389回 もっとも近い懐かしい記憶、それをたぐってやってきて、そこで目にする
(ここは……)
中立・調和・均衡を名乗る者から逃亡してやってきた世界。
そこは、ユキヒコもよく知る場所だった。
前世の世界、その時生きていた国、日本。
それだけではない、そこはユキヒコが幼少期を過ごした場所だった。
しかも、
(これって……)
いつ頃なのかを計測して驚く。
ユキヒコがやってきた時期。
それは、まだユキヒコがこの世界で生きていた頃だった。
「なんで……」
なつかしい町。
空から見下ろしながら困惑してしまう。
特に何も考えずに飛び込んできた。
だから場所や時期など何も考えてなかった。
なので、同じ宇宙の中でも、地球から遙かにかけ離れた場所に。
過去にしろ未来にしろ、全く関係のない時期に出る事もありえたはずだ。
それなのに、自分の縁のある時期にやってきてしまった。
狙ったかのように。
だが、落ち着いて考えれば、それが当然なのかもしれなかった。
遠く離れた異世界からやってきたのだ。
自分にとって馴染みのある所にやってくるものなのかもしれないと。
本当に縁もゆかりもない地点や時点よりも、まだ自分の痕跡がある場所の方がたどりやすかったのかもしれない。
おそらくそれは、自分が最後に過ごした時期と場所だったのだろうと思えた。
実際、色々探ってみると、それが正解のように思えた。
本当に見知らぬ場所に転移するというのは難しい。
ある程度目標がはっきりしていた方がやりやすい。
宇宙から宇宙にかけて渡る転移もそれは同じなのだろう。
まず、転移先を確認してからの方がやりやすい。
今回の場合、とっさに思い出したのが過去に自分がいた世界だった。
おそらくはそれだけの事なのだろう。
そして、時間については、もっともはっきりと残ってる記憶。
印象的だった何かがあった時を思い浮かべた事によるものだと考えられた。
だからこそ、ユキヒコはため息を吐かずにはいられなかった。
「よりにもよって……」
やってきた場所、出現した時代。
それは、忘れもしない思い出。
「あいつと会った時だよなあ」
記憶に残る、この時期における最古の出来事。
ユカを初めて見た日だった。
この時、ユキヒコとユカの家は近所だった。
既に生まれてるユキヒコと、これから生まれるユカの家が近くだったはず。
そんなわけで出会い自体ははっきりとおぼえてるわけではない。
なにせ、一番古い記憶の中では、二人はとっくに仲良く遊んでいたのだから。
だから出会いがいつなのかは分からない。
それくらい二人は子供の頃から、正確には赤子の頃から顔なじみだった。
そんな中で、ユキヒコがもっともよく彼女を記憶してるのがこの日。
もっとも印象的に彼女の事をおぼえた時になる。
(確か、あの日は)
自分の記憶をたぐっていく。
忘れる事無く霊魂に蓄えられてる思い出。
その時の事を思い出す。
(そうだ、初めて……)
一緒に遊んでる子の中で、髪が長いなと思ったのだ。
それで、何故かいきなり相手を女の子だと意識した。
だからといって何かが急激に変わるというわけではない。
しかし、明確に何かが変わったのは、間違いなくこの時からだった。
それからユカの事を何かと目で追うようになった。
(まさか、この日かよ)
何度目かの盛大なため息を吐く。
そんな日にわざわざ転移してくるとは思わなかった。
そんな日を無意識に指定してしまうほど印象が強かったのかと思ってしまう。
(俺って奴は……)
根に持つタイプなのは分かっていた。
でなければ、ユカの事を気にかけて国を裏切るような事もしなかっただろう。
それらを殲滅しようとなど決して思わなかっただろう。
どこかで勝手に自殺でもして、絶望から逃げていただろう。
何の解決もすることなく。
少しでも何とかしようと義勇兵になりもしなかっただろう。
そして、全てが無駄に終わったと思った瞬間に、敵に寝返って大事なものを奪った連中に復讐しようなどと思わなかっただろう。
そんな事をしようとする時点で、相当執念深いのだろうとは自覚していた。
だとしても、それが悪いとはこれっぽっちも思いもしないが。
そんな性分だからこの日を思い浮かべたのだろう。
比較的鮮明におぼえている、出会いの日のことを。
(この時期なら)
自分の記憶という記録をさかのぼる。
(確か、公園に集まってきて)
その時、やってきたユカを見て目を引かれたのだ。
見下ろすまでもなく、意識をその場所に向ける。
遠視、念視、千里眼。
その場に視点をうつし、状況を見ていく。
そこには確かに過去の自分がいた。
この当時、一緒に遊んだ他の子供達も。
(懐かしいな……)
特に何か印象的な事があったわけではない。
でも、そう思えてしまうのは、やはり時が経ってるからだろう。
そして、その時を待つ。
(あと、五分もないか)
その時が来るのを、少し心を痛めながら、でも懐かしむように見守る。
まだこの時は、やがてくる出来事など知らずに、幸せでいられたのだから。
今はともかく、この時の平和で明るく楽しい頃の事は和みながら見つめていたかった。
そして、その時が来る。
遅れて公園にやってきた近所の子供達。
何人か一緒になってやってきた者達。
それらを見てユキヒコは愕然とする。
(あれ?)
そこにユカはいなかった。




