347回 なんだかんだで何ヶ月も戦争が続いている中で、更に次の段階について考えて決めていく
「ただ、それは難しい」
「でしょうね」
ヨウセンの言葉にユキヒコはうなずく。
いくら留まって欲しいと願っても、そう簡単にはいかない。
友軍には友軍の都合がある。
それを無視して動かす事は出来ない。
これは指揮権などの問題ではない。
出そうと思えば命令を出すことは出来るだろう。
それにより、更に長期間の駐留をさせる事は出来る。
しかし、それをした場合には、兵の体調や士気を下げる可能性が高くなる。
いくら野外生活を快適にするための道具を揃えても、住居ほどの過ごしやすさはない。
布一枚のテントの下で夜を過ごすのは厳しいものがある。
温暖な時期はともかく、冬場を過ごすのは難しい。
そんな所に長く人を置いておけば、大事な場面で使い物にならなくなる可能性が出てしまう。
「どこかで一度帰還させないとまずいでしょうね。
さもなくば」
「さもなくば?」
「もっと身近なところで休養をとらせるか」
そう言ってユキヒコはニヤリと笑う。
「丁度いい、というわけでもないんですけど」
そう言って報告書を一枚提出する。
受け取ったヨウセンは、
「……ほう」
と呟く。
「最近、聖女が更に増えましてね。
おかげで多少は受け入れの余地が出来てきたんですよ。
急ごしらえですが、寝泊まり出来る宿舎も用意しておりますので。
友軍の皆様には、こちらに一時的に逗留でもしてもらえれば」
「なるほどな」
邪神官の領地は、集めた聖女による歓楽街が構築されつつある。
聖女の館の増築はもとより、それを求める者達の宿泊場所も増加している。
それを目当てにした商売も集まってくる。
おかげでそれなりに発展をしていっている。
そこで集まった金をもとに、産業基盤の整備も行われている。
そこならば、友軍は領地まで帰らずとも休養が出来る。
少なくともテントよりは快適な寝床はある。
あと、お楽しみも。
「友軍の皆さんにはそれを勧めてみてくれませんか。
断ったらそれまでですが」
「分かった、伝えておくよ。
ただし、彼らがどうするかは分からん」
「それで構いません。
最終的な決定権は彼らのものですから」
無理強いをするつもりはなかった。
こんな事で意識を操ってもしょうがない。
そんな事しても良い結果が出るとは思えない。
人は己の求める所を為していくものだ。
それを外部の力で抑圧したら、必ず悪い結果が出てしまう。
自分自身がそうであったからこそ、ユキヒコは他人に無理をさせたくはなかった。
時と場合によるが、出来るだけ無体な事は避けたかった。
「最悪、兵隊の数だけはどうにかなりますから」
そう行って、別の報告書も出す。
それには、今年度で新たに入る予定の新兵の数が記載されていた。
「相変わらず凄まじい数だな」
「量産体制がととのってるもので」
去年に引き続き、ゴブリンの新兵が新たに加わる事になる。
その数、17万。
うち、半分はできが悪いとして元遊撃隊長の所に放り込まれる。
そして、半分がグゴガ・ル側に加入する事になる。
それだけの人数がいれば、友軍が多少減ってもどうにかなる。
「だから、友軍の皆さんには無理をさせないでください」
「分かった。
この事も判断材料として彼らに伝える事にする」
「ついでに」
「ん?」
「あと二つほどお願いします」
「何をだ?」
「邪神官の領地に来た際には、戦功のあった方を優遇します。
出来るだけ多くの種の提供をお願いします」
「ああ、なるほど」
戦争はまだまだ続く。
どうしたって兵隊の頭数は必要になる。
それを調達するためにも、生産力を向上させねばならない。
その為には、相手も必要になる事だろう。
「確かに大事だな」
「ええ、大切です」
「それで、もう一つは?」
「戦後の領地分配についてです」
それは確かに問題になるところだった。
友軍の者達は現在戦争に参加している。
その功に報いる必要がある。
今回の場合、敵地を奪い、旧領を回復する事になった。
当然、功績の対価として領地を求める事になる。
そうなった場合、帰還してしまうとその権利が無くなる可能性がある。
例え戦争に参加していたとしても、途中で帰還すれば、どうしても残留者達よりも立場は低くなる。
戦闘に参加して目立った功績でもあげてればともかく。
そうでない者達は戦後の論功行賞の場で発言権を失う事になる。
それを避ける為には、可能な限りの駐留を続けねばならない。
となれば、帰還は可能な限り避けねばならなくなる。
「……まったく」
ヨウセンは呆れるしかなかった。
「よく考える」
「いえ、状況が上手くかみ合っただけです」
「そうなるように調整でもしたんじゃないのか?」
「まさか。
いくらなんでもそんな力はありません」
その言葉が本当かどうか、ヨウセンには分からない。
だが、そんな事もないだろうとは思った。
それくらいの力がユキヒコにはあるように思えてならなかった。
しかしユキヒコは、
「あくまで状況を利用してるだけです。
出来るだけ都合良く」
「そういう事にしておこう」
とぼけてるとしか思えない発言を、ヨウセンはあえて受け入れる事にした。
問いただしてる時間もないし、そんな事をする意味も無い。
ユキヒコの本心がどうであれ、提示してる事で不利になったり損失を被る事は無い。
ならば、素直に受け入れておいた方が無難だろう。
「会議の場でしっかり伝えておくよ。
その事も」
「お願いします」
「でも、そう言うからには出来るんだろうな」
「戦争の勝利と、旧領の奪還ですか?
もちろんそのつもりです」
「なら、そう伝えておこう」
一番必要な条件である。
領地の分配もそれが出来なければ意味がない。
話し合いの材料にするためには、確実な根拠が必要だ。
それが出せるというならば、話は有利に進められるというものだ。
「絶対に勝ってくれ。
敵をたおし、味方の損害を少なくしてな」
「ええ、もちろん」
「それと、出来るだけ多くの領地を取り戻してくれ」
「分かってます」
それだけ聞ければヨウセンとしては十分だった。
「では、そういう事で。
俺もこれから少しばかり外に出てきますので」
「帰るのか?」
「いえ、ちょっと行くところがあるんですよ。
帰るっていうなら、ある意味その通りですが」
「どこにだ?」
「昔の因縁ですよ」
そう言ってユキヒコは肩をすくめた。
「片付けておきたいものが残ってる」
「そうか」
何のために、どんな事があったのか。
そして、それはどこなのか。
気にはなったがヨウセンは尋ねるのは控える事にした。
「話せる内容なら、聞かせて欲しいが。
無理にとはいわん」
「そうしてくれると助かります」
言いたくないことというのは誰にでもある。
それを聞き出すつもりにはなれなかった。
ただ、無理なく話せるようになった時に聞かせてもらいたいとは思う。
「ただ、どのくらい時間がかかるのかは教えてくれ。
今後の作戦に関わるかもしれんからな」
それだけははっきりさせねばならなかった。
「なに、たいした問題じゃありませんよ。
たぶん、一日で終わります。
その間に緊急事態が起こったら大変ですが」
「まあ、一日で帰ってきてくれるなら問題は無いだろう。
あってもこちらでなんとかする。
そこまで君に頼りっぱなしというわけにもいかんからな」
「すいません、よろしくお願いします」
頭を下げたユキヒコは、ヨウセンの前から消えていく。
転移によってその場を後にしたのだ。
その消え去った場を見つめて、ヨウセンはため息を吐いた。
(敵では無い……か)
今のユキヒコの立ち位置はそんなところだろう。
ありがたい協力者である。
だが、決して同胞とは言い切れない。
彼がもともとイエル側の人間だから、というわけではない。
彼の最終目的が、おそらくヨウセンや異種族連合とも違うだろうからだ。
なので、彼の協力がいつまで続くのか分からない。
それはあっさりと終わるかもしれない。
そうなったら今起こってる戦争はどうなるのか。
(出来るだけ協力してくれるとありがたいが)
そう思うも、ユキヒコを引き留める材料がない。
(どうしたものか)
考える。
ユキヒコを引き留める方法を。
せめて敵に回らないでいてくれるよう求める手段を。
その為にユキヒコが何を求めてくるのかを。
天候すら操る存在を、簡単に転移という高等魔術を使う者を敵に回したくなかった。
この際、味方でなくてもよいから、せめて相手に手を貸さないでいて欲しかった。
なのだが、その為に必要なものが分からない。
(それこそ、今度聞いてみるべきか)
本気でヨウセンはそう考えていった。
ヨウセンに危惧を抱かせてる張本人は、それを何とはなしに感じ取っていた。
その不安を解消するため、いずれ説明せねばならないなと思いもした。
だから、用事を済ませてさっさと帰る事にした。
(とりあえず、今一番欲しいものはくれたし)
その分の恩義があるうちは、協力するつもりだと
何より、ユキヒコの目的が異種族連合と重なってる事を。
だから当分の間は協力関係を続けるつもりでいた。




