33回 聖戦士と聖戦団────異変に気づいていても、簡単には動けない
「いくら何でもおかしい」
そんな声が既に何度もあがっている。
拠点との連絡が途絶えてからだ。
伝令はもとより、物資を運び込む輸送隊も戻ってこない。
確認の為に出向いた使者(護衛付き)も消えてしまう。
こんな事が一ヶ月も続いている。
さすがに疑問の声も出てくる。
しかし、根本的な対策は全くとられてなかった。
「こんな状況なんですよ」
そう問い詰める者が出て来るのも当然というべきか。
所は聖戦団の詰め所。
教会の戦闘部隊の駐留地である。
その中でも、疑念や懸念の声は上がっていた。
一件くらいなら事故という事も考えられる。
しかし、何の連絡もないまま時間が経過しているのだ。
これはおかしい、と考える者は当然出て来る。
「異常事態が発生してるのでは?」
「最悪の事態に陥ってるかもしれない」
「何かしら行動したほうが良いのでは?」
そんな事がそこかこであがっている。
だが、即座に行動に移れるかというと、そうでもない。
聖戦団は教会の武装集団である。
当然ながら指揮系統は教会にある。
政府や軍隊とは別の意志で行動している。
これが政府との間で問題を発生させる。
教会の影響力は大きく国をまたぐほどだ。
そして民衆に深く溶け込み、時に国の意向にすら立ち塞がる事もある。
そんな者達だからこそ、武装集団である聖戦団を擁する事も出来る。
だが、国からしたらこれほど厄介な連中はいない。
自分達の意思とは無関係に動く団体なのだ。
支配・統治機構である政府などからすれば面白いわけがない。
ことにそれが武装集団も抱える連中ならなおさらだ。
いつどこで牙をむくか分かったものではない。
それらがある程度支配下にある、影響下にあるならまだ救いがある。
しかし、実態はその逆。
時に教義を盾に国家にすら背く連中だ。
常に目を光らせて警戒するのは当然の帰結だろう。
そんな統率が出来ない連中が、領内を勝手に動き回るのだ。
どうしても警戒をしてしまう。
極論すればテロリストとたいした違いは無い。
いかに教会と言えども、政府と別の組織や集団である事に変わりはないのだから。
国の上層部にも教会の信徒、女神を崇拝する者達がいるとはいえ、それでも警戒心が消えるわけではない。
教会もそこは理解してる。
なので、聖戦団の行動はある程度自制はしている。
迂闊に動かないし、動くなら相応の理由や道理などはわきまえる事にしていた。
例えばそれは、魔族からの襲撃があった際。
即座に動けない軍隊の代わりに迅速に展開するとか。
軍が手薄なところに補完的に陣取ったり。
民からの依頼で小規模な魔族討伐を行ったり。
そういった行動を心がけていた。
聖戦団の行動全てがそうだとは言わない。
時にそれらを越える事もある。
だが、それも基本的には現地の状況から、仕方の無い事だったと言える範囲におさまってる。
こうした行動方針のおかげで、聖戦団はそれなりの存在意義を培ってきた。
軍隊よりも小回りがきく、迅速に展開出来る集団というあたりに落ち着いている。
棲み分けといっても良いだろう。
特に魔族に襲撃された時などは、軍より先に展開する事が多い。
このため、民衆からも頼りとされる事も多い。
ただ、最大の目的は教会(と信徒)の防衛が第一ではある。
民衆を助けるというのは、理由として二番目三番目にはなっている。
そこに教会があり、信徒がいるから、というのを理由にして動いてる。
そういう理由付けがないと迂闊に動けないというのもあるのだが。
このあたりが、どうしても政府や軍隊と対立する事になる。
だから、今回のような場合、迂闊に動くことが出来なかった。
連絡が途絶えたくらいだから、何かあるのは確かなのだが。
どう見てもよからぬ事が起こってる。
そう察していても、下手に動くわけにはいかなかった。
「魔族が絡んでるんじゃないか」
「だろうな」
「この辺り、見かける事も少なくなったけど」
「また進出してきたのかな」
「かもしれん」
そういった意見も出てきている。
かなり高い可能性で魔族が関わってると誰もが考えていた。
それ以外に拠点が連絡を絶つ理由が考えられない。
それでも動けない理由は一つ。
拠点が軍隊の管轄だからだ。
拠点は軍事施設である。
その管轄は軍隊、ひいては政府にある。
そこに聖戦団が勝手に向かえば、それだけで勝手な行動をとった事になる。
少なくとも、管轄の違う所に不法侵入したとなる。
政府からの依頼や、緊急の事案が発生してるならともかく。
そのどちらも確認がされてないから、聖戦団は動く事は出来なかった。
どう考えても不穏な状況であってもだ。
「だが、このままではまずいだろう」
聖戦団に所属する聖戦士、倫堂アカリはそう声をあげる。
動けない理由は分かっている。
しかし、放置するのはなお悪い結果に陥りかねない。
だから上司にかけあって調査を進言していった。




