41回 聖戦士と聖戦団────我が身可愛さに逃げ出し、最悪の状況に自分から飛び込む
撤退を開始した聖戦団。
拠点内にいた者達も戻ってきて合流する。
そして彼らは足早にその場をあとにする。
まだ緊張にとらわれながら。
少しだけ安堵もおぼえて。
「行ったぞ」
去って行く聖戦団。
その姿を見て、ユキヒコは合図を出す。
それに従い、ゴブリン達が動き出す。
拠点の中にいた者達は次の行動の為に配置につく。
森の中に潜んでいた者達も。
伏兵として潜んでいたゴブリン達は、配置についていく。
やってくる聖戦団を撃破するために。
そんなゴブリン達の中に聖戦団を突っ込んでいった。
帰りという事で来も緩んでいたのだろう。
これまで何もなかったから、警戒もほどいていた。
そこを狙うようにゴブリンは襲いかかっていく。
奇襲を受けた聖戦団はたちまち混乱していった。
彼らからすれば、周囲にゴブリンがいきなりあらわれたのだ。
いきなり包囲された形になっている。
完全な奇襲だった。
投石器を使った遠距離攻撃。
それらが容赦なく降り注ぐ。
あわてて盾をかざす者もいるが、それに間に合わないものも多かった。
そもそも盾を持ってない者もいる。
50人のうち、相当な数が投石をまともに食らってしまう。
また、盾をかかげても、それで全てが防げるわけでもない。
体をおおうような大型の盾を持ってる者はいない。
そこまで大きいと移動の邪魔になるし、動きの阻害にもなる。
通常の大きさの盾では、体の一部を隠すのがせいぜいだ。
どうしても覆えない部分が出てくる。
投石が当たる場所も出てきてしまう。
それで致命傷や即死はない。
だが、打撲は避けられない。
ただ痛いだけなら良いが、中には動きの阻害になるものもある。
そうして本来の力を発揮できなくなった者も何人か出てしまった。
それでも聖戦団はゴブリン達を突破しようとした。
むしろ、急いで動こうとした。
その場に留まる方が危険だ。
狙い撃ちにされる。
だが、それも難しい。
敵は前方だけではなく、左右からも来ている。
それもかなりの数である。
出来ないわけではないが、突破はかなり難しい。
それが判断を鈍らせる。
相手はゴブリンだ。
蹴散らせない事はない。
だが、相手の数からして、損害は避けられない。
そこが判断を鈍らせる。
ゴブリン相手に怪我をするのも馬鹿らしい。
そんな考えが誰の頭にも浮かんだ。
烏合の衆でしかないゴブリン。
そんな一般的な評価が邪魔になる。
博打じみた勝負を挑む決心がつかなくなる。
弱兵が相手だから、逆に保身を考える。
よりよい策は無いかと考えてしまう。
そうして考える事で時間を浪費する。
それこそが最悪の展開だと気づかずに。
そうしてる間も投石は続いてるというのに。
むしろ、損害がどんどん増えてしまっている。
「どうします、これ」
木陰に隠れたが側にいるアカリに尋ねる。
この状況をどうやって突破するのか。
それを決めてもらいたかった。
「相手の攻撃が途切れた所を狙って、突破するわよ」
「あいつらの中を?」
「それが一番よ」
アカリからすればそれが本当に一番の解決策だった。
今のところ、敵は前方と左右に展開している。
しかし、後方には存在しない。
単純に考えるならば、そちらに逃げれば良いのではと思える。
しかし、アカリはそれを最初に打ち消した。
(何かある)
ここまであからさまに隙間をあけてるのだ。
罠を仕掛けてる可能性があった。
後方とは、拠点に戻る道である。
そっちに逃げても先はない。
そこから更に奥まで行ったら、町から遠ざかってしまう。
しかも、敵の勢力圏へと向かう事になる。
逃げたつもりで危険地帯に踏み込んでいく事に。
それは絶対に避けねばならなかった。
戻っても良い結果にはならない。
町に戻るためにとんでもない迂回をする事になる。
危険地帯を横切りながら。
「しかし、攻撃がこれだけ激しいと」
「まあな。
しのぎきれるかどうか分からんな」
「そしたら、どうするんですか?」
「嫌な事を聞く」
言いながらもアカリは笑みを浮かべる。
「答えは分かってるだろ?」
「そりゃもう。
付き合いもそれなりに長いですから」
「なら、全員に伝えろ。
正面のゴブリンを突破。
そのまま町まで走ると」
「了解です」
このまま投石を受け続けているわけにもいかない。
逃げるなら決断は早いほうがいい。
既に幾分遅れてしまってるが。
まだ手遅れでは無い、そう信じたかった。
だが、残念ながら少しだけ手遅れであった。
アカリが声をはりあげて指示を出そうとした。
その直前に何人かが走り出す。
彼女の意図する方向とは逆に。
それらは脇目も振らずに拠点の方向へと向かっていった。
それは最初、三人程度だった。
だが、それを見て続く者が出てしまった。
一人、二人と。
それはどんどん増えて十人になろうとした。
「ダメだ、止まれ!
戻れ!」
慌ててアカリが叫ぶ。
それに応じて何人かが止まった。
だが、それらには投げられた石が次々に当たる。
物陰から出たのを狙われたのだろう。
立ち止まったのが逆にいけなかった。
左右から狙われたそれらは、手酷い打撃を受けていく。
走り出した者達はそれを見て更に足を動かしていく。
その場から逃げる事だけを考えて。
それこそ、考えも無しに。
先の事など何も考えず、危険なその場から逃げるだけ。
そんな彼らは拠点に向かう。
そして、目にする。
拠点の扉が開いてるのを。
走り出した者達はそこに飛び込んでいった。
ひとまず隠れる事が出来る場所へと。
そこに何があるのかなど考えもせず。
とりあえずこの状況から逃げ出せればいい、それだけを考えて。
「馬鹿が……」
それを見てアカリは苦い顔をする。
「あんな見え透いた罠に」
「仕方ないですよ」
アツヤがとりなす。
「周りが見えなくなればああなります。
誰だって」
「…………仕方ないか」
分かってはいるがやりきれない。
それでもアカリは割り切る事にした。
逃げ道をわざと与える。
計略の常套手段である。
それに引っかかってしまったら、より最悪の状況に至ってしまう。
アカリはそれを警戒していたのだが。
指示を出すより早く他の者が動いてしまった。
「しくじったな」
アカリは失敗を素直に認めた。
「もっと早く言っておけば」
「まあ、仕方ないですよ」
アツヤはそう言ってアカリを慰める。
「指示があっても、たぶんあいつらはああしてたでしょうよ。
そういう連中です」
それもその通りである。
指示があろうがなかろうが、勝手に動く人間はどうしても出てくる。
その結果が良いか悪いかは別として、そうした人間を止める事は出来ない。
アツヤの言うとおり、飛び出していった者達はそういう性格だったのあ。
それを止める事は出来ない。
「それよりも、残った俺たちがどうするかです」
終わったことはもうどうでもよい。
それよりもこれからをどうするかである。
「決まってる。
言ったとおりだ。
ゴブリンを突破する」
「了解」
承諾したアツヤは、周りにも指示を伝えていく。
「これから敵を突破する。
行くぞ!」
それを聞いた聖戦団の者達は腹をくくっていく。
危険ではあるが、そう言われたならそうするしかない。
今は盾を構え、木陰に隠れて何をしのぐ
そして次の指示を待つ。
ゴブリンの投つける石に耐えながら。




