371回 再会のち、蹂躙 9
「他人の女房や女をつれていって、間男と一緒にさせるのがイエルだろうが。
そんな奴の下僕が、他の誰かとやってるのを見て文句言うな」
それが勇者への糾弾だった。
「あと、お前らも文句言ってんじゃねえ、誰だって良いんだからよ」
こちらは聖女達へのものである。
実際、ユキヒコの言うとおりだった。
由比ソウスケは、自分の女房────結婚相手を奪われた。
それが物語るように、イエル側の社会において、結婚とは有名無実である。
本来結婚とは、特定の相手と添い遂げる事を指すはずなのに。
それが覆されてる、それどころかイエルの名においてそれが崩されている。
ならば、結婚は制度として成り立っていない。
いや、制度以前の問題である。
誰かが定めた、誰かがそう決めた、誰かによって作られた制度以前に。
特定の相手と添い遂げるという行為はあったはずである。
それは習慣、慣習、慣例、通例、伝統という形で存在していたはずだ。
例え法律などで制定されてなくても、守らねばならない物事はある。
そして、こういったものが実質的に社会を作ってる。
人は法律を知らなくても、常識として知られてる習わしはなんとなく身につけていくものだからだ。
それをイエルは崩壊させている。
ならばイエルに従ってるものが、崩壊させられた結婚と、それに準じるような形態を遵守する方がおかしい。
特に聖女とされた者は、相手が誰であろうと股を開くのが当然であろう。
それを強要する社会の圧力もある。
そんな社会、そして神の意志に従うならば、ユキヒコを糾弾する事など出来るわけがない。
しかし勇者は、
「ふざけるな!」
怒鳴り声(にしたい思い)をぶつけていく。
「なんで、こんな……それは俺の……!」
「『俺の』なんだ?」
ユキヒコが勇者の心の声を遮る。
「何が『俺の』なんだ?
そんなもんないぞ。
どんな男にも股を開くのが聖女だ。
他人から奪うのも認められている女だ。
それを好きにして何が悪い?」
「…………!」
勇者は何も言い返せない。
心の声もあげられない。
それが出来ないようにユキヒコに操作されている。
「むしろ、お前ら勇者に独占されてる方がおかしい。
何やってんだ?
お前らが崇めてる魔女イエルの教えに背いてるぞ」
ユキヒコの糾弾に勇者は何も言えない。
口を塞がれてるという事とは別に、適切な反論を用意できない。
そこまで頭が回らない。
しかし、それでも目の前で繰り広げられてる凶行に異論がないわけではない。
結果として、理に沿わない感情だけがほとばしる。
(返せ、それは俺のだ!)
(俺の、俺のものだ!
俺の女だ!)
本音が出てくる。
実際、それが一番正直な気持ちだろう。
勇者という仕事の仲間だから、というのは結局は建前である。
本音は、目の前にいる女をものにしたいという欲求がある。
だからこそ、ユキヒコの言ってることを受け入れられない。
それがイエルのもたらしてる事だと分かっていたとしてもだ。
更に突き詰めれば、イエルの教えすらどうでもいい。
求めてるのは、自分の欲求を満たす事である。
勇者の場合、目の前にいい女がいた。
だからそれをものにしたかった。
それだけである。
同様に聖女にも同じ事がいえる。
彼女らは、目の前にいい男がいた。
強さも、社会的な地位もある。
暮らしに困る事は無い。
名声も得られる立場にいられる。
だから勇者を選んだ。
それはそれで欲望や欲求というものであろう。
しかも、強大な力を持つイエルという存在がそれらを保証してくれる。
ならば誰憚る事もないだろうと考えていく。
意識する・しないに関わらずだ。
それは本能と言っても良いだろう。
強いものに従えば、自分が生き残る確率が上がる。
ならば生存しやすい方を選ぶのは当然である。
そういった全てを否定する事は難しい。
むしろ、それはそれで理にかなってるといってよいかもしれない。
だが、一つ大事な事が抜け落ちている。
彼らは自分の欲望だけを優先した。
この一点において彼らは間違いをおかしている。




