333回 全てはこの日この瞬間のため、そして勝利のため、何より敵を蹂躙するため 4
もし敵が国境地帯に潜入してるならば、現在の国境を突破して進軍してくるだろう。
そうなった場合、各戦線の後方に回りこまれる事になる。
敵に挟撃され、撤退もままならずに崩壊する部分が出てくる。
そうなったら反撃も何もない。
一方的に各部隊は粉砕されていくだろう。
それを避けるには、一度現在地を放棄して戦線を再構築するしかない。
そうしてから、あらためて敵を迎撃する。
(上手くいけばいいが)
自信があるわけではない。
もしかしたら読み違えてるのかもしれない。
敵を無駄に警戒しすぎてるのかもしれない。
むしろ、攻撃を受けてる所に増援を送る方が正解なのかもしれない。
この選択が間違っていたら、領内は甚大な損害を受ける事になる。
戦線を後退させた分、敵の侵入を許す事になる。
そうなった場合の損失は多大なものになる。
だが、ヒサカゲはそれらよりも自分の直観を信じる事にした。
(何かある……)
それがなんであるのかは分からない。
しかし、得体の知れない、ヒサカゲも思い至らない何かが潜んでる気がした。
そして、時に直観というのは原因や根拠に根付いた分析を上回る事がある。
今はそれに賭けようと思った。
だが、言うほど簡単ではない。
撤退となれば人も物も動かさなくてはならない。
住民を見捨てるならともかく、それらを守ろうとするならば相当な手間がかかる。
だとしてもヒサカゲは見捨てるつもりはなかった。
撤退用の予備陣地の後方まで人々を移送するべくあらゆるものを動かしていく。
その為の計画も練っていた。
それらが全て動き出していく。
同時に隣接する地方や王都にも伝令を走らせる。
魔術による通信ももちろん用いていく。
それらを駆使して目の前の現状を伝え、援軍を求めていく。
それが受理されて到着するのは先の事になるだろう。
その時には全てが手遅れになってるかもしれない。
だが、連絡をしないことで何の動きも起こらないよりはマシだ。
最悪、この地方が壊滅しても、そこで敵を食い止める事が出来ればと考えていた。
そうならないのが一番だが、そうなる事も覚悟はしていた。
ヒサカゲのうった手が最善であったかどうかは分からない。
しかし、損害を減らすという意味では良策であっただろう。
この撤退のせいで確かに国境地帯を放棄する事になった。
敵に奪われた地域を更に拡大してしまった。
だが、人と兵の損失をおさえる事が出来た。
収穫した糧食なども、ある程度は敵に奪われる事無く回収する事が出来た。
それでも大量の避難民を出しているのは確かで、その負担は重くのしかかってくる。
だが、彼らの敵の動きを見れば、それが良い判断だったという事になる。
それほどに彼らの敵はイエル側に深く浸透し、素速く展開していった。
国境を突破して異種族連合の侵攻は迅速で的確だった。
事前の諜報活動と、内部に作った協力者達の助力もあり、その行動に無駄がない。
地形に至っては測量すらして把握していた。
また、商人として行動していた者達が案内人になるので、道に迷う事がない。
その為、山地の街道から内部に浸透した異種族連合は、瞬く間に周辺地域を蹂躙していった。
国の外縁部に位置するそういった地域の対応は、どうしても遅れがちだった。
避難勧告などは教会の魔術通信などもあってそれなりに早く伝わってはいた。
しかし、実際に動き出すとなると、どうしても腰が重くなる。
移動しようにも、その手段のほとんどは足になる。
馬車などは少なく、それの乗れる者は限られている。
それらにはわずかな家財道具や、足の遅い老人や子供が使っていた。
大人はたいていは歩きであり、馬車もそれらにあわせて移動していく。
その結果、移動速度はどうしても遅くなる。
道の整備もそれほどされてない事もあり、どうしても移動速度は限られていた。
そんな彼らに異種族連合は襲いかかっていく。
大量に持ち込まれた馬車によって輸送される兵隊達は、避難中の住民達を襲っていく。
そうして捕らえた者達に、必要な措置を施していく。
一定の年齢以下の女は確保して後送。
老人と男は片目・片手・片足を潰して放置。
荷物は回収、特に食料は全て取り上げた。
既に当たり前となった処置を施し、避難民達は悲惨な境遇に身を落としていく事になる。
より深く内部に浸透していた者達も同じだ。
後続する本隊よりも更に奥に入り込み、避難民達に襲いかかる。
まだ逃げ出してない集落は包囲して逃がさないようにしていく。
敵の伝令などは殺害し、輸送物資などは強奪していく。
こうした目撃情報や行った行動、目に見える現状などは伝令によって司令部にもたらされる。
それらをもとに司令部は更なる指示を出し、全軍を動かしていく。
おかげで逃げようとしていた敵の住民を確保・処分していく事が出来た。




