364回 再会のち、蹂躙 2
振り返ることもなくそれを気配で感じ取った勇者は、少しだけ安堵をした。
(これで、あいつらを巻き込まずに済んだな)
殿として残らねばならないのはつらいが、それは仕方が無い。
全滅するよりはマシだった。
そして、仲間が死ぬよりは大分よい。
これで心置きなく戦えるというものだった。
もっとも、そんな心情をユキヒコが斟酌する理由は無い。
「馬鹿だな……」
心底軽蔑したつぶやき。
それを漏らしながらユキヒコは、一旦勇者の前から姿を消した。
「────な?!」
突然の事に驚く勇者。
まさか敵が自分の前から消えるとは思わなかったのだ。
「逃げた……?」
そんなわけはないと思った。
敵は圧倒的な強さを持っていた。
奇跡でそれははっきりしている。
単純に勝敗だけを考えるならば逃げる必要が無い。
(なんで?)
姿を消す理由がわからなかった。
いや、そもそも姿を消したのが恐ろしい。
(透明化?
それとも、転移?)
考えられる可能性はそんなところだった。
一瞬にして姿を消す手段として思いつくのはそんなところだった。
ただ、それらを使う理由が今ひとつ分からなかった。
透明になるならば、そこから戦闘になるだろう。
その状態ならば近づかれても気づかれる事は無い。
戦闘でこれほど有利な事は無い。
遠距離からでも接近戦でも、相手に気づかれずに攻撃できるというのは利点だ。
それが目的なら戦闘はもう始まってる事になる。
だが、その割には攻撃が仕掛けられる気配がない。
それどころか、敵の気配そのものがなかった。
勇者として培ってきた感覚と、敵の存在に気づくための奇跡が伝えてくる。
周りに誰もいないと。
(どこだ?)
そう思って周囲を見渡す。
見えるわけがないとは分かっていても。
となれば考えられる可能性はもう一つ。
転移によってどこかに消えたという事だ。
だが、これも考えづらいものがあった。
まず、転移して逃げるという可能性が考えられない。
相手は確実に勇者よりも強い。
そんな相手がなんで逃げる必要があるのか?
戦闘をするつもりがないならともかく、それも考えられない事だった。
だったらわざわざ姿をさらす必要が無い。
何らかの意図があるのかもしれないが、そうでないならなぜ姿を見せたのか?
それが分からない。
(第一、どこに転移した?)
それが一番の謎だった。
転移するならその先に何か用があるはずだ。
それはいったいなんなのか?
それが分からない。
(なんのつもりだ)
残された勇者は、一人その場で疑問を抱え続ける。
それが終わるのは数分後。
転移で脱出した聖女達を伴ってユキヒコが戻ってきてからだった。




