40回 聖戦士と聖戦団────目的を済まし、即座に撤退
「誰もいない?」
拠点内から戻ってきた者達の話だ。
それを聞き、アカリは怪訝そうな顔をした。
「どういう事だ?」
「それが、本当に誰もいないんです」
「しっかり捜索したわけではないから、見落としもあるとは思いますが」
それでも、中には誰もいないと言う。
偵察してきた者達が嘘を言ってるとも思えない。
「そうか……」
「一応、まだ捜索は続けさせてます。
結果がどうなるか分かりませんが」
報告を伝えるアツヤ。
それを聞くアカリは、しばし考えこんでいく。
拠点には誰もいない…………それが既に異常事態だった。
そこにいた者達はどこに消えた?
拠点に向かった者達もだ。
かなりの数の人間がいたはずなのに、それらが悉く消えているという。
もう、それだけでおかしい。
「どこに消えた……?」
疑問が当然浮かんでくる。
「この近くに避難してるとか?」
アツヤが考えを述べてくる。
妥当な線ではあった。
思いつく限りではもっとも穏便なものだ。
「何かがあって、一時的に退避したと?」
「だと思います。
もっとも、そうだったらいいな、というだけですが」
「つまり、もっと酷い予想もあると?」
「それは、まあ、あまり言いたくはないですが……」
「構わん、言え。
遠慮は無用だ」
「それじゃあ……。
全員全滅です。
何かに襲われて」
考える限り、もっともあり得そうな話だった。
敵が襲ってきて、拠点は壊滅。
だから誰もいない、というのが最もありえそうな予想だった。
「あくまで予想ですが」
そう言葉を添えるアツヤ。
しかし、聞いてるアカリも、
「それが一番ありえるだろうな」
と認める。
でなければ、拠点にいる人間が一斉に姿を消す事などありえない。
ここは敵と接する前線の一部である。
主戦場はもっと押し上げたとはいえ、敵との遭遇もある場所だ。
そんなところで味方が姿を消したとあれば、考えつく理由は一つ。
敵との戦闘で全滅と考えた方が納得が出来る。
「それ以外であってほしいものだな」
そう言うが、アカリはその可能性はないと思っていた。
「ただ、原因が何であるかが分からない」
「そうですね」
「だから、結論はまだ保留にしておこう」
あくまで可能性の一つ。
そういう所に落とし込んでおこうとする。
最悪の事態ではないように、という願望。
そして、実際に有益な情報がないという現状。
それ故の結論である、現段階での。
だからまだ、穏便な結果に終わる可能性を残しておきたかった。
それでも異常事態に陥ってるという事に変わりはない。
「とにかく、これで報告する事が出来たな。
拠点はもぬけの殻。
何があったかは分からないが、充分異常事態だ。
報告して対策を立てないと」
「しかし、動きますかね、上は?」
「分からん」
動かないとはさすがに言えなかった。
「だが、分かった事は伝えないと。
そうでなければ次に続かん」
「そりゃまあ、そうですけど」
「最悪の場合、敵襲の結果という事も考えられる。
出来る事はしておかないとな」
「それには賛成です」
実際にそれが出来るかどうかは別問題となってしまうが。
それでも今できる事はそれしかない。
「急げ。
確実にこの情報は持ち帰らないといけない」
少しばかり焦り気味にアカリが指示を出す。
「敵はまだ近くにいるかもしれない。
迅速に撤退する」
「了解」
アツヤは早速指示を伝えに動き出す。
「我々まで消えるわけにはいかないぞ」
「同感です」
頷きながら走り出す。
そんなアツヤの背中を見て、再び拠点に目を向ける。
「…………何があった」
疑問を口にしながら。
何があったのか分からない。
だからこそ不気味さが際立つ。
特に恐ろしいのは、誰もいないという事。
それはつまり、死体すらも無いということ。
忽然と消えたのだ。
そんな事はありえないと思う。
魔術を使ってなんとかしたのかもしれないが。
それでも痕跡も残さず人が消えたというのは異常だ。
(何より)
アカリの懸念はそこだけではない。
ここには、まだ残ってるのかもしれない。
大勢の人間が行方不明になる原因が。
今もまだ存在し、次の標的は自分達かもしれない。
その可能性にアカリは小さな悪寒をおぼえた。
だからこそ、ここの有様を伝えねばならない。
情報の空白を再び作らない為にも。
今やらねばならないのは、原因の究明ではない。
この状況を伝える事だ。
でなければ、後方にいる指導者達は何も知らないままでいる事になる。
それだけは絶対に避けねばならなかった。
そんな彼等の判断は間違ってはいなかった。
少しでも何かが分かったら即座に撤収する。
そして、情報を持ち帰る。
何より、自分達が確実に生きて帰る為に。
ここからすぐに動き出さねばならない。
それは彼等もしっかりと理解していた。
ただ、相手が悪かった。
彼等は程なくその場を立ち去っていく。
滞在時間は短く、得られた情報はそう多くはない。
それでも必要な情報はしっかりと手に入れた。
これ以上この場に留まる理由は無い。
そう判断し、速やかに動いたのは賞賛するべきだろう。
判断としては悪くはない。
的確と言える。
しかし、そんな彼等を待ち構えてる者達がいた。
森の中、そこを突っ切っていこうとする彼等は、否応なしにその事を知る羽目になる。




