422回 歩むことの無かった輝かしい未来
「この後、お前側の連中は全て滅びる。
人間だけじゃない。
エルフやドワーフも。
関係した全員がだ」
「────」
「全部を消滅させた。
お前に協力したもの全部をな」
「────」
「わずかな残滓も残さない。
あらゆる全てを根こそぎ消す」
「────」
「そのつもりで行動してた。
本来ならな」
「────」
「けど、そうもいかなくなった」
「────」
「色々あって、それどころじゃなくなった」
「────」
「そんな事するより手っ取り早い手段を見つけたからな」
「────」
「だから、お前には、これを体験してもらう事が出来なくなった。
仕方ないから、こうして直接見てもらう事にした」
「────」
「どうだ、未来のお前は。
このまま行けば、こうなるはずだった将来は」
「────」
「お前は確かに上手くやった。
やりすぎるくらいにな」
「────」
「それが結果として問題を起こして。
今はこのざまだ」
「────」
「こんなちっぽけな村で。
おかしな宗教を頭の中にしみこまされ」
「────」
「そこから抜けだそうとして」
「────」
「それもかなわずここで消える」
「────」
エルは戦慄した。
なぜそれが分かるのかと。
誰にも言ってない、誰にも気づかれてないのに。
(ここの連中を引き渡すつもりだったのに?!)
それが自分に語りかけてくる男に見破られている。
「どうだ、ありえた未来を潰された感想は」
「────」
「お前は他を出し抜く事しか考えてない」
「────」
「他の奴を跪かせる事しか考えてない」
「────」
「自分が上に立たないと気が済まない」
「────」
「そして、こんな小さな所では満足出来ない」
「────」
次々に言い当てられていく。
エルの本音が。
それがエルには恐ろしかった。
なぜそれが分かるのかと。
いや、恐ろしいというのも違うだろう。
そういった感情は欠落している。
強いていうなら、おぞましいというところか。
強烈な嫌悪感。
それをエルは感じていた。
「まあ、他人との共感が得られないからな。
お前には他人が理解出来ない。
感じ取れないといった方がいいか?」
「────」
「感情がないから感情を理解出来ない。
理解できないからわずらわしく思う。
邪魔だと考える。
邪魔だから排除しようとする」
「────」
「お前は、人と人の結びつき。
縁や慈しみなんて理解出来ない。
理解できないから、気持ち悪くて仕方ない。」
「────」
「気持ち悪いから踏みにじっていく」
「────」
「そうやって他人をいたわれないから、こうなってる」
「────」
「どうだ?
訳も分からず潰されていく気分は」
「────」
最悪に決まっていた。
これから起こる未来を見て。
栄耀栄華を得ている自分を見て。
それを手に入れる事無く消されるのだ。
これを楽しいと言えるほどエルは達観してるわけではない。
「まあ、お前が消える事で、これから被害にあう奴が消える。
生きていたら害にしかならないお前だ。
素直に消えて、世の中に貢献しろ」
「────」
「じゃあな。
ちっぽけな集落で生まれた。
ちっぽけな教団で育った。
何も出来ないちっぽけな。
世界で一番下っ端のクソガキ」
「────」
その言葉が最後だった。
エルは己の体を消滅させられていく。
体だけでは無い魂も。
その苦痛に悶えながら、エルは消失していった。
霊魂の吸収というわけではない。
虚無という何も無いものによって浸食されて。
そこでエルは何も無い状態にされ、完全に無に帰していった。
二度と復活する事もなく。
永遠に。
同時に。
エルを生み出した。
エルを育んだ。
そもそもとして異常な教義によって排斥された宗教団体。
それも同じように消滅していった。
「お前らのような奴がいるから。
エルのような屑が生まれる」
それをユキヒコは直接相手の霊魂に向かって語りかけていた。
全員、それを直接聞いている。
そして流し込まれてくる。
エルの最後の姿を。
消滅していくところを。
「だからお前らも消えろ。
教団の痕跡ごとな。
お前らの存在も教えも、全部消してやる」
その声に誰もが震え上がった。
大半は、己が輪廻転生すら出来ない消滅をさせられる事に。
その中の一部はより恐ろしい恐怖に震えた。
教団を、宗教を、教えを消滅させられる事に。
それでは自分達が生きたという証が消えてしまう。
例え己が死んでも、継承し、伝承し、後世に伝わっていく。
そういった何かが消えていく。
それがとてつもなく恐ろしかった。
生物の本能なのだろう。
自分の血を引く子供を残したいというのは。
例えそれがかなわぬまでも、何かしら残したいと思うもの。
自分達が生きた証を。
それが家系図に残る自分の名前なのかもしれない。
偉業や功績によって事跡を残すのかもしれない。
壮大な建築物を作って残すのかもしれない。
あるいは技術や知識を伝えていくのかもしれない。
たった一言でもいい、影響有る言葉でもいいから残したいのかもしれない。
それらが全て消し去れていく。
宗教、教団。
それは彼らの作り上げた、あるいは継承してきたものだ。
それを後世に残す事で、彼らは満足感を得る。
例え大きな業績を遺せなくてもよい。
より大きなものの中に加われば、その中に自分の名前が刻まれていく。
それが後世に伝わるだろうと。
単純に、名簿に名前が残るだけでもいい。
それだけでもいい。
どういう人間なのかという記載がなくても。
名前だけでもいい。
それが後世に受け継がれるならと。
名前すらも残らずに忘れ去られていくよりはマシだ。
自己顕示欲と言って良いのかもしれない。
それだけ見れば、我の強さを感じるだろう。
だが、誰だって己の足跡が欲しいものだ。
それを否定するのも道理に反するだろう。
そうした生きとし生ける者が抱く思い。
それらが全て踏みにじられていく。
二度と復活出来ない状態で。
「妥当な報いだ」
にべもないユキヒコの言葉が、教団の者達全員に響き渡った。
そして次の瞬間。
関わる全ての者達が消失していった。
エルも。
エルが生まれ育った集落も。
その時代までこの宗教を伝えた者達も。
そこからこの宗教に帰依した者達も。
教団の資料や存在を示すあらゆる物も。
書籍や碑文は言うに及ばず。
人々の記憶からも消え去っていく。
文字通り全てが消えていく。
それを見ながらエルも消えていった。
もう何も残ってないのをまざまざと見せつけられて。
こうしてこの宇宙、この世界から、エルに関わる全てが消えた。




