413回 エル、イ・エルへ
教会を掌握したエルは、その勢力を拡大していった。
表向きは穏便に。
裏では蹂躙しながら。
それをエルは使い分けていった。
表向きには温和に布教を続けていった。
教義を説かせながら。
そして、日々の生活態度で教義を示させながら。
基本は、笑顔。
活動も掃除や手伝いなど簡単なところから。
しかし、誰もが求める事をさせていった。
人間、こうした働き者や気立ての良い者には好感を抱く。
そこを利用していった。
実際、エルもこうした態度や行動で取り入っていった。
それを拡大しただけである。
それでも反発する者はいる。
そういった者には容赦しなかった。
表向きは何もしなかったが。
しかし、人の目のないところで処分や始末をしていった。
そういった者達は、もともと鼻つまみ者だったりした。
だから、処分して姿を消しても誰も文句を言わなかった。
あいつどこにいった、と疑問を持つ者はいたが。
それでも、いなくなってせいせいする、と誰もが喜んだ。
追求する者などいなかった。
治安担当の役職の者は、さすがに動いたが。
しかし、被害者が被害者なのでまともに捜査する事も無い。
例外的に頑張る者もいたが。
それらはご多分に漏れずに処分されていった。
そうなっても同僚達が動くことはほとんどなかった。
捜査熱心だったので、何かに巻き込まれたのだろうとは思ったが。
しかし、その熱心さに嫌気をさしていた者も多い。
こういった熱心な者の特徴は、それを他者にも押しつけるところにある。
もちろん、仕事に真摯であるべきだろう。
だが、他の者も手を抜いてるわけではない。
それなのに、もっとやれと言われれば面白くない。
そんな人間が消えれば、ありがたいと思うのが人情だ。
また、様々なところに信者がいるのも大きい。
高位高官でなくても、現場を担当する下っ端にいるだけでも良い。
そういった者が内部情報や、現地での痕跡消去をしてくれる。
それらがエルを助けていく。
そうして各所に張り巡らせた信者の網でエルはかっさらっていく。
国という体制そのものを。
こうして一つの国が教会を国教に制定した。
その実、中身はエルの生まれ育った集落の宗教が。
もともと、その教会の宗教はエルのいた集落の宗教とは対立していた。
しかし、内部を乗っ取られて実態は逆転した。
本来まつられていた神々も。
本来つたえていた教義も。
全てが書き換えられた。
表向きの神々や聖者の名前はそのままに。
しかし、その行いや教えは全てエルの宗教のものに。
乗っ取りが完了したエルは、勢力を更に拡大していった。
そうして複数の国において国教となった。
そうなった時、エルは複数の王国を従える皇帝になっていた。
そしてエルは自らを教皇と名乗るようになる。
教皇としてのエルは、国を動かして周辺国を併合していった。
表向きの名目は、民衆の解放と称して。
他国の民を、迷信から解き放つとして。
その実、他の神々を駆逐し、教会の勢力を広めるためである。
その為に貴族と騎士団を費やしていった。
乗っ取ったとはいえ、抵抗する者はいる。
それらを一掃するための戦争でもあった。
貴族には支払いきれないほどの軍事費の負担を。
騎士団には連戦に次ぐ連戦による戦死を。
それぞれに課していった。
長く続く戦争の中で、貴族も騎士団も潰えた。
残ったのは、エルに忠実で従順な者達だけとなった。
そして、大陸において有数の強大国を従えた。
教皇エルは、この時更に尊称・敬称たる『イ』の字を名に付ける事となる。
教皇イ・エルの誕生である。
このイの字。
日本語における『御』のようなものだと言えばわかりやすいだろうか。
御嬢様などに使う御である。
エルはこの時にただの人ではなく、偉大な存在であると示すようになった。
名前を呼ぶだけでもそれが伝わるようにして。




