44回 聖戦士と聖戦団────押して押されて接戦に
外で行われていた戦闘は乱戦・混戦の状態に陥っていた。
距離をつめていく聖戦団。
無茶な行動に見えるが、それでゴブリン側は不利になる。
遠距離からの攻撃が出来なくなっていくからだ。
接近戦での勝ち目がない。
だからこそ、遠距離からの投石を行ってる。
それが否応なく接近戦に持ち込まれていく。
一方的な攻撃が出来なくなっていく。
こうなってしまうとゴブリンは弱い。
体格の優劣もあるし、持って生まれた気性もある。
強い奴にはへつらい、弱い奴には強く出る。
そんな卑怯・狡猾がゴブリンの特性だ。
そんな彼等が接近戦に強いわけがない。
勢いがあれば良いが、そうでなければ潰える。
単純な能力差がこういう時に大きく出る。
聖戦団の手にした武器が届く距離に近づく。
そうなった時に、ゴブリン達の命運は決したと言えるだろう。
……通例ならばそうなっていた。
そうなるはずだし、そうなって当然だった。
遠距離からの攻撃ならばともかく、接近戦になれば槍や刀剣の餌食になる。
実際、一太刀でも斬りつければ、それでゴブリンの士気は崩壊する。
だいたいにおいてはそうなっていた。
しかし、今回は様相が違った。
接近した聖戦団を出迎えたのは、盾をかざしたゴブリン達であった。
拠点にあったものをくすねたのだろう。
部隊章などが盾に記されている。
他にも、盾と呼ぶにはお粗末な木の板などを掲げている。
それらが聖戦団の攻撃を弾いた。
刀剣の刃は盾を切断するには至らず。
突き出された槍は盾を貫くには至らず。
多少は切り込んだり突き刺したりはしても、盾をかざすゴブリンには届かない。
それどころか、攻撃した槍や刀剣が食い込んでしまい、手から外れる事になる。
そこを狙って盾の背後に控えていたゴブリン達が襲いかかる。
これまた強奪した刀剣や短剣、ナイフに槍を手にした。
手斧や槌矛を持った者も居る。
粗雑な木の棒などで襲ってくる者もいる。
そういったゴブリンが数十人、聖戦団に飛びかかっていった。
常ならばありえない事だった。
盾をかざし攻撃を凌ぐ。
それから敵に襲いかかる。
そんな動きをそもそもしない。
単純なものだが、組織だった戦闘をしている。
それがもう異例で異常だ。
少なくともゴブリンだけの集団ではありえない。
他の種族が混じってたり、指揮を執ってるなら別だが。
今、目の前にいるのはゴブリンだけである。
他の種族の姿は見えない。
見える位置にはいない。
その事に気づいた聖戦団の者もいた。
そういった者達は本能で察知する。
(これは……まずい)
しかし、もう遅い。
そう感じた瞬間には、数人のゴブリンが飛びかっている。
次の瞬間、体に刃物を突き刺されている。
鎧のない部分を狙った攻撃だ。
それは、確実に命を奪っていった。
そして、そんな攻撃をする事に驚く。
(ばか……な)
そんな戦闘術すらもなく。
ただひたすらに襲い掛かってくる。
それがゴブリンなのだから。
そう考えてしまうからこそ、彼らは敗れ、命を失っていく。
「どうなってる?!」
驚愕がアカリの口から飛び出した。
無理もないだろう。
数だけが取り柄のはずのゴブリンが、集団戦をしてるのだから。
滅多に無いその光景を目の当たりにして驚愕していく。
(まずい)
状況を見てそう察する。
無理をしてでも突破すれば活路はあると考えていた。
しかし、その突破そのものが難しくなってるとは思わなかった。
ゴブリン相手ならば、最初の一撃を食らわす事が出来れば意志をくじけると思っていた。
しかし、目の前にいるゴブリン達は、そんな良くいる連中ではなかった。
滅多にない、組織化されたゴブリンだった。
優秀な指揮官がいて、それに統率されてる連中だ。
個々人での能力に頼った戦い方はしない。
全員が自分の役目を担って行動している。
全体で一つとなって活動している。
極めて強固で厄介な敵となっている。
(しくじった)
素直にそう認めるしかなかった。
予想外な事が多すぎたが、それでも失敗は失敗である。
もっとも、それでアカリが悪いというのも酷である。
短時間で、少ない情報から判断するのは難しい。
それで全てを見いだせというのが無理がある。
だが、その結果として窮地にたってしまってるのも事実であった。
この上は覚悟を決めるしかない。
「怯むな!」
声を張り上げる。
「我らは聖戦団、敵を前に退く事などあってはならん!」
虚勢である。
だが、そう言うしかない。
味方を奮い立たせるために。
「女神が見ている。
我らの奮戦を求めてる。
怨敵たる魔族を退け、平穏をもたらすことを!」
自らも腰のレイピアを取り、戦闘に参加していく。
「行くぞ!
ここを突破する」
そう言って目の前のゴブリンに斬りつける。
首筋を切られたゴブリンは、血の飛び散らしながら絶命していく。
それが一人二人と増えていく。
それを見た聖戦団の者達は、アカリを中心にして集まっていく。
塊となった彼等は、包囲するゴブリン達を切り捨てながら町へと向かっていった。
この時点で聖戦団は20人にまで減っていた。
事前に逃亡した者達の存在が大きく響いている。
それで半数近くが消えている。
加えて、最初にゴブリンと接触した時に何人かが倒れてしまった。
おかげでここまで数を減らす羽目になってしまった。
しかし、ここからの聖戦団は違っていた。
アカリを中心としてゴブリンの突破をはかっていく。
今回のゴブリンは手強いが、聖戦団も負けてはいない。
もとより個人の戦闘力ならばゴブリンを簡単に上回る。
それだけの戦闘力を持ってる者達が集まっている。
集められた民兵であってもだ。
彼らの戦闘力はさほど高くない。
そんな彼等であっても、一対一ならゴブリンを簡単に圧倒出来る。
まとまって行動すれば、ゴブリンが対抗するのは難しい。
最初は有利だったゴブリン達だが、こうなると攻めあぐねてしまう。
そんなゴブリン達を退け、聖戦団は少しずつ進んでいく。
聖戦団にとって状況は最悪である。
しかし、絶望的ではない。
そう考え、そう信じて彼らは進んで行く。
実際、襲いかかってくるゴブリン達を切り伏せている。
叩きのめしながら包囲を突破しようとしている。
歩みは遅いが、確実に敵を倒していってる。
前へ前へと進んでいる。
それはこの状況を突破して生還する可能性を感じさせた。
そんな彼等の後方から新たな敵が押し寄せる。
拠点から飛び出してきたユキヒコ達が、混戦の中に飛び込んできたのだ。
先頭に立つユキヒコは、手にした刀剣を振って、目の前の戦士を切る。
槍を手にしていたその者は、応戦するために繰り出した槍から重い衝撃を受けた。
ユキヒコが手にして刀剣によって槍を弾いたのだ。
それが槍をもった者の動きを一瞬だけ止める。
その一瞬で間合いをつめる。
ユキヒコは相手の懐に入り、喉に突きを繰り出す。
尖った切っ先は狙い通りに無防備な喉を貫いた。
急所を突かれた相手は、槍と共に意識を手放していく。
それを皮切りに形勢は更に変化していく。
どうにか硬直状態に。
若干ながら有利になっていた聖戦団であったが。
それが覆えされていく。
動きが止まる。
ゴブリン達の増援によって、わずかな利点が失われた。
数少ない兵が更に減ってしまう。
切り伏せたゴブリンも多いのだが。
それよりも多くの増援があらわれてしまってはどうしようもない。
しかもその先頭にはゴブリンではない戦士が立っている。
それをみとめたアカリは、驚いてから激昂した。
「人間なのか!」
自分と同じ種族である事を見て。
しかも、身につけてる装備は自分達と共通のものである。
「裏切りか!」
瞬時にそう悟った。
でなければ敵が自分達と同じ装備を身につけてるわけがない。
あってはならない事である。
決して許してはならない事である。
それは同胞と女神への許し難い冒涜である。
「貴様ああああ!」
怒声が鳴り響く。
それは周囲にいた者達を圧倒し、ほんの少しだけ動きを止めるほどだ。
ただ一人、ユキヒコを除いて。
怒声を聞いたのはユキヒコも同じだ。
しかし、動きに全く淀みはない。
目の前にいる敵をただひたすら斬っていく。
その軌道は素早く鋭く、素人のものではない。
達人や名人には及ばないが、素人とは隔絶した太刀筋である。
相応の稽古と鍛錬、実戦での経験がもたらしたものだ。
数年に及ぶ義勇兵としての活動は、ユキヒコを一般兵とは隔絶した戦士にしていた。
その戦士が襲いかかってくるのだ。
聖戦団といえども簡単にはねのける事は出来ない。
むしろ、接した者から倒されていく。
持ってる力量の差は圧倒的だった。
加えて、ユキヒコには気の流れを読む力がある。
最近になって五感も冴え渡ってきている。
相手の動きが事前に分かる。
相手のどこに隙があるのかも。
それが分かっていれば簡単だ。
攻撃を当てることも。
攻撃を避けることも。
そんなユキヒコにとって、聖戦団は敵ではない。
数が多いのが面倒ではあるが、倒せないほどの脅威ではない。
「まずい……」
それを見たアカリは自分達が完全に終わった事を悟った。
ゴブリン達だけならどうにかなったかもしれない。
だが、敵はそれだけではなかった。
自分達を裏切った者がいる。
しかも、相当な手練れである。
退けるのは難しい。
この状況では不可能と言える。
このままではいずれ殲滅されるだろう。
だから躊躇う事はなかった。
「……女神よ、我らに祝福を!」
女神から与えられた奇跡を使う。
一定の階位に到達した者に授けられる、女神の力の一端。
それを用いていく。
それが周囲の者達にひろがっていく。
劣勢になっていた聖戦団はそれを受けて、大きな力を感じた。
その瞬間に聖戦団の者達が感じたものは様々だ。
多幸感であり。
心の余裕であり。
体が軽くなる感触。
視界というか視野が広がっていく。
意識もすっきりとしていく。
疲労が消え、踏ん張らずとも力が出てくる。
意識も気力も体力も体調も、全てが充実していく。
アカリが使った女神の奇跡によるものだと誰もが感じていった。
『活力の祝福』
数多ある、様々な形態をとる女神のもたらす奇跡
そんな女神の奇跡の一つである。
文字通り、対象に活力を与え、通常以上の力を発揮させる。
効果が続く時間に限りはあるが、その間は通常以上の力を発揮する。
知覚力も上がるので、目や耳で聞いた事などを通常よりも素早く察知出来る。
それへの対応、瞬時の判断や反射的な行動も強化される。
このため、一般的な業務や作業においても各段の効率化が図れる。
戦場において用いてもこれは同じだ。
ろくに訓練を受けてない新米も動きが変わる。
この奇跡の効果を受ければ、戦場に慣れた兵士並の活躍をする。
それをアカリは用いた。
一度ゴブリン側に傾いた形勢は、ここで更に覆る事になる。
対峙するユキヒコはそれを痛烈に感じていた。
二人三人と楽に切り捨てたは良いが、快進撃と言えるのはそこで止まる。
アカリが奇跡を使った事で、聖戦団の能力が底上げされた。
それはユキヒコを凌ぐほどではないが、周りのゴブリンを圧倒する事は出来る。
一人が倒せるゴブリンの数は更に跳ね上がる。
そうして出来た余裕が、ユキヒコに向かってくる者達の数を増やした。
一対一ならば確実に圧倒していたユキヒコの剣技。
それも、相手が増えると分が悪くなる。
何とか対応しているが、凌ぎきるのが難しくなっていく。
多少劣る腕の者でも、それが数人でかかってくれば腕の差などなくなる。
単純な数の差が優劣になっていく。
このまま進むならば、ユキヒコもいずれ聖戦団に圧倒される事になる。
はずだった。




