380回 その魂も存在も食い散らかした、だから分かった彼女の想い
不安があった。
ユキヒコは確かにユカを想っていた。
だが、ユカはどうだったのだろうと。
簡単に分かれることができる程度の関係だったのか。
それとも、もう少し深い想いがあったのか。
それを知る機会は、結局最後の最後になってからになってしまった。
吸収したユカの霊魂には、確かにユキヒコへの想いがあった。
今生において浮かび上がってくる事のなかったかつての記憶が。
それには確かにユキヒコへの想いがあった。
転生を繰り返し、それでも共に生きてきた日々で培ってきたものが。
初めての出会い。
それこそ生まれた時から一緒で気づけば側に居た時。
他の者達の中でもユキヒコが何故か気になっていたこと。
少し年齢が上がり。
ユキヒコを友達よりも大事な存在と意識し始めた頃のこと。
もう少し年齢があがり。
お互いにそれなりの年頃になった頃。
ユキヒコに告白された時。
驚いたり戸惑ったりはしたけども、嬉しくて頷いたこと。
そんなユキヒコと結婚の日。
他人ではなく、二人で共に歩いて行くことになり。
幸せだった。
ユキヒコが一緒にいるという事が。
子供を身ごもった時。
自分のおなかに命がいるという事に驚きと喜びをおぼえた。
それを伝えた時の、ユキヒコの慌てつつも嬉しそうな顔も。
出産は大変だったが、生まれてきた子の顔をみてつらさも忘れた。
我が子の顔を見るユキヒコの笑顔もそれをつらさを押し流していった。
子供の世話に手を焼いた日々。
それでも何くれとなく気を遣ってくれるユキヒコが心の支えだった。
そして、成長した子供を見て、これまでの日々を振り返る。
大変だったけど、そんな事は不思議と忘れていた。
何をしていたのかおぼえてないけど、でも不思議と幸せだと思えた。
成長した子供が家から巣立っていった。
また家にはユキヒコと二人だけになった。
家が広いと思った。
でも、久しぶりに二人きりになれた。
寂しさもあったが、こうしてまた二人になれたのが嬉しく楽しいものだった。
人生最後の時。
どちらが先に行くかはその時によった。
だが、そこには長く一緒だった相手がいた。
寂しそうに自分を見つめる相手。
そんな相手に、
「楽しかった」
「幸せだった」
そう伝える。
それが人生最後のつとめ。
そのつとめを果たすと、相手は悲しくも嬉しそうな顔をした。
それを見て、意識が遠ざかっていった。
…………ユカの歩んだ数々の人生は、そんな想いにあふれていた。
そんなユカが、この世界に転生してきてからの記憶も流れてきた。
前世の記憶はなかったが、ユキヒコの事がやっぱり気になっていた。
なんだかんだで一緒にいて、一緒に過ごしていた。
それだけでなんとなく穏やかな気持ちになれた。
このままずっとこんな風にやっていけると思っていた。
しかし、それも聖女に認定された事で崩れていく。
そんなものになるつもりも無いのに、周りがユキヒコから引き剥がしていった。
実質的な監禁状態にされ、教会の者達につれていかれる事になった。
それからは聖女としての修行の日々になった。
修行そのものは別に苦しくはなかった。
今までと違った生活にはなったが、それもたいして問題ではなかった。
村にいた時とは違った生活習慣や規則はあったが、極端に束縛するようなものでもない。
無駄に苦痛を強いられる事もなかった。
ただ、ユキヒコがいない。
それがたまらなく辛かった。
何より、いずれ勇者と共に行動する事になる。
それが嫌だった。
それがどういう意味なのかが分からないわけではない。
それだけはどうやっても避けたかった。
そんな想いも時間と共に変わっていく。
規則正しい生活。
それは、規律をおぼえると共に、人を知らず知らず鋳型にはめていく。
持っている自我を縛りあげ、ねじ曲げていく。
その結果、本来の思いとは別に、続けた習慣などに人を従わせていく。
また、繰り返される聖女教育も心をおかしていく。
例え心が変わらなくても、理性がそれをねじ曲げる。
本来「したい」と思ってる事も、理性が「それはいけない」と押しとどめてしまう。
そうなるように仕向けるのが聖女教育というものである。
単調かもしれないが、祈りや礼拝、繰り返される聖女としての在り方の教え。
それらが心は別に、常識という行動規範を作り上げていく。
次第にユカもそれに従っていくようになっていた。
ユキヒコの事は忘れられない。
しかし、こうなってしまったら、こういう生き方をしていくしかないのではと。
心では否定しても、常識がそれをたしなめる。
そんな時に勇者と引き合わされた。
正直、会いたくなかった。
出来ればそのまま逃げ出したかった。
しかし、そんな隙はなかった。
小娘が逃亡できるほど監視は甘くない。
そういう部分は、教会の恐ろしさを感じる部分であった。
ユカ自身も教えられた事や常識に縛られて行動に出る事が出来なかったというのもある。
それがこの日を招いてしまった。
出会った勇者は、存外物腰が柔らかかった。
人当たりもよく、悪人には見えなかった。
少なくとも、横暴な面を見る事はなかった。
そういう者だから勇者に選ばれたのかもしれない。
少なくとも、旅の仲間としては悪い人間ではなかった。
ほぼ同時期に一緒になった他の聖女も同じだった。
人当たりのよい者達ばかりであった。
多少の衝突や摩擦はあっても、後に引かないくらいの間柄にはなれた。
そんな者達と共に任務を言い渡されるようになった。
最初は普通に魔族との戦闘をこなしていった。
与えられる奇跡も少なく、まずは小さな戦闘からこなしていく事になる。
そうして少しずつ仲間意識を作ったり連携をとれるようにしていった。
そうした事を繰り返すうちに、他の聖女の一人が勇者と仲良くなっていった。
その二人が懇ろになるまでさして時間はかからなかった。
一人がそうなると、他の者も続いていった。
聖女とはそういう者なのだから、それを責めるわけにもいかない。
むしろ、そうなる方が当たり前である。
その分、ユカは居心地が悪くなっていった。
他の者達が恋人気分────というか本当に恋人同士になってるのだ。
その中にいるのは、少しだけ疎外感を感じた。
そういう雰囲気が強くなっていったせいだろうか。
だんだんと周りの空気に影響されるようになっていく。
このままでいいのか、これでいいのかと。
与えられた常識や聖女としての教えがそうしろと言ってくる。
だが、ユキヒコの事があったので、どうしても踏ん切りがつかなかった。
しかし、ある日。
とある戦闘でそれが崩れる。
その時の戦闘は、いつもより厳しいものだった。
加護や奇跡は強いものを授かるようになっていたが、相対する敵はそれをもってしても撃破が難しかった。
その中で、ユカも敵の攻撃にさらされた。
もうダメだと思ってしまった。
しかし、すんでのところで勇者に助けられた。
それがきっかけになった。
それからは少しずつ勇者との距離が縮まっていった。
相手の良いところが目につくようになった。
勇者が変わったというより、ユカの気持ちが変わったのが大きいだろう。
そして、なし崩し的に一線を越える事になる。
ユキヒコの事を忘れたわけではない。
そういう者がいる事を勇者にも伝えている。
しかし、それでいいよ、と言われてほだされた。
そういうのがいたってのも含めて、ユカが大事だと。
そう言われて、ならばと思った。
この瞬間に、ユキヒコの事は過去の人になった。
言うなれば、別れた恋人のような存在である。
ユカにとって、ユキヒコはそういう者であった。
もともと、聖女に選ばれたら過去の人間関係は無視される。
それこそ、かつてそうだったという過去として扱われる。
ある意味、出家というのと同じであろうか。
より性質が悪いものであるが。
しかし、施された聖女教育により、ユカはそれを言い訳にする事にした。
同じような境遇の他の聖女も後押しになった。
誰もが大切な人がいた。
恋人だったり、婚約者だったり、夫だったり。
でも、仕方ないと割り切っていた。
そういうものなのだと思った。
そして、あらためて聖女として勇者と共に行動を共にする。
幾多の戦線を共に駆け巡り、関係は更に深まっていった。
戦闘を乗り越える仲間としても、男女としても。
そんな時にユキヒコと再会した。
さすがに少し心が痛みはした。
しかし、思ったほど苦痛でもなかった。
その時、自分にとってユキヒコがもう過去になったのだとはっきり分かった。
それでも尾を引く気持ちはあった。
だが、今は隣に大事な人がいる。
それでいいと思った。
そのユキヒコが、目の前にあらわれた。
想像も出来ないような強大な力をもって。
それは、漂ってくる気配からでも分かった。
その力で攻撃を仕掛けてきた。
なぜなのか?
どうしてなのか?
さっぱり分からなかった。
だが、言葉の端々から強い憎しみがあふれてくるのが分かる。
どうしてそんな事になってるのか全く理解が出来なかった。
それでも攻撃を仕掛けてきたから対抗した。
しかし、抵抗できるような存在では無かった。
圧倒的な力により、為す術もなく蹂躙されていく。
そんな力をどうやって手にいれたのか。
そして、それを何故自分たちに使うのか?
理由が分からない。
いや、それは嘘だ。
本当は分かっている。
ユキヒコもはっきり言っている。
自分が理由なのだと。
自分が聖女として勇者と関係をもったから。
ユキヒコの言葉からもそれが窺える。
でも、
「こんなのってないよ」
その言葉に、
「お前が言うか?」
返された言葉が胸を刺す。
そう、何も言い返せない。
言い返せないままに、好き放題にされていった。
「他人の女房や女をつれていって、間男と一緒にさせるのがイエルだろうが」
声が耳をうつ。
心に突き刺さる。
言われてみればその通りだ。
それを教えだ、教義だ、世のためだと言って強いてくる。
どう考えてもおかしな事なのに。
でも、そうやって世の中が成り立ってるのだからと納得していた。
しなくてはならなかった。
だが、もうどうでも良かった。
ユキヒコに負けてしまった。
それからどうなるかは、先ほど実例を見た。
他の聖女達に宿っていた子供達。
それを腹から取り出し、エナジードレインをかけていた。
それが答えだろう。
自分たちもおそらくそうなるのではないだろうか。
その予想は当たった。
ユカは自分に向かって使われるエナジードレインを感じた。
それで自分は死ぬ。
死ぬよりも更に悲惨な消滅という事態に陥っていく。
その恐怖が口からほとばしる。
「いやああああああああああ!」
消えたくない。
消滅したくない。
これからを失いたくない。
そんな思いがこみあげてきた。
しかし、この状況から逃れる事が出来るわけもなく。
ユカの意識はそこで途絶えた。
…………ユカの記憶や想いはそこで終わる。
それをどう受け止めるべきか、ユキヒコも考えあぐねている。
気持ちが落ち着かない。
答えが見つからない。
何をどうすれば正解だったのか。
どうしていれば、よりよい結果になったのか。
許すつもりなど毛頭ない。
しかし、どんな処罰がもっとも適していたのか。
今もまだ考えがまとまらない。
だが、もうやってしまった事だ。
全てを思い出させ、それで色々と考えさせるべきだったかもとは思う。
だが、覚醒の可能性を考えると、それは危険すぎた。
ユキヒコもそうであるように、ユカも覚醒の可能性をもっている。
そのきっかけを与えるわけにはいかなかった。
しかし、何も思い出さねば、反省も何もないだろう。
反省せずに開き直る可能性もあるが、それでも知らないでいたら考える事も出来ない。
その情報を与えなかったのは、やはり痛恨事ではある。
それもやむなしと判断したのもユキヒコ自身であるが。
「ままならねえもんだ……」
上手くやりたい、上手く片付けたい。
そう思っても、全部が思うようにいくわけではない。
これだけ巨大な力をもっていても。
その中で最善と思う事を選ぶしか無いのだろうが。
今回の場合、これが良かったのかどうか。
判断がつかずにいる。
それでも、不安要因を増やすわけにはいかない。
まだやり残しはあるのだ。
それを片付けるまで、躓くような要素は全部排除せねばならない。
「……決着、つけさせてもらうぞ」
今はここにいないイエルに向けて告げる。
それが成就できるかどうかはまだ分からない。
だが、必ず成し遂げると心に決めて。
それでも。
ユカの事はどうしても晴れない心の曇りとして残ってしまう。
出来ればもっと残虐に。
少しでも悲惨な目にあわせたかった。
それすらも叶える事が出来なかったのが悔やまれる。
その悔いは決して晴れる事無く、これからも持ち続けるのだろう。
嫌な話であるが、確かな予感としてそんな事を思ってしまう。
「この落とし前、きっちりつけてもらうからな」
その原因をイエルに求め、ユキヒコは先へと進む。
例え八つ当たりだとしても、それを引っ込めるつもりはない。
そんな思いを胸に、ひたすらに過去へと向かっていく。
イエルが神と呼ばれる前の時代まで。
これで本日は終わり。
過去のいきさつについても、これで一旦終わり。
納得がいこうがいくまいが、こんな結末になった。
もっとどうにかしたかったけど。
明日以降の投稿はなんともいえない。
書き溜めがこれで全部無くなってるので。
379回と380回は書きながらの投稿だったのし。
なるべく早く投稿できるようにしたい。
とりあえず、一日一回くらいになると思うけど。
説明が足りない部分の書き足しもしていきたいが。
それ以前にもうちょっと読みやすく書き直したい。
感想欄は、あとしばらくしたら閉じる。
最後に、応援の感想と誤字脱字報告に感謝を。




