396回 なにもない、何も無いということ
それは、有ると表現するのが既におかしなものだった。
なぜならば、何も存在しないという状態そのものなのだから。
そういう意味では宇宙とは対極にあるものだった。
虚無────そう呼ばれるものは。
それは宇宙の外側にある場所だった。
時空間と表現してよいのかも分からない。
確かに有るのだが、実態をつかめないもの。
そして、他の宇宙と分け隔ててるもの。
それが虚無だった。
最後に残ったのはこれだった。
そうなるほどに色々とやりつくした。
ユキヒコの想像できる範囲で、宇宙のなかで行えることは。
あとは、その外側にあるものを試すしかない。
となればそれは虚無しかなかった。
なのだが、これが本当に難しい。
いったい何なのかが分からない。
覚醒階梯第8段階まで進んだユキヒコの能力をもってしてもだ。
それほど理解に苦しむものだった。
「あの世…………ってのとも違うし」
それもまたややこしい部分だった。
虚無とは、いわゆる死後の世界というものではない。
それは宇宙の中で流転する気の流れの中にあるものだ。
実体をもつものとはまた別の世界。
そういう形で宇宙の中に存在している。
なので、虚無とは全く関係がない。
正反対の性質なのだから。
また、虚無とはそう呼ぶしかないほどの無である。
存在しない、存在が消える。
そういったものが虚無だ。
全く何も無いところ。
空間や時間も、物質も存在しないなにか。
そんな所である。
そんなものだから、あまり意識してなかった
しなかったというより、何かがあるとは思わなかった。
何も無いから虚無なのだ。
何かがあるわけがない。
それは間違ってないはずである。
しかし。
「事ここに至るとな……」
もうそれしか残ってなかった。
なのだが、どうやってそれを調べればいいのか?
それが問題だった。
何せ、存在してないのだ。
調べようがない。
検出できないのだから調べようがない。
見ることも触れることも出来ない。
それをどうやって確かめればよいのか?
見当もつかなかった。
ただ、気になる事もある。
ならば何故ユキヒコとユカはそこを超えたのか?
どうして別世界に、別の宇宙にあらわれたのか?
触れる事も、存在を感じることも出来ないはずなのだ。
だったら、そこを超えるという事が起こるのもおかしい。
超えるという事は、そこに何かあってはじめて出来ることなのだから。
「あるんだろうな、何かが」
あるから超えられた。
その先に何かがあるから渡ることが出来た。
きっとそこには何かがある。
幸い、そこに行く方法も分かってる。
世界から世界へ、宇宙から宇宙へと渡ったのだ。
それも二度も。
そのうち一回は意図的に渡った。
ならば、意図的に虚無の中にいく事も出来る。
「上手くいけばいいけど」
心配はある。
何もない、無の空間だ。
自分をどれだけ保っていられるか分からない。
世界を渡るときも、相当な無理をした。
そのまま虚無の中にいたら消滅していただろう。
文字通り、無になってしまう。
そんな危険を考えねばならない場所だった
ただ、もうそれしか残ってない。
これ以上引き伸ばすわけにもいかない。
それに意味があるならともかく、おそらくそんなものはない。
やれる事は全てやったのだ。
「やるしかないか……」
気は進まないが行くしかなかった。
幸い、行く事はできる。
「あとは、上手く戻ってくるだけだな」
それが出来なくて消滅なんて事だけは避けたかった。
時間と空間から切り離された場所。
数々の実験を行ったその場から飛び立ったのは、それからしばらく。
時間の流れがないから、それはもしかしたら永遠と言えるほど長い時を費やしたあとかもしれない。
はたまた、思い立ったその瞬間に向かったのかもしれない。
それを検出する術はない。
分かっていることは一つ。
そこにもうユキヒコがいないという事だけだ。




