317回 数はともかく質において双方問題を抱える軍勢が衝突していく 10
「あれだ!」
誰かが叫んだ。
「勇者だ!」
その通り、行く先に勇者がいた。
そいつとその周囲だけ装備が違う。
また、体も元に戻ったのか、普通に立っているし、両手も動かしている。
何かが違うのは一目で分かった。
それらに向けて弓が放たれた。
部隊に配属されていた人間族の兵が弓を引く。
また、ゴブリンもクロスボウを構える。
そこから矢が発射され、勇者達へと向かっていった。
距離はそこそこあるが、まとめて撃たれたそれらは勇者達にまとまって襲いかかる。
全部は無理でもいくつかは命中すると思われた。
その狙い通り、勇者の周囲に居た者達が何人か倒れた。
しかし、まだそれなりの数が残っている。
それらに向けて、グゴガ・ルの部隊から次々と矢が放たれた。
勇者達もやられてばかりではない。
グゴガ・ル達から距離をとり、前進していた軍勢の中に入っていく。
そうしながら勇者タツハルは新たな指示を出す。
「あいつらを倒せ!」
その言葉に従って周りの軍勢の一部がグゴガ・ル達に向かっていく。
陣地に向かっていた者達が向けを変える。
さすがに全部では無いが、それでも結構な数がそれに従う。
あわせて3000程がグゴガ・ル達と向かい合う。
タツハルはその中に潜り込み、背後からあらわれたグゴガ・ル達と距離を取る。
そんな勇者を追ってグゴガ・ル達も突き進む。
敵は魔術で行動不能にさせて突破をこころみる。
しかし、ろくに動けなくなってるとはいえ、立ちはだかられると邪魔になる。
どうしてもある程度は倒していくしかない。
先頭を走る鬼人とゴブリン達がそれを請負、勇者までの道を作っていく。
しかし、そうやって突進していく事で、敵の中に取り込まれる形にもなる。
「まずいな……」
状況を見てグゴガ・ルは不安を抱く。
今はまだいいが、このままでは敵の中に孤立する。
相手は弱兵ではあるが、何倍もの数に囲まれるのだ。
得策とはいえない。
勇者を即座に仕留められるならいいのだが、そこまでに立ち塞がる敵が厄介だ。
何せ、敵は間に次々と兵士を配置していく。
それを越えるのは難しい。
迂回しようにも、そうすれば相手もそれに合わせて動いていくだろう。
「さて……」
この状況をどう打破するか。
増大した能力を用いてグゴガ・ルは考えていく。
「別働隊を出す」
それが結論だった。
「500を率いて右方向から敵の側面を突け」
指示を出し、部隊の一部をまわす。
そちら側は比較的手薄で、勇者の側面をつけそうだったからだ。
そう見せかけてるだけで、そちらに進むのが罠の可能性もある。
だが、今は迷ってる暇がない。
このまま時間が経てば不利になるのはグゴガ・ル達だ。
少しでも状況を改善させる為に、出来ることはしていかねばならない。
指示に従って500の兵士がグゴガ・ル達から離れていく。
人間族の部隊長が率いるその一群は、手薄に見える右手側から敵を攻撃しようとした。
もちろん敵も黙って見ているわけではない。
分離した部隊が進む方向に兵士を配置する。
そして、勇者はそれから離れるように移動していく。
それを見ていたグゴガ・ルは更に行動を起こす。
「行くぞ!」
敵の動きは予想できるものだった。
別働隊を出せばそちらに兵士を集めるだろうと。
勇者自身はそちらから離れるだろうと。
その結果、グゴガ・ル達から見て正面と右手に兵が集まるだろうと。
「ついてこい、敵は勇者だ!」
そう叫んで左手方向に飛び出す。
付き従うは、先ほどより更に数少ない200の小勢。
しかし、遊撃隊としてグゴガ・ルに付き合ってた連中だ。
それらを率いてグゴガ・ルは駆け出す。
その背中は元遊撃隊の連中が追いかける。
「やってくれるなあ!」
なんとかおいかける鬼人が声をあげる。
「うちの大将は度胸がある」
「いや、あれは何も考えてないんじゃないか」
人間族と獣人がそんな事を言う。
「人使いが荒いのは確かだ」
イビルエルフの見解に誰もが賛同した。
「ついてくのが大変だ」
「そうだそうだ」
ゴブリン達もわめく。
だが、誰一人抜け出そうとする者はいない。
「大変だよ、本当に」
「けど、ついていけばいい目を見られる」
「死ななかったらな」
「そうだ、だから生きて帰らなきゃなあ」
「おう!」
「おう!」
「おう!」
ときの声があがっていく。
それを背中に聞きながらグゴガ・ルは目前に来た敵を切り捨てる。




