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31回 思い出────もういいや

 吹っ切れた。

 自分自身を取り戻したように思えた。

 ユキヒコはそういう気持ちにようやくなれた。

 あらゆるシガラミやクビキといったものが取り除かれる。

 残ったのは、ユキヒコ自身の思いや願いだけ。

 それが一番大事なものであろう。



(どうすっかな?)

 やりたい事や方向性はだいたい決まった。

 今までなら、考えもしなかった事。

 考えても実行などとてもしなかった事。

 それを実現する事だけを考えていく。。



 それによって色々なものを失う事も承知している。

 これから得られただろう様々なものも。

 それでも構わなかった。

 もう全てがどうでも良かった。

 失ってしまうものよりも、自分が今どうしたいかが大事だった。



 その為のきっかけは既に与えられている。

 他でもない女神イエルと、その勢力下にある全てによって。

 それらが、ある意味後押ししてくれたから、思い切ることが出来た。

 この点においては、ユキヒコはそれらに感謝せねばならないだろう。

(したくないけど)



 相応に危険が伴う。

 上手くいく保障など全く無い。

 だが、どうあってもやり遂げたいと思っている。

 全てがどうでもいいと思っていてもだ。

 だからといって自暴自棄になりきれてるわけではない。



 まだ残ってる理性が押しとどめる。

 即座に動くのはまずいと。

 吹っ切って行動するにしても、時期と場所を選べと。

 事を成し遂げ、成功のうちに終わらせたいならば。

 それもそうなので、ユキヒコはその瞬間が来るのを待った。

 その間は、義勇兵としての活動に専念していく事にした。



 色々考えて、まず転属をする事にした。

 最前線近くの今の場所で我武者羅になる理由はもう無い。

 また、今後を考えると、最前線の今の場所は都合が悪い。

 もう少し都合の良い場所に移動しておきたかった。



 それに加えて、もう少し色々と手に入れておきたかった。

 武器や防具などの道具もそうだし、生き残る為の様々な技術もだ。

 数年の間に様々なものを培ってきた。

 でも、それだけで全てが満たされたとは思っていなかった。

 まだまだ身につけておきたいものもある。

 手に入れておきたい物もある。



 いずれ何かをするにしても、様々なものが必要になる。

 それらを手にしておきたかった。

 だから技を磨き、知識や情報を頭に入れ、必要な道具を買いそろえていった。

 そして、その時を迎える。



 転属先でその機会を得る。

 一応はまだ前線扱いの、だが魔族との衝突が減った場所。

 前線を押し上げる事で暇になってはいる。

 だが、警戒の為に部隊を貼り付けてある地域である。



 戦力はもうそれほど必要は無い。

 だが、一応は前線である。 

 まだ魔族との遭遇なども多い。

 そんな地域だからこそ、ユキヒコのように実績のある人間も求めていた。

 戦うためではなく、人員育成のために。

 手にした経験や体験を新人に伝える為に。



 主に教官としてやってきたユキヒコは、その時を静かに待っていた。

 敵と遭遇し、上手く接触出来る瞬間を。

 出来れば新人を連れて現地実習をやってる時がよい。

 そう考えながら行動をしていた。



 幸いにも新人を率いる事は多く、機会は多かった。

 だが、魔族と遭遇する事が少ない。

 これについては、魔族の動き次第なのでどうにもならない。

 だから辛抱強く待つしかなかった。



 そう思いながらも、出来るだけの事もしていく。

 教官以外にも通常の警戒や哨戒活動を求められる事もある。

 そうした時には、魔族の動きを追った。

 通常の巡回路を外れ、より深く魔族の領域なども探索しにいった。

 相手の行動を読んで、遭遇しやすくするために。



 そして半年。

 ユカとの一件があってからそれだけの月日を経た事。

 無事にゴブリン達と遭遇し、魔族に寝返る事になる。

 あとは既に述べた通りである。



「────とまあ、そんな訳よ」

 事の次第を話し終える。

「そういう事があったから、俺はあんたらにつく事にした」

「なんとまあ」

 グゴガ・ルは声もない。

「なんというか…………魔女というのは味方にもそんな事をするんだな」

「ああ、そういう奴だ。

 そんな奴の所にはもういたくないから。

 …………これ以上また何かを取られちゃかなわねえ」

「だろうな」



(だからか)

 グゴガ・ルもようやく合点がいった。

 なぜ仲間を裏切ったのか?

 その理由がようやく分かった。

 躊躇いもなく仲間を斬りつけた事も。



 初めてユキヒコと出会った日。

 目の前で敵がいきなり仲間にきりかかっていった。

 その事に驚いた。

 いったい何が起こってるのかと思い呆然とした。

 そうしてる間に、刀を抜いた敵は味方を倒していった。



 驚き慌てる間も与えない素速い動き。

 次々と手にかかって死んでいく敵兵。

 そして生け捕りにした女。

 それを手土産にしてユキヒコは寝返ってきた。



 ついでに、生きて捕らえた女も付けて。

 倒した敵兵の首も、功績としてはありがたい。

 だが、他のゴブリン達にすれば、女の方がありがたかっただろう。

 グゴガ・ルはとてもそんな心境にはなれなかったが。

(何を考えてる?)

 その時はそんな考えや疑念で頭がいっぱいだった。



 そう考えるグゴガ・ルはゴブリンとしては冷静で頭が回るのだろう。

 他のゴブリン達が生きて手に入れた女を前に浮き足立ってるのとは対照的だ。

 もっともゴブリン達にとってそれは最上級のご褒美だ。

 頭に血が上ってしまうのも無理は無い。

 それを提供したユキヒコを、グゴガ・ル配下のゴブリン達は喜んで受け入れた。

 グゴガ・ルを除いて。



 だが、一緒に行動するうちに、グゴガ・ルも少しずつユキヒコを信じていった。

 共に義勇兵を襲っていく事で。

 かつての仲間と戦えるのか。

 それだけの覚悟があるのか。

 それをまずは確かめねばならない。



 幸い、敵を切り伏せるユキヒコにはなんの躊躇も無かった。

 顔なじみもいるであろうに、平然と嵌めていく。

 騙して接近し、懐に入ったところで斬りかかる。

 抜く手を見せない抜刀術に、グゴガ・ルも目を奪われながら。



 それはそれで別の心配もあった。

 そこまで平然と裏切る事が出来るのだ。

 同じように自分達ゴブリンを、そしてイエルに対抗してる者達も裏切るのではと。

 それも今ユキヒコが話してくれた過去によっていくらか拭えた。

 そういった事情があるなら、裏切りもするだろうと思えたので。



 とはいえ、それでもまだ警戒はしている。

 語った事が作り話の可能性もある。

 そういう事もグゴガ・ルは警戒していた。

 だが、敵の拠点を陥落させたのも事実である。

 少なくとも、今の段階では役に立っている。

 それは認めねばならなかった。



 ユキヒコの手引きによって得られたものは大きい。

 倒した敵兵という戦果。

 強奪した物資。

 陥落させた拠点。

 ゴブリンだけで成し遂げたとは思えないほどだ。

 これだけあれば、相当な功績になる。



 今後はどうなるか分からない、

 だが、ここまでを振り返るなら、ユキヒコは得がたい人間なのは確かだった。

 それがいつまで続くのかという疑問はある。

(出来れば、このまま味方でいてくれればありがたいが)

 そう思わずにはいられなかった。



 そんなグゴガ・ルの下で、ユキヒコも自分自身に驚いていた。

 味方を攻撃することに何の躊躇いもない事に。

 そうなる事も覚悟で裏切りはしたが。

 それでも、全く何の躊躇いもない事には驚いた。



 その理由は単純なものだ。

 敵……かつての味方は女神イエルの下にいる。

 ユキヒコから全てを奪っていった輩だ。

 その眷属であるならば、全てが敵でしかない。

 そう思うと、何も考える事なく倒す事が出来た。



 心のつっかえ棒がのようなものは消えていた。

 かつての味方も、ただただ憎むべき敵でしかなかった。

 憎悪の対象を崇めている者達である。

 それらにかける情けなどどこにも無かった。



 男も女もなかった。

 ただ、扱いの違いは出てきた。



 男は容赦なく殺す。

 生かしておいても特に役立つというわけでもない。

 むしろ、生かしておく方が危険だった。

 戦闘技術を持ってるから、脱走でもされたら面倒になる。

 反撃してきた時に鎮圧する手間を考えると、すぐに始末した方が後が楽になる。



 女はゴブリン達への土産にする。

 だから、可能な限り生かしておいた。

 今後の事を考えての事でもある。

 単にゴブリン達の心を掌握だけが目的ではない。

 それも理由の一つではある。



 更に、頑張れば報酬があると思わせる事も狙いではある。

 お楽しみは無いより有るほうが良い。

 そして、それは努力すれば得られるものだと思えば、人はやる気をだす。

 その逆に人が全てを放棄するのは、どれだけ頑張っても報いがないと分かった時だ。

 徒労に終わるとなれば、誰が汗水垂らして苦行に耐えるのか?

 そう思っての対処である。



 ただ、当面の理由はそれだけだが、それで終わりではない。

 女を確保しておく理由。

 それにはそれだけの理由がある。

 ただし、今すぐに実行出来るものではない。

 全ては今後を考えての事だった。



 だが、まずはゴブリンである。

 現場で頑張ってる彼等への報酬は必要不可欠だ。

 だから可能な限り捕らえた女を配布していった。

 これにはゴブリン達も大喜びである。

 おかげでユキヒコはかなりの支持を得ている。



 その例外になったのは神官である。

 こちらは男女の違いなく同じ処置をくだしていった。

 ゴブリン達の神々への生け贄だ。

 そうして、霊魂そのものを捧げ、輪廻転生も出来ないよう消滅させていく。



 現実的な理由から、神官を生かしておくわけにはいかない。

 神官は女神イエルとつながっている。

 そこからどんな情報が漏れるか分からない。

 既に手遅れの可能性もあるが、危険は可能な限り減らしておくに限る。



 また、神官に女神イエルが強力な加護や奇跡をもたらす可能性もある。

 そうなったら、勇者や聖女並に危険な敵を相手にする事になりかねない。

 それを考えて、神官は即刻処分する事にしていた。



 何より。

 ユキヒコ自身の嫌悪感や憎悪がある。

 大事な人だったユカを失った原因だ。

 それに関わる者を何の処置もなく放置するつもりはなかった。

 加えて、女神イエルをあがめ、その教えを守り伝える連中である。

 そんな連中にかける慈悲は持ち合わせていない。

 他の誰よりも悲惨な目にあわせねば気が済まなかった。



 こういったユキヒコの要望は全て受け入れられた。

 ゴブリン達からしても妥当なものだったからだ。

 ケチを付けるところがない。

 強いていうなら、女の神官を消滅させる際に多少の躊躇いが出たくらいだ。

 ゴブリンからすれば、お楽しみがその分減る事になる。

 だが、彼らが魔女と罵るイエルの僕でもある。

 それを潰えさせる事が出来るなら、と不満を押し殺した。



(まずは、良し)

 陥落した拠点の中で現状を確かめる。

 今のところは、求めた通りの結果になっている。

 魔族に上手くとりいり、拠点を陥落させた。

 だが、これで終わったわけではない。

 目指す所まではまだまだ遠い。



 今、ここでの勝利に酔ってる場合ではなかった。

 今回の戦いなど、前哨戦にすらならない。

 求める勝利は、まだ遙かに遠い。

 手に入れた勝利は素直に喜ぶとしても、ここで止まるわけにはいかなかった。



「この程度で終わりじゃねえぞ」

 誰にともなく呟く。

 だが、込められた決意は、憎むべき相手に向けられていた。

 静かに小さく、それでいて明確に。

 隣にいたグゴガ・ルはそんなユキヒコの呟きを黙って聞いていた。

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