332回 全てはこの日この瞬間のため、そして勝利のため、何より敵を蹂躙するため 3
「なんだと?!」
この地域を治める領主、敷折ヒサカゲは驚愕の声をあげる。
彼にもたらされた報告はそれほど悲惨なものだった。
「本当か?」
「はい!」
尋ねるヒサカゲに報告にあがった兵ははっきりと返答する。
絶望的な内容を。
「現在、敵は国境陣地を襲撃。
これを突破しようとしています」
その声にヒサカゲはすぐに対応をする事が出来なかった。
「なんという事を……!」
国境に攻め込んできた敵は、ヒサカゲ達の兵力を上回る。
その大半がゴブリンであるとはいえ、場合によってはそこを越えられてしまうだろう。
対応する為に、増援を送りたいところだ。
しかし、そんな兵力は現在存在しない。
各戦線に敵勢が押し寄せており、そういったところに軍勢を割り振っているのだから。
一応、ヒサカゲの膝元にそれなりの戦力はある。
しかしそれは、地方首都防衛の為のものだ。
簡単に動かせるものではない。
それらは単に地方首都防衛のためにあるだけではない。
どこかの戦線が破られた場合、その方面を援護するための予備兵力である。
機動防御のためのこの兵力を動かした場合、他の部分で何かあった場合、何も出来なくなってしまう。
さりとてここで動かさなければ、何のための予備兵力なのかという事になってしまう。
敵が押し寄せてきた場合の補填のための兵力ならば、今まさにその使いどころであろう。
それはヒサカゲも分かっている。
しかし、今ここがその使い時なのかというと考えてしまう。
もし、今敵が押し寄せてるところ以外にも敵が押し寄せてきたら?
その場合、対応する兵力もなく、敵に押し切られてしまうだろう。
そうなったらどうするのか?
そんな悩みを抱いたヒサカゲであるが、それでも即座に決断する。
迷ってる暇は無い。
今は何らかの指示を出さねばならない。
それが間違っていようともだ。
「全軍に指示を出せ。
後方に撤退だ」
「了解!」
即座に伝令が飛んでいく。
前線に、各領主に、何よりもヒサカゲ直下の者達に。
それに従って関係各所は動き出していく。
ヒサカゲ達も馬鹿ではない。
敵の動きに備えてある程度の対応策は考えてある。
敵への反撃のための再侵攻計画。
敵が押し寄せてきた場合の防衛策。
大雑把にこの二つの案を常に策定している。
そこから更に、可能な限り様々な状況を考慮しての計画がある。
今回の指示も、そんな計画の一つを発動させるものだ。
全面撤退。
敵がこちらを上回る場合の防衛策である。
現在の国境線を放棄して、そこから後退。
戦線を縮小させて、兵力を結集する。
そして後方に設置した予備陣地で敵を迎撃する。
出来れば用いたくない手段であった。
(しかし……)
状況を考えると、それしかないとヒサカゲは考えていた。
今回の侵攻だけではない。
この何年か、県都が陥落してからの様々な出来事を振り返るとそう思えてならない。
国境地帯における不気味な動き。
報告される不穏な犯罪などの増発。
連絡が途絶えたあちこちの村や町。
それらから言いようのない不安を感じる。
以前の国境を突破され、難民なども発生した。
それによる社会情勢への不安などから出てきたものではあるだろう。
だが、それにしても頻発しすぎている
理由や原因は分からないが不自然に思えてならない。
(もしかすれば……)
と思う。
もしかして、それが敵の策謀によるものならば。
事態はより悪化していく事になるだろう。
そうなった場合、今よりもっと悲惨な結果が出てくるだろう。
最悪、今の国境線を維持する事も難しい。
敵は既に何らかの手段で領内に侵入し、様々な工作活動を行ってるのだから。
全面撤退を選んだのは、それを考えての事である。




