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375回 過去、かつてあった日々 2

 それはとてつもなく大きく長い軌跡だった。

 ユキヒコとユカ。

 そう呼ばれる二人が繰り返してきた、人生の道のり。

 転生を繰り返しても共に一緒にいた者達の紡いできた物語。

「あとで感想聞かせてくれ、間男ども」

 心底まで冷え込むような声と共に、ロードショーが始まった。



 それは、ユキヒコとユカのこれまでの人生だった。

 この世界に生まれてきてからのではなく。

 この世界に生まれる前の。

 転生という繰り返しの中で、ユキヒコとユカが過ごしてきた日々の事だった。



 それがいつから始まったのかは定かでは無い。

 もう遠い過去になったとある時から、ユキヒコはユカと共に過ごしてきた。

 仲睦まじいと言えるのかは分からない。

 だが、何度も繰り返す転生の中で、ユキヒコは常にユカと一緒だった。



 それに特に不満は無かった。

 一緒にいて落ち着けるし、側に居るのが当たり前だった。

 それをことさら変えようとも思わなかった。

 必要不可欠なのかと問われれば、どうなのだろうと悩むだろう。

 だが、離れたいのかと聞かれれば、首を横に振るだろう。

 たまたま偶然一緒になったのかもしれないが、それでも共にいてくれるのがありがたい存在にはなっていた。



 転生しても特にこれといって特徴のある人生というわけではなかった。

 たいていは一般人として生まれていた。

 貴族や王族、あるいは専門職のような所に生まれる事はほとんどなかった。

 ごく普通の人生を、ごく普通に過ごしていた。

 時に戦争に巻き込まれたり、治安の悪い時代に生まれる事はあった。

 だが、そんな状況でも二人でどうにか過ごしていた。



 生まれる場所や出会い方は様々だった。

 しかし、不思議と必ず出会い、手を取り合って生きていった。

 結婚する事もしない事もあった。

 そこまで生きられずに死ぬ事もあった。

 長い人生を歩み天寿を全うする事もあった。

 子供が生まれ、孫の顔も見た事もあった。

 そうでない時もあった。

 だが、どんな時もユキヒコとユカは一緒だった。



「幸せだった」

 そう告げたのは、どの人生での死ぬ瞬間だったか。

 長年一緒にいてくれた相手にかける言葉としては素っ気ない。

 もっと色々と伝えたかった。

 だが、それが出来るほどの体力もない。

 今まさに永遠の眠りに落ちようという瞬間である。

 残されたわずかな時間で口に出来るのはそれだけだった。

 そんなユキヒコに、

「私も」

と穏やかな声が返ってくる。

 その声の主に目を向ける。

 最後の最後、奇跡的にしっかりと目にする事が出来た伴侶。

 その顔はとても穏やかで、そして悲しげなものだった。



「おはよう」

 そう言って語りかけてくれたのは、夫婦であった時だった。

 寄り添って何十年だろうか。

 さすがに新婚の頃のような情熱はない。

 だが、共に歩んできた日々が二人の間に繋がりをつくっていた。

 熱烈さを必要としない程に。

 そんな連れ添いからの言葉には、穏やかな温かさがあった。

「ああ、おはよう」

 いつものように返事をする。

 何十年も繰り返してきた挨拶。

 だが、不思議とそんなやりとりだけで穏やかな気持ちになれた。



「広くなったなあ」

 子供達が独り立ちして、家の中は家内と二人。

 そうなってみると、家がとてつもなく広くなった。

 まだ子供達の荷物などは残ってるが、本人はいない。

 そうなると余裕が出てくる。

 しかし、その広さを持て余しもする。

 狭い狭いと思っていたのだが。

 そんな彼に家内は笑顔を浮かべて、

「また二人ね」

 何十年かぶりの二人きり。

 そう思うと、少々照れてしまう。

 そうだな、と返事をする。

 確かに何十年かぶりの二人きりだ。

 そう思うと、これはこれでいいのかもと思えた。



「大きくなったなあ」

 少年期に入ってきた子供達を見て、ふと呟く。

 ついこの間まで赤ん坊だったのに…………とまではさすがに思わなかったが。

 それでも、気がつけば結構な年齢になってるとは思った。

 生まれてきたから今までがあっという間だったとも。

 そんな事はないのだが、振り返ると時間というのは瞬時に過ぎ去ったもののように思えるものだ。

 共にその渦中に会った者も、

「そうね……」

と息を吐く。

 同じように子供と接し、いや、母としてより多くの時間を子供達と一緒に居た。

 そんな彼女の感慨はいかがなものであろうか。

 それを知る術は無い。

 だが、その重責を担ってきただけにより多くの思いがあるだろう。

 顔には様々な表情が浮かぶ。

 眉を寄せたり、それでも微笑んだり。

 でも、最後には結局笑顔になる。

 そうなったのは何故なのか、少し聞いてみようと思った。

 彼女が見てきた、彼女だけしか知らない部分の事を。



「…………!」

 はっと顔をあげる。

 家から漏れてきた声を聞いて。

 泣き声、それも元気な。

 それで自分の子供が生まれたのが分かる。

 少ししてお産をしていた部屋から出てきた産婆が、

「元気な男の子よ」

と教えてくれた。

 思わず雄叫びを上げてしまう。

 それを周りの者達が笑って見ている。

 そんな中で親になった喜びを感じていく。

 今すぐにでもその顔を見に行きたかった。

 母になった女房にも。

 だが、それもすぐにはかなわない。

 それがかなうのは、一週間ほどが経過してから。

 ようやくまみえる事が出来た我が子は、寝そべる母の腕の中ですやすやと眠りについていた。

 そんな我が子を見つめる優しげな顔を見せる女房を見て思う。

 こいつと一緒になれて本当に良かったと。

 そして、そんな旦那に気づいた女房は、顔を向けるとにこりと笑みを浮かべる。

「ほら、こっち来て」

 招く女房は我が子を示して伝える。

 あなたの子よ、と。



「はあ……」

 ため息を吐く。

 気分が悪いわけではない。

 むしろ、今日は最善最良の日だ。

 だからこそと言うべきだろう。

 それが気分を重くしていく。

 本日、結婚をする。

 その事に問題があるわけでも悔いがあるわけでもない。

 ただ、これからの事を考えると色々と考えてしまう。

 果てして上手くやっていけるのか?

 女房を抱えていけるのか?

 そんな事ばかり頭に浮かぶ。

 それだけ結婚を真っ正面から受け止めてるという事でもある。

 だが、ぼやいていても悩んでいてもしょうがない。

 結婚を切り出したのは自分なのだからと切り替えていく。

 今更悩んでどうするのかと。

 そんな時に呼び出しがかかる。

 ついに花嫁の到着だと。

 それを聞いた途端に、今までの憂鬱さが消えた。

 急いで外に出て花嫁のところへと向かう。

 そこには、着飾った想い人がいた。

 それを見て言葉を失う。

 それでもどうにか、綺麗だ、と口にした。

 相手は恥ずかしそうに、嬉しそうに笑う。

「これからもよろしくね」

 その言葉に力強く頷いた。



「なあ!!」

 思わず声が大きくなった。

 いつものように呼びかけるだけのつもりだったのだが。

 今回は思い切り失敗してしまった。

 どうにも上手くいかない。

 それというのも、目の前の女の子。

 彼女にこれからある申し出をするつもりだったからだ。

 子供の頃から一緒だった、顔なじみ。

 そこにいるのが当たり前だった女の子。

 そんな相手にこの時、とある言葉を放つ予定だった。

 その為なのか、声がうわずった。

 普通通りにやろうとして上手くいかず、思わず力んでしまった。

 だが、相手の呼びかけるという目的は達成した。

 不審そうな顔をしてるが。

 それでもそこから更に一歩。

 相手に要件を切り出す。

 好きだ、付き合ってくれと。

 相手は驚いたようだが、その申し出に、

「うん」

と頷いてくれた。

 それまで見てきた中でも最高の笑顔だった。

 空前である。

 ただし、絶後ではない。

 その後、これを上回る笑顔を何度も見る事になる。

 それをこの時の彼はまだ知らない。



「おーい」

 呼びかける。

 いつものように。

 既に集まっていた同じ年頃の子供達。

 それらと一緒に今日も遊ぶ。

 ごく当たり前の、特にこれといって目立った事も無い日々の一幕。

 顔ぶれもいつもと同じ。

 遊びもいつもと同じ。

 それでも集まればなんとなく楽しい。

 だから一緒にいる。

 ただ、そんないつも集まってる者達の中で、一人気になる者がいる。

 なぜか知らないが、そこに目が行ってしまう。

 何故なのかは分からない。

 でも、不思議といつまでも見ていたいと思ってしまう。

「どうしたの?」

 見られてるのが分かったのか、相手はそう聞いてくる。

 不思議そうな顔をしながら。

 そんな顔が、どういうわけかかわいいと思ってしまった。

 理由は分からない。

 ただ、頭に血が上り、顔が熱くなっていく。

 なんでもない、と言って遊びに戻っていく。

 だが、なんでもないなどという事はなく。

 それからずっと意識してしまう。

 ここ最近はこんな調子だった。

 なんでなのか?

 その答えが出てくるのに、まだまだ時間がかかっていく。



 様々な時代、様々な場所で、そんな事を繰り返していた。

 何の変哲も無いような事を。

 転生を繰り返す中で何度も。

 いつも一緒にやってきた。

 豊かな時も貧しい時もあったが、それでも側にユカがいれば安心出来た。

 そんな自覚もない程、共に居るのが当たり前だった。

 当たり前すぎて、これが普通なのだと思っていた。

 これからもそうなるだろうと思っていた。



 それが突然変わった。

 どういうわけか元いた世界から別の世界、別の宇宙へと転生してしまう。

 元いた世界からすれば異世界にあたるこの宇宙。

 この世界に生まれてきた。

 それでも二人は一緒になった。

 そのまま行けば、今まで通りに二人一緒でいられただろう。



 だが、魔女イエルの神託が下る。

 ユカは聖女として連れ去られていった。

 初めての事だった、離ればなれになるのは。

 焦った。

 これ以上ないほどユキヒコは焦った。

 酷く落ち着かない、気持ちがまとまらない日が続いた。



 そうして離れて分かった。

 どれほどユカを必要としていたのかを。

 驚くべき事に、それまでユキヒコはユカの存在をそこまで大事に思ってなかった。

 一緒にいた弊害と言ってしまえば良いのだろうか。

 離ればなれになった事がないから、それがどれほど苦痛なのか分からなかった。

 なってみて初めて分かった。

 そんな瞬間が来る事など想像もしてなかった。

 出来るなら、そんな事になってほしくなかった。

 それも離ればなれになってようやく分かった事だった。



 そして、手遅れになる。

 努力もむなしく、ユカは勇者と懇ろになっていた。

 その時の絶望感は酷く大きかった。

 前世の記憶の無かったユキヒコには、その理由が分からないほどに。

 だが、思い出してなくても魂がおぼえていたのだろう。

 だからこそ喪失感は大きかった。



 記憶を取り戻してからは、それ以上に大きくなった。

 この世界にやってきて、幸いな事に能力が飛躍的に増大していった。

 覚醒階梯を上げ、それによって様々な事が出来るようになった。

 それは、時間を越えて過去の出来事すら見る事が可能になるほどだった。

 そこでユキヒコは知る事になる。

 自分とユカがどういった人生を歩んできたのかを。

 それを知った時、思い出した時、ユキヒコは大きくため息を吐くしかなかった。

 涙も流れないほど絶大な喪失感をおぼえながら。


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