340回 食い違いによって生まれる問題はどこででも発生し、ほぼ確実に最悪の結果をもたらす
作戦をたてる者達は存外気持ちに余裕がある。
意思や士気はこれくらいの期間はもつだろうと考える。
一日二日はどうにかなる。
三日四日はいけるだろう。
一週間くらいは大丈夫。
それは、作戦をたてる彼らがそう感じてるからだろう。
だが、前線の者達はそうではない。
体を動かし死ぬ危険にさらされてる者達にとって、時間の流れは常とは違う。
それはほんの一瞬にして燃え上がり、瞬く間に消えていくものだ。
気合いや根性というのは、瞬間的に発揮されてそれで終わる。
とても一日二日と保てるものではない。
数時間とて無理である。
せいぜい数秒、長くても数十秒。
数分も持続するというものではない。
それは全力疾走に似てるかもしれない。
人間が出せる最高速度は、おそらく数秒くらいしか持続しないだろう。
その速度を何十分も出せる者はいない。
もしかしたらいるかもしれないが、それはおそらくほんのわずかの限られた人間だけに可能なことではないだろうか。
そんな事出来るわけがない。
しかし、作戦をたてて指示を出す者達はそうは考えない。
彼らは長距離走のように考える。
ほぼ一定のペースで、持続可能な速度を長時間にわたって保つ。
それが当たり前と思っている。
ここに大きな認識の違いが出てくる。
前線でそんな悠長な事をしていられる者はいない。
ほどよく息を抜く、適度に力を抜くといった事が出来る者は少ない。
そんなごく一部の優れた者達を基準に作戦をたてていく。
当然だが、そんなものが成立するわけがない。
前提条件を勘違いし、あるいは誤解している。
というより、自分に都合の良いことしか考えない。
現実を知ろうとしない。
仮に知っていたとしても、事前に情報があったとしても無視をする。
彼ら自身の常識や考えに反するからだ。
そんなものを彼らは決して受け入れない。
それが真実であり事実であろうとも。
その結果が前線にあらわれている。
士気という、勢いという貴重なものを兵士達は消失させていった。
待つだけ待たされ、そのあげく失敗してしまった。
それにより予定していた戦力が来なくなった。
なまじ期待があっただけに気持ちの落ち込み方も大きい。
戦力が増大し、敵への打撃力が増す。
そして自分たちが死ぬ可能性も下がる。
何より、鬱陶しい敵を撃退出来る。
それを期待していた。
にもかかわらず打ち砕かれた。
たるみながらもかすかに残っていた緊張感がこれで喪失した。
それによる戦力低下は馬鹿に出来るものではなかった。
何より、そんな奥まで敵が入り込んでるという事実。
それが彼らに不安を通り越した呆れをもよおさせる。
「大丈夫か、この戦争」
「もうダメなんじゃないのか?」
そんな事をそこかしこに物陰で語っていく。
それも、恐怖に怯えてではない。
呆れてため息を吐きながらである。
これはこれでまずい状態だった。
なぜならば、既にやる気がなくなってるからだ。
多少なりとも希望や期待を抱いてるなら、恐怖なり狂騒なりといった激しい感情が出てくる。
しかしそれすらもないとなると、完全に意気消沈している事になる。
そんな状態の人間の出力はそうたいしたものではない。
この状態で戦闘に突入したら、悲惨な結果が出てくるだろう。
そしてそれは、戦闘になる前に既に発生していた。
脱走である。




