34回 聖戦士と聖戦団────それぞれの立場や利害が邪魔をするが、どうにか動き出す
「何が起こってるかは分からない。
けど、何もないわけがない」
倫堂アカリはこの言葉を上司にぶつけた。
言われてる上司は辟易した調子である。
「言いたい事は分かる。
こちらも何とかしたいと思ってる。
だがな、軍や政府との折り合いがまだついてないんだ」
彼とて事態を把握してないわけではない。
何か起こってるくらいは察してる。
早急に調査が必要なのも。
だが、既に述べたような理由により、迂闊に動けないでいた。
出来る事ならば、とっくに聖戦団を送り込んでいる。
「それは分かってます」
アカリの方も何度も聞いた言い分に辟易していた。
言いたいことは分かる。
彼女も馬鹿ではない。
聖戦団の立場くらいは理解している。
だが、状況が状況なのだ。
「けど、さすがに一ヶ月です。
これだけの間、連絡がないのは異常です」
こんな事態になってるのだ。
動かなければまずい事になると思っている。
「それはそうだがな」
「せめて現状の確認だけでもしておきましょう。
それならば不法介入への言い訳にもなるでしょう」
「だから、そういう考えが問題なのだ」
こんなやりとりが延々と続いている。
かわいそうなのは、双方共に相手の言い分は分かってる事だろう。
目の前で問題が起こってるから、出来る範囲での対処がしたい。
しかし、それをやるだけでも様々な方面との兼ね合いが必要になる。
その手続きで今は忙しいと。
だが、事は一刻を争うかもしれない。
何にしろ対処が遅れれば、問題はどんどん大きくなる。
だからこそ、少しでも早く行動をしたい。
ただ、お互いの立場や視点の違いが、こうした平行線を生み出している。
現場の人間と上層部との違いと言うべきだろうか。
いや、この場合、関係する各所との調整する立場と言うべきか。
上層部というよりはその方が適切かもしれない。
今回の場合、様々な所の調整が必要になる。
聖戦団と現場の領主、更には政府、軍隊との間でだ。
ここが上手くいかないと、後々面倒な事になる。
出来ればこれらの許可などを取り付けたい。
しかし、そうも言ってられない事情もある。
現地住民の要望だ。
連絡が途絶えたとなれば、住民が不安を抱く。
もしかしたら、敵が迫ってるのではないかと。
同じような事は商工関係者も考えている。
なので、こういった者達は様々なところに陳情していく。
領主や軍隊、そして教会に。
こういった者達の意見を無視するわけにもいかない。
特に教会は民衆を味方につけねばやっていけない。
領主や軍隊ならば多少は毅然とした態度もとれるが。
そうもいかないのが教会の辛いところだ。
さりとて迂闊な事も出来ないのだから。
ただ、出撃の理由などはそれなりに揃ってはいる。
聖戦団が出てもおかしくはないくらいに。
それでも政府・領主・軍隊などは簡単に許可を出さない。
今回のように理由がはっきりしてる場合でもだ。
こういう所で下手に許可を出したら前例になる。
それを盾に聖戦団が勝手に動く口実にしたくはない。
実際、緊急事態を理由に聖戦団が動く事もある。
その理由や根拠として過去の事例が出てくる。
それがあるから統治者や支配者は下手に許可を出せないでいる。
ここが現地の住民や商工関係者との違いになる。
彼らは拠点との連絡が取れない事に不安抱いている。
何かあったらどうしようと。
それが魔族の襲来によるものならば命に関わる。
下手すれば、自分達が次に襲われるかもしれないと考える。
特に商工関係者、行商人などは不安が大きい。
拠点への物資輸送には彼等も関わってるからだ。
物資輸送については、全てを軍で行ってるわけではない。
比較的安全な地域では、行商人などが従事してる事がほとんどだ。
そういった者達からすれば、今回のような事は不安要素でしかない。
実際、戻ってこない者達の中には、行商人も含まれている。
他人事というわけにはいかない。
もしこの状態で拠点までの輸送を引き受けたらどうなるのか?
次の犠牲は自分になるのではと考える者は当然出てくる。
安全が確保出来るまでは仕事を控える事にする者も増えてくる。
せめて、何が起こってるのかは分かるまでは控えようという者は多い。
例え料金を上乗せされても、首を縦に振る者は多くはない。
生きて帰れなければ、どれだけ報酬を提示されても意味がない。
稼ぎとは生きてる間に手に入れて使うものなのだから。
生還が期待出来ないなら、割増料金だとしても仕事を断っていく。
そうした声を直接聞くことが多いのが教会だ。
その教会に直接ついてる聖戦団も同じだ。
民衆に寄り添って協力するのが聖戦団であり教会である。
そう喧伝してるからには、彼らの気持ちに沿わねばならない。
宣教のためにそう言ってるのだから。
それが建前であろうと、ある程度は遵守する必要がある。
でなければ出鱈目を吹聴してる事になる。
それでは人々の信を得る事は出来ない。
何より実際に困ってる者達がいるのだ。
それを見て何かしたいという人情もある。
実際に人々に接する事の多い現場の者ほどこの傾向が強い。
教会の掲げてる理念を木訥に信じてる者達だ。
アカリもそんな者の一人である。
「せめて調査だけでも。
拠点の様子を外から眺めるだけならどうにかなるでしょう」
「それは……まあ、それくらいならどうにかなるかもしれんが」
軍隊や政府の管轄をおかさない範囲で何かする。
何も無ければそれで良いが、どうなってるか分からないから調べにいく。
これくらいならば、というギリギリの範囲だ。
さすがにこれは上司も妨げるのが難しい。
拠点に入るというわけではない。
外から様子を見に行くだけ。
しかも、
「主な対象は街道です。
拠点まで出向いた商人達の捜索が主な作業です。
その為拠点近くまで出向かねばならない。
これなら問題は無いでしょう」
アカリの言い分だとさすがに上司も否とは言いにくい。
それならば言い分としては成り立つ。
そもそもが民衆からの要望なのだ。
政府や領主としても断りにくい。
強いていうなら、街道は現地の領主の管轄範囲だ。
そこが難色を示す可能性はある。
だが、緊急時ならばさすがに強く出る事もないだろう。
「事は一刻を争うかもしれません。
とにかく行かせてください」
「しかし、領主ともね……」
「事後承諾でどうにかしてください」
「いや、それは……」
口ごもりはするが、上司もそれならばと考えてはいる。
それならばこれまでの慣例などからしても充分許容範囲である。
緊急事態ならば関係各所には事後承諾でもどうにかなる。
むしろ即座に行動にうつった方が都合が良い。
嫌な顔はされるが、それくらいは許容範囲だ。
問題になる事は無い。
「どうか!」
アカリの強く態度に上司も、
「……やむをえんか」
と頷くしかなかった。




