363回 再会のち、蹂躙
「ユキヒコ……」
再度呟くユカ。
その声は勇者と他の聖女にも届いていた。
しかし、そちらに注意を払う余裕が無い。
目の前にいる存在から目が離せない。
少しでも気をそらせば、その瞬間に死ぬような気がしていた。
蛇ににらまれた蛙のように、彼らは身動きが取れなかった。
そんなユカとその他を見下ろすユキヒコは、苛立ちを隠せずにいた。
腹が立ち、憤り、感情も頭も千々に乱れている。
今はそれがいきすぎて、逆に冷静に見えるようになっていた。
一見すると泰然自若としてる。
しかし、はらわたは煮えくりかえっている。
そんな状態でユキヒコは眼下の連中を見下ろしていた。
期せずしてにらみ合いとなっていく。
ただ、どちらも仕掛けずにいるというわけではない。
相手が空にいるという事もあるが、勇者達はユキヒコの持つ雰囲気に飲まれており。
ユキヒコは悠然と、それこそいつでも相手など潰せるという余裕から。
そういった理由で相手に手を出せない・出す必要がないからにらみ合ってるだけである。
そんな中で勇者は奇跡を使っていく。
『戦術眼』という戦況分析をするためのものを。
この状況で勝つ為にはどうすればいいのか、それを知るために。
それを使った勇者は、出てきた結果に愕然とする。
そして、
「…………逃げろ」
かろうじてそれだけを口にした。
その時に彼は初めて知る。
自分の喉がとてつもなく乾いていた事に。
それを聞いた聖女達は驚く。
「なにそれ」
「どういう事?」
しかし、答えてる余裕が勇者にはない。
「いいから行け!
早く逃げろ」
怒鳴りつけるような大声が出てくる。
「こいつには勝てない。
『戦術眼』の奇跡でそう出ている」
喉の渇きからか、どこか引きつったような調子の声だった。
それが良かったのかもしれない。
切迫感が増したその声に、聖女達は有無を言わずに従っていく。
無言で奇跡を使い、この場から逃れようとする。
そんな聖女達に、
「この事を皆に伝えるんだ」
と勇者は指示を飛ばす。
勇者にとって目の前にいるユキヒコは想定外の存在である。
今までこういう者がいるという報告は受けてない。
さほど強力でも無い存在なら、わざわざしらせる事も無いというのは分かる。
だが、勇者は本能的に相手がその程度のものではないと察知する。
放ってる雰囲気というか気配。
それがただ事ではない。
わかりやすい事実として、相手は浮遊している。
そんな事が出来るのは、高度に魔術を使えるか、相応の奇跡を授かった者だ。
それが出来る者が弱いわけが無い。
それが伝わる事も無く今まで来たのは異常としか言えない。
考えられる可能性は二つ。
存在を知られる事なく隠蔽されてきた。
もしくは、今になってあらたに戦線に投入されてきた。
どっちにしても厄介である。
いや、前者の方が理由なら恐ろしい可能性も出てくる。
存在が隠蔽されていたのではなく、目撃した者が全て壊滅してるという事だ。
もしそうならば、事態は深刻だ。
これほど強力な敵によって友軍が殲滅させられていたという事なのだから。
しかもその情報が全く手に入ってない。
それでは対策を立てようもない。
だからこそ、今はこの情報を持ち帰らねばならない。
知ると知らないでは大きな差が出てくる。
その為にも、今は仲間を逃さねばならなかった。
「行け!」
怒鳴り声を聖女達に向ける。
それを聞いた彼女らは、すぐに応じていく。
発動させていた奇跡が効果を発揮し、最寄りの教会に転移していく。
緊急避難用の奇跡は、教会ならばどこにでも転移可能なものだ。
これにより、危険な場所からも瞬時に撤退が出来る。
最近は使う機会が少なかった奇跡だが、念のために加護として求めておいた。
おかげで今回のような状況で役に立ってくれた。
使う機会が出来てしまったのは残念であるが。




