426回 試練など無駄な努力でしかない、余計な回り道などしないで最短距離、それが正解
考えてみれば不可解なものだった。
今まで、何故イエルや魔術装置が介入してこなかったのか?
どうして見逃してきたのか?
その理由がはっきりする。
何の事は無い。
過去であり未来である自分が自分を助けていたのだ。
おかげで、途中で介入される事なく覚醒階梯をあげる事が出来た。
それ以外にも、様々な作戦において。
あらゆるところで自らを助け、助けられていた。
(そういう事か)
分かってしまえば簡単な事だった。
だからここまでやってくる事が出来た。
そして覚醒が急激に進んだのも。
それも未来の自分があれこれ手を回したからだ。
覚醒しやすいように。
それでも避けられなかった流れがあり。
そして今ここに至っている。
(いや…………)
そこまで考えて、首を振る。
そんな事は無いと。
やろうと思えば出来たのだ。
ユカとの事がこんな風にならないように。
ただ、その場合には危険がともなう。
何せ、覚醒階梯10段階に至ってない状態での事だ。
下手に過去を変えれば未来が変わる可能性がある。
ユキヒコが覚醒しないでいるという。
ユキヒコは覚醒し始めてはいた。
生まれながらに気の流れが見える。
それが覚醒のはしりだった。
それが出来る時点で、既に他の多くの者達とは隔絶してる。
なので、そのままでも更なる高みにのぼった可能性はある。
しかし、極度に覚醒が早まったのは、ユカが奪われてからだ。
そうでなかった場合にどうなるか。
その場合の人生も見てはいる。
その場合、覚醒はさほど進まず、周囲の状況に流されるだけだった。
それでも、大切なものは奪われずにはいた。
しかし、エル/イエルの、ひいては魔術装置の横暴を許す事になる。
その後、事態を解決する為に、何度も何度も転生する事になった。
それはそれで良いとは思う。
最終的にエル/イエルと魔術装置を破壊出来るのだから。
結果を見ればそれがユキヒコにとって一番マシな選択かもしれない。
そう考える事は出来るのだが。
(無理だな)
結論はそこにいきつく。
その場合、覚醒階梯10段階目に到達出来たかどうか。
過去と未来の繋がりの中で生きていくしかない。
となれば、過去改変も極めて限定さえた中で行わねばならない。
その制約は非常に大きい。
そうなると、最終的には多大な損害を出さなくてはならなくなる。
死傷者や不幸な者を数多く生み出してしまう。
それも輪廻転生の中では些細な事かもしれない。
だが、ユキヒコにはとてもそうは思えない。
(そうはいかないよ)
不幸は少ない方がいい。
ない方がいい。
不幸を試練だなんだともてはやすわけにはいかない。
それによって失うものはとてつもなく大きい。
そうして乗り越えたとしても、喪失感は大きい。
失ったものが戻ってくる事もない。
そんなものにどうして巻き込まれねばならないのか?
不幸が好きな奴だけが巻き込まれれば良い。
ユキヒコにはそう思えてならない。
そんなものなくても、人は成長していける。
日々の営みを続ける事で、ゆっくりと着実に。
人が最も発展するのは、争いあいの中ではない。
平穏で穏やかな日々の中でだ。
もし騒乱が人を成長させるならば、戦争中がもっとも発展する。
しかし、戦争が発展をもたらす事は無い。
戦争がもたらすのは、焼け野原と死体だ。
それがどうして発展につながるのか?
死体と瓦礫は衰退と滅亡の象徴でしかない。
もし本当に発展するなら、内戦状態の国などは大躍進の真っ最中である。
結局、成長や発展は平和や平穏の中でしか成り立たない。
日々の生活が安定し、明日を憂う事がない時に成り立つ。
食うに困らず余裕をもって生活出来る時に発生する。
そんな状態だからこそ、余裕が生まれる。
暇と言ってもよい。
その暇を勉学や研鑽に割り当てる事が出来るのだから。
暇を鍛錬や修練に使わねばならないわけではない。
どう使おうが一人一人に自由だ。
それを統制しようとすれば、それは独裁や圧政になる。
なので、必ずしも発展などにつながる事は無い。
だが、暇もなければ学ぶ時間など確保出来るわけがない。
これは絶対に必要な条件になる。
そして暇を生み出すのは豊かさだ。
貧乏ならば暇を持て余す事などない。
糧を得るために寝る間も惜しむ事になるだろう。
だからこそ、豊かになっていかねばならない。
そうして生まれてくる余裕や余剰。
それらが積もり積もって研究開発などに振り分ける余裕が出てくる。
いまだ存在しない何かを見つけるには、とかく多大な資本が必要になる。
単に資金というだけではない。
それによって得られる材料や資材、資料。
これまでの研究成果。
必要な人員。
様々なものを揃える事が出来る。
そうしてようやく道の分野への探求が始まる。
それは智慧や知識の探検・冒険というべきものだ。
様々な試行錯誤を繰り返し、そして何かを見つける為の。
傍目からは無駄を積み重ねてるように見えるだろう。
こうした事が出来るのは余裕がある時だけ。
そんな余裕が生まれるのは平和で平穏な時代だけ。
命も物も破壊されていく戦争や騒乱の中ではない。
そもそも、戦争や騒乱になれば、それまでの研究成果も灰燼に帰す。
今までの成果が消滅する。
そんな事を繰り返して、どんな新発見があるのか?
そんな騒乱を試練という事は無い。
試練といって乗り越える必要もない。
様々な失敗を繰り返す事を試練と言うにしてもだ。
好んで騒乱を起こす必要は無い。
それは試行錯誤を停滞させる原因でしかない。
もしユキヒコが長い期間を費やして覚醒したら。
それにかかった年月の分だけ発展を遅らせる事になる。
時間と資源の無駄になる。
そうして無駄な時間を費やした分だけ、多くのものが不幸になる。
それはそれで避けたかった。
となれば、ある程度なにかを犠牲にしていくしかない。
ユキヒコはそれに自分自身を選んだ。
それが良いのかどうかと問われればなんともいえない。
憤りは確かにわいてくる。
だが、それ以外の選択肢があるのかと問われれば悩ましい。
他にもっと良い手段があるのか。
そう考えるとなかなか思いつかない。
覚醒階梯10段階になった今なら話は別だ。
因果など関係ない。
原因と結果が結びつかなくなった今ならば。
過去に介入し、ユカを奪われる事無く事を進められる。
だが、今更そこを巻き戻すつもりはなかった。
一度消えたユカも復活するのは分かってる。
しかし、取り戻したいとは思わなかった。
「今更だしなあ……」
自分を捨てた女である。
そんな奴を取り戻したいのかと言えば、そんな事は無い。
なぜそんな奴とよりを戻せるのか?
好意はいまだに抱いてるが、だからこそ許せない。
せめて真っ当に別れる事が出来ていれば、こういった気持ちは抱かなかったかもしれないが。
とにもかくにも、今更である。
手遅れと言っても良いかもしれない。
自分の手で始末して。
二度と復活出来ないようにして。
そして過去から未来に至るあらゆる場所からも消滅して。
それで構わないと思っていた。
そして、代わりの誰かが欲しいとも思わなかった。
どうせまた同じような展開になる、それも分かってるからだ。
出会いと別れはつきもの、それが人生なのだと言うものもいるだろう。
しかし、ユキヒコはそうは思えなかった。
そう思うつもりもなかった。
出会いと別れがある人もいるだろう。
だが、ユキヒコはそこまで器用ではない。
また別の誰かと、というような考えや気持ちにならない。
出来れば同じ人とずっと付き合っていたい方だ。
たとえユカよりも良い女がいたとしても。
それに心引かれるかどうかは分からない。
性欲は動くにしても。
一緒にいたいという気持ちにはなれそうもなかった。
まだユカの事を引きずってるというのもあるだろう。
憎んで恨んだにしても、そうなるほどに求めた相手なのだ。
簡単に切り替えたり切り捨てたりは出来そうもなかった。
そして、そんな気持ちを無理矢理整理しようとも思わなかった。
エル/イエルがしたような。
調和・均衡・中立の魔術装置がしたような。
強引な行為はどこかで無理を発生させる。
その無理は必ず悲惨な結果をもたらす。
だからユキヒコは、今少しは落ち込みがちな気持ちを抱えていようと思った。
いずれ自然に解消するかもしれないその時まで。
一番大きいのは、一人でいるのが楽しい事だ。
孤独はいけない。
一人では生きていけない。
そんな戯言をほざくものもいる。
だが、それこそ嘘っぱちだだと今なら分かる。
一人でいるのは気楽でいい。
誰かを意識しないで済む。
気ままに勝手を楽しめる。
たまに他人との接点が欲しい時もあるが。
それも煩わしさがともなうならば、不要と言い切れた。
まして、相手に振り回されず、自分の思うままにやっていける。
これほど楽な事は無い。
孤独は素晴らしい。
やたらとつるみたがる、誰かといたがる者の方が理解不能だった。
そういうのは、徒党を組んで暴れ回りたいだけなのだろうとは思うが。
あるいは、一人じゃ何も出来ないほど弱いのだろうか。
その必要もないユキヒコには、無理してまで誰かといる必要がない。
群れたがる者達には理解できない事は分かってる。
だが、今のユキヒコには無駄につるもうとする輩のほうが邪魔であった。
そういった者の方がやたらと問題を起こすというのもある。
今やってる仕事では、そういった者を消滅させる事の方が多い。
そう、仕事だ。
幸い…………と言ってはいけないのだろうが。
片付けておきたい問題は山ほどある。
虚無の中に点在する様々な宇宙。
そこではあらゆる問題が発生している。
それを片付けていくだけでも、それなりに忙しい。
あまりこう言ってはなんだが、気持ちを紛らわす事ができる。
起こってる問題は大事で、とてもそんな気まぐれで手を付けるようなものではないが。
それこそ社会の崩壊や世界の破滅など当たり前。
宇宙そのものの存続に関わるものだってある。
それを気晴らしの道具にするわけにはいかない。
「さて、と」
自分専用に作った、自分だけの宇宙。
そこにある大地から立ち上がる。
「仕事でもすっか」
自分に言い聞かせるように声を出す。
そうしてからユキヒコは転移をした。
目指すべき宇宙に向かって。
明日で最後




