空を切ってしまう。
どれ程数多く繰り出しても、当たらなければ何の意味もない。
そうしてるうちに、敵は数を減らしていく。
残るのは、アカリを始めとした数人だけ。
そこまでユキヒコは敵を追い詰めていた。
「なんだ……」
絶句してしまう。
レイピアを手に呆然としてしまう。
女神の力を借りて用いる奇跡。
その効果は確かにあった。
事実、今もアカリ自身がその効果を感じている。
感覚も体力も普段以上だ。
その力をもってゴブリンを蹴散らすはずだった。
なのに目論見は崩れさった。
ゴブリンの先頭に立つ男によって。
「どうして……」
何故こうなってるのかが分からない。
ゴブリンを相手にするなら充分なほどの力を今は得ている。
実際、ゴブリンを相手にしてる者達は全く押されてない。
むしろゴブリンを退け、先へと進もうとしていた。
ただ一人、そんな者達すら上回る敵がいたのだ。
その者は、聖戦団の者達を次々に切り伏せていった。
今、残ってるのはアカリを始めとした数人だけ。
それでもゴブリンは突破出来るだろう。
だが、唯一の脅威である男は倒せそうにない。
それ程の差があるのだ。
逃げる事も難しい。
もうどうすればいいのか分からなかった。
そんなアカリにユキヒコが迫る。
そして、間にアツヤ達が入る。
「行くぞ!」
叫び声が上がる。
それがアツヤのものだと理解するより先に、残った聖戦団が敵に向かっていく。
時間を稼ぐつもりだろう。
残ったわずかな者達が、ユキヒコの足止めをしようと向かっていく。
そして、アツヤは呆然としていたアカリを引っ張ってこの場を離脱しようとする。
「しっかりしろ!」
怒鳴り声がもう一度耳に入る。
頭の中で響き渡って痛いくらいだ。
「こんな所でくたばるつもりか」
言われて少しだけ気を取りなおした。
その通りだった。
こんな所で死ぬわけにはいかない。
生きて帰って、ここであった事を伝えねばならない。
今回の出撃は、それが目的なのだ。
それを果たすまでは死ぬわけにはいかない。
「そうだな」
ようやく返事をしたアカリは、引きずられるままだった状態から抜け出す。
「行くぞ」
「おう!」
ただ一人残ったアツヤと共にゴブリンを切り抜けていく。
幸い、活力の加護はまだ残ってる。
これがあるならゴブリンを切り抜ける事は難しくはない。
ただ、後ろから追ってくるだろう脅威はどうなるか。
それは分からない。
だが、それを考えるより先に、二人は目の前のゴブリンに向かっていく。
どうなるにしろ、群がるこの魔族を倒さねばならないのは明白なのだから。
そんなアカリ達に、ユキヒコはそれほど時間をかけずに追いついた。
間に入って遮った聖戦団の者達は、それこそ一太刀で切り捨てていった。
時間などたいしてかかってない。
だが、そのわずかな間にアカリとアツヤはかなり先に進んでいた。
加護があるとはいえ凄まじいものだと感心した。
それもつかの間、ユキヒコはすぐに行動を開始する。
間にいるゴブリンを飛び越え、木々の枝の上を伝っていく。
普通ならありえない動きだ。
だが、今のユキヒコならば難なくこなす事が出来る。
どこに枝がはりだし、どう伝っていけばいいのかも分かる。
それだけの知覚力が今のユキヒコにはあった。
着地したのはアカリとアツヤの前だった。
彼等の進行方向を塞ぐように。
それを見た二人はぎょっとして立ちすくんだ。
思わぬ方向からあらわれた敵を目にして。
しかし、それでもアツヤは気力をふるって敵に向かっていく。
「行け!
走れ!」
アカリに向かって叫びながら。
そんなアツヤを、ユキヒコは一太刀で切り捨てた。
そこらの兵を上回る技量をもつアツヤであったが、それでもユキヒコには及ばない。
そんなアツヤをアカリは目の端にとどめたが、それを振り切って進む。
ここで止まったら、犠牲になった者達の全てを無駄にしてしまう。
立ち止まるのではなく、先に進むこと。
この場から脱出する事。
それがアカリの責務である。
倒れた仲間にすがって泣くことではない。
その足は前へと進み、手にしたレイピアでゴブリンを切り捨てていく。
そうして先へと向かっていく。
だが、それも無駄に終わる。
先ほどと同じように木々の間を飛び進んで行くユキヒコは、アカリよりも先に進む。
彼女が進む先に回る事など造作もない。
再びアカリの前にあらわれたユキヒコは、切り抜けようとするアカリのレイピアを刀で叩く。
相手の動きを読んで、適切な動きで繰り出された刀は、レイピアの刀身を切り捨てる。
その際の衝撃でアカリは、手から切断されたレイピアを落とす。
腕を通じてから全体に走る衝撃に身動きもとれなくなる。
体全体が痛みとしびれでどうにもならなかった。
そんなアカリにユキヒコは痛烈な一撃を見舞う。
刀の峯で。
強い衝撃を受けたアカリは、それによって意識を閉ざされていった。




