３６１回 久しぶり、ごきげんよう、それでは始めよう
無事を祈る者の存在は、その意思はしっかりと届いている。
発せられる自分に向けられる想い。
それをユキヒコははっきりと感じ取っていた。
（何を今更……）
うんざり、辟易しながらその発信源へと向かっていく。
仲間達と分かれたあと。
ユキヒコは因縁の相手の場所へと向かっていた。
その為に、相手の居所を探さねばならなかった。
それ自体はさほど難しくは無い。
超能力をもって広範囲に探索を実行すればよい。
相手の意識やその波長を探し当てるなど造作もない。
あとはそこに向かって飛んでいくだけだ。
それも、空を飛ぶというような迂遠な事をする必要は無い。
転移を用いて瞬間的に飛べばそれで良い。
それだけでユカの所まで飛んでいける。
それだけならば、既に実行可能だった。
実際、ユカの居場所はとっくに把握していた。
そして、飛んでいけばすぐにでも撃破する事も出来ただろう。
既に別の勇者と聖女達を撃破したので、それは間違いない。
そうしなかったのは、万が一の可能性を考えての事だった。
魔女／女神イエルの介入を。
まさか一介の勇者と聖女にわざわざ介入してくるとは思えない。
しかし、万が一の可能性がある。
それを考えて今までは行動を控えていた。
それが無いにしても、まだ時期では無いと思ってもいた。
ソウスケが自分の女房と、間男である勇者にしたように、霊魂ごと破滅させてやらねば気が済まない。
それをやる為には、邪神官を介して異種族連合の神々の力を借りねばならなかった。
霊魂・精気・生気の奪取────エナジードレインをするために。
そうなると、邪神官とその護衛をつれていかねばならない。
それも難しい事ではないが、手間がかかる。
エナジードレインをかけるためにも勇者や聖女をおとなしくさせねばならない。
その周囲にいる者達も黙らせねばならない。
やってやれない事はないが、確実性に欠ける。
ほぼ確実に成功するとは思っていたが、万が一の失敗を考えるとなかなか踏み切れなかった。
だが、その懸念も払拭出来た。
覚醒階梯の上昇。
それに伴って、ユキヒコにもエナジードレインが使えるようになった。
神々の介入によらない、自分の力によって。
このため、他の誰かを頼る必要がなくなった。
自分だけでどうにか出来るようになった。
イエルへの対策の部分には不安が残る。
しかし、それもどうにかなるという目算もある。
確実な事は何も言えない。
だが、可能性はある。
もとより強大な敵である。
それだけでも十分だった。
勝算が全くなかった時よりもずっと。
分の悪い賭けになるだろうが、それでもまだマシである。
これ以上時間を引き延ばさずに済む。
時間をかければそれだけ状況は変化する。
ユキヒコが更なる成長を為す可能性もある。
同時に、ユキヒコが手を下す前にユカが潰える可能性もある。
イエルすらも。
それだけは避けたかった。
確実にまだ生きている、そこにいる、存在している。
その確証があるうちに行動せねばならなかった。
自分で決着をつけるならば。
その為にユキヒコは動き出した。
他の誰かに全てを委ねない為にも。
他の何かに手を出されない為にも。
そんなの、もう十分だった。
かつて自分の意思とは別の、あらがえない巨大な力の介入で引き裂かれた。
そんな事はもう二度と起こって欲しくなかった。
だからこそ、今ここで動いた。
転移による瞬間的な移動。
ユカのいる場所まで一気に飛ぶ。
その先の空に出る。
障害物のある場所に出たら事故を起こす可能性があったからだ。
その為に何もない空中に出現した。
自然と相手の居場所を見下ろす事になる。
それなりに大きな町の中。
教会が擁する建物の一つ。
勇者と聖女にあてがわれる館。
その上に出現し、ただじっと見下ろす。
そして。
力を発動させていく。
自身の持つものだけではない。
精神に作用する超能力。
物理的に作用する念動力。
更には自然世界にあまねく存在し、流転する気の流れ。
それら全てに己の意思を介在させていく。
それも、空気や大地といった物体だけに留まらない。
空間そのものにすら影響を及ぼしていく。
空間に働きかけ、空間にあるもの全ての力を呼び込んでいく。
それらをただ一点、眼下にある館に集中させる。
その結果は尋常ならざる事態を引き起こしていく。
周囲にある存在がもつ様々な力を叩きつけるのだ。
無事で済むものなど何もない。
狙われた館も、その周辺地域も。
大地が揺れる。
空気がとどろく。
館が崩壊する。
その余波を受けただけの町をも巻き込んで。
その全てが歪み、崩れ、吹き飛んでいく。
後には、館を中心とした巨大な陥没だけが残る。
えぐられた大地の上で、生きてるものなどいない。
霊視する能力がある者ならば、そこかしこから肉体を失った霊魂が漂いだしたのを見る事が出来ただろう。
全てが一瞬にして消滅していった。
ほんのわずかな例外である、勇者と聖女達を残して。
