35回 聖戦士と聖戦団────聖戦士アカリと、付き添いのアツヤ
「これでどうにかなった」
上司との交渉が終わり、アカリもようやく一息吐ける。
「お疲れさまです」
付き添いが労いの言葉をかけた。
「あの石頭、もう少し早く頷いてくれればいいのに」
「そうもいかんでしょう。
立場ってもんがあるでしょうし」
付き添いは一応上司の擁護をしていく。
やむない事なのは彼にも分かっている。
「それはそうだがな。
でも、立場を使ってもう少し上手く立ち回って欲しい」
「隊長の剣技みたいにですか?
そりゃあ無茶ってもんですよ」
「からかうな」
笑みを浮かべる付き添いを軽くたしなめる。
だが、本気で言ってるわけではない。
軽い冗談、じゃれあいのようなものだ。
「だいたい、隊長だって無理を吹っかけてたんじゃないですか」
「まあな」
軽く舌を出して肯定する。
「あの石頭、ああ言わないと動かないから」
「ご苦労様です。
でも、隊長も人が悪い」
「悪くならないとどうにもならないわよ」
聖戦士として聖戦団で活動してきたのでそれが身にしみている。
多少(どころでは無いが)強引な手段も時には必要だ。
今回のような、様々な所との摩擦が生じそうな場合は特に。
「けど、やらないわけにはいかないでしょう。
こっちも仕事なんだし」
「はいはい、分かってますよ」
「……何よその言い方」
「いや、別に。
隊長は大変だなーって思いまして。
眉間の皺が増えるのも無理はないかと」
「ふーん。
良い度胸じゃない。
今日の訓練はたっぷり絞って上げるから」
「それは光栄な事で……」
付き添いは浮かべていた笑みを引きつらせていく。
対してアカリの方は底意地の悪い笑みを浮かべていく。
「覚悟しなさいね」
妙に丁寧な口調で威圧をしていった。
大人げない態度である。
だが、そんなアカリの笑顔を見て、付き添いは鼓動を少しだけ大きくした。
悪戯を思いついたような子供のような表情。
それもまた彼女にはあってるからだ。
もとより、それなりにととのった容姿あっての事でもある。
それを間近に見て気持ちが踊らない男は少ない。
付き添いの男も例外では無かった。
倫堂アカリ。
聖戦団に所属する聖戦士。
小さいながらも一部隊を率いる隊長である。
同時に、女ながらに聖戦士を担うだけの剣士でもあった。
それだけでも話題性には事欠かない。
加えて、人の目を引ける程度には美しい容姿も備えている。
評判にならないわけがない。
近隣の野郎共の中には、わざわざ用事を作ってやってくる者すらいる。
その姿を一目見ようと。
教会領で生まれ育ったという経歴も後押しをしている。
もしかしたら、女神の使いである使徒の降臨では、と言われる事もある。
それはさすがに誇張がすぎるであろうが。
だが、生粋の教会出身者という経歴は、そんな想像をかきたてる。
いずれ聖女に選ばれるのではないかとも言われていた。
残念ながらそうした機会はなく、今に至っている。
だが、優秀な人材である事に変わりはない。
聖女ではないが、教会の武の面を担う逸材として確かな存在感を放っていた。
そんなアカリの言葉なので、
「はいはい」
と頷いてしまう。
「でも、無茶はやめてくださいよ。
俺も死にたくはない」
「安心しなさい。
死ぬような目にはあってもらうけど」
これからやる事を考えれば、その危険性はある。
どうしたって安全確実というわけにはいかない。
「でも、絶対に生きて帰るわよ」
だからこそ、こういう気持ちを忘れるわけにはいかない。
聖戦団とは危険な場面に投入される存在だ。
常に死ぬ危険がある。
死ねば死んだで女神のもとに迎えられるのだから、死を恐れる必要は無い。
ただ、生物の本能として、生きる事への執着は捨てられない。
そうでなくても、無駄に死ぬ必要はない。
聖戦団でもそれは厳に戒められている。
死ぬために戦うのではない。
女神の教えを守り、教会を守るために。
そして、襲いかかる脅威を払う為に。
聖戦団が掲げる戦う理由は、そういったものだ。
それは死ぬ事を義務づけられてるという事では無い。
それらを遂行して生きていく事を求められている。
教会が示す女神の教えではそうなっている。
聖戦団に限った事ではない。
全ての教徒に求められてる事だ。
為すべき事を為して生きていけと。
避けられないなら戦わねばならない。
そして死なずに生きねばならない。
その果てに死ぬ事はやむをえないにしても、自らいたずらに死ぬ事は戒められている。
そうした者達は女神によって地獄へと落とされるとも教えられていた。
生きる事を全うしない者を女神は許しはしない。
それは聖戦団も例外ではない。
死ぬ危険を覚悟しなくてはならない。
その危険をかいくぐって生きねばならない。
そんな難しい事を求められる。
「必要な準備を進めて。
何が起こるか分からないから、偵察は念入りに出来るように」
「分かった」
付き添いの男は頷いて各所への連絡を考えていく。
アカリの付き添いなので、こうした伝令や伝達をこなす事になる。
身の回りの世話をするのが仕事というわけではない。
聖戦団における業務の補助などが主な仕事になる。
そして、補助とは手助けだけで終わるわけではない。
アカリが己の職分を完璧にこなせるよう全てを取りはからうものである。
あだや疎かに出来るものではない。
その上でアカリは無茶を言ってくる。
「頼りにしてるからね、アツヤ」
「はいはい」
苦笑するしかなかった。
その言葉は正真正銘言葉通りの意味なのだから。
アツヤという付き添いの男は、それくらいの信を得ていた。
元は民兵であったが、戦場での働きで見いだされた。
以来、聖戦団に取り立てられて現在に至る。
それから地道に仕事をこなし、その態度を見込まれてアカリの側付きとなった。
もともとがごく平凡な村民だったので破格の出世と言える。
そんな抜擢をされるくらいに仕事は出来た。
格別優秀というわけではないにしてもだ。
地道になすべき事を遂行しようとする真面目さはある。
加えて、それに拘って視野が狭くなるという事もない。
良い意味で力の抜き方、手の抜き方を心得ている。
要領の良さを持っていた。
それが各部署への伝達と、それらをまとめて報告する役目を担わせていった。
おかげでアカリの意志は遺漏泣く各部署に届いていく。
その逆に、各部署からの意志や動きもアカリに確実に届けていた。
ついでに、各部署のちょっとした調整も。
どうしても出てくる感情的なもつれや、過不足のある情報の補完もなしていった。
自然とそれが出来るだけの才能がアツヤにはあった。
天性なのだろう。
おかげでアカリの部隊は、他に比べて各段にまとまりが良かった。
時に軽薄に見える性格の持ち主だが、それが良い意味で発揮されていた。
また、薄っぺらに見えて、おさえるべき点はしっかりとおさえてもいた。
それをこなす責任感や押しの強さも持ち合わせていた。
加えて、戦場においてそれなりの動けるだけの強さも持っている。
アカリの側で行動出来るくらいの技量は持ち合わせていた。
そういう男だと分かってるから、アカリも信用していた。
また、アツヤもそれに応えようとしていた。
それだけの期待をよせられてるのだから。
つまりは、相応の能力や人柄を持ってると認められてるという事である。
ならばと、アツヤはそれにこたえていく。
自分の出来る範囲で、出来る限りのことは。
「かなわんなあ……」
自分の立ち位置が分かってしまうからぼやく。
これでは手が抜けないと。
そういった如才なさ故に、手を抜く事が出来ないのも分かってしまう。
だからぼやきながらも、やるべき事をしっかりとこなしていく。
面倒だとも手間だとも思う。
だが、そこから逃げはしない。
仕事だから、というのが理由の一つ。
何より、アカリが向けてくる笑顔と気持ちがもう一つ。
それを考えると手抜きは絶対に出来なかった。
(我ながら単純だよな)
そんな自分が少々情けないと若干思う事もある。
あるのだが、アツヤは仕事に取りかかっていった。
それが出来るなら、聖戦団に長く勤める事は出来ないのだから。




