311回 数はともかく質において双方問題を抱える軍勢が衝突していく 4
「進め!」
指揮を執る、この軍勢を率いるタツハルもそう叫ぶ。
それは状況を見通してのものではない。
戦術的な意味があるというわけでもない。
ただひたすらに前進を命じる。
「敵にかかれ!」
それだけを馬鹿の一つおぼえのように繰り返す。
それがどれほどの被害をもたらすのか。
どれほどの効果を得るのかなども考えずに。
そもそも考えがない。
タツハルは優れた才能があるわけではない。
ごく普通の平民庶民として生まれて生きてきた。
それだけの人間である。
たまたまイエルに声をかけられ、勇者になっただけの存在だ。
即席である程度の教えは受けても、それらを身にしみこませてるわけではない。
そんな者に状況を把握して的確な判断を下す事を求める事は出来ないだろう。
だから、同じ事を繰り返すしかない。
「進め!
敵を倒すんだ!」
その声に従って、あるいはイエルの奇跡によって軍勢は進む。
自分の意思など全く無くして。
その様はまさに生きる屍、命じられるままに動くゾンビそのものだった。
死んではいないが、実態はゾンビというしかない。
しかし、それ故に恐ろしいものもあった。
馬鹿の一つおぼえのように。
何の変哲もない前進であるだけに。
策略など何もない単純で単調な行動なだけに。
それだけにひたむきさがあった。
それはそれで力を生み出していく。
数を頼んでの突進というのは、それだけでも相当な力を持つ。
損害も大きいが、それをいとわなければ立派な戦法ではある。
相手の策謀や小細工をものともしない、ただひたすらに相手に迫っていく。
それは相手を蹂躙する事が出来る。
それを実行できるだけの数があれば。
この際、質は問わない。
十分な訓練や教育を受けた兵士でなくても良い。
その数が、勇者の軍勢にはある。
四万を越える数というのは、それだけで力になる。
それが一斉に襲いかかれば、相手も無事では済まない。
異種族連合が相手にしてるのは、そんな連中だった。
最前列から粉砕されながら。
途中で転んだ味方を踏みつけながら。
それでも前進を続ける敵。
それに対して異種族連合は少しずつ後退していく。
堀を越えられ、土嚢の壁をのぼられ。
それらを越えて更に敵は迫ってくる。




