305回 遊撃隊、突撃する 3
発生した暗闇そのものに相手を害する何かがあるわけではない。
触れても怪我を負うわけではない。
毒や麻痺といった状態異常が発生するわけでもない。
ただ、向こう側が見えないというだけだ。
しかし見えないというのは大きな問題でもある。
そこに何があるのか分からない。
これは動きを大きく阻害する。
例え何の変哲も無い場所だったとしても、見えないというのは大きな障害になる。
そこに、ちょっとした起伏があったら、それだけで転倒などが発生するかもしれない。
足を踏み外すかも知れない。
そういった問題が出てくる。
そうでなくても、怖い。
暗闇というのはそれだけで恐怖をもたらす。
それは本能だ。
抗うのは難しい。
それをものともしない者もいるが、それは少数である。
そんな人間はそういるものではない。
だから追撃が一瞬止まる。
グゴガ・ル達からすればそれで十分である。
直接的な打撃を与えられなくても、追撃がこなければそれでいい。
相手を倒す事ではなく、逃げ出す事が目的なのだから。
その為の時間が稼げれば良い。
それは実に上手くいっていた。
イビルエルフ、そしてゴブリンの即席魔術師。
それらは撤退しながら暗闇を発生させ続けていく。
そのせいで追撃はほとんどない。
弓などによる遠距離攻撃もない。
狙おうにも、どこにいるか分からないから射る事が出来ない。
適当に矢を放てば、大半が無駄になるだろう。
見えないというのは、そういう効能ももたらしてくれる。
何より、足の遅いゴブリンや鬼人を逃がす時間を作れた。
それで十分である。
こうしてグゴガ・ルの遊撃隊は敵中突破を成功させる。
この日、イエル側の損害は死傷者78人。
戦果としては大きなものではないが、それは直接戦った敵が少ないからだ。
長く伸びた敵の隊列を横断しただけである。
接する事が出来る敵の数はそう多くは無い。
その為、戦果はそれほど伸びなかった。
ただし、これは死亡とすぐに動けない重傷者だけの数である。
そうではない負傷者は更に多い。
それらは戦線復帰が可能な者が大半だが、戦闘力を落とすくらいの怪我を負った者もいる。
それを考えれば、この敵中突破はかなりの戦果をあげていた。
戦果はそれだけではない。
規模は小さいが、今回の戦いは新体制による初の大型軍事行動となる。
鬼人の周囲にゴブリンを配置しての戦闘。
また、ゴブリンの即席魔術師の投入。
これらがどれくらいの効果を持つのかがはっきりした。
その結果、ゴブリンもそれほど悪くない働きを示した。
取り乱すこともなく逃げ出すこともなく、最後まで戦い抜いた。
また、効果の小さい魔術でも、使い方次第で十分な効果が出てくるのもはっきりした。
それらを使える者が多ければ、その分効果も大きくなるのも確認出来た。
これにより、数合わせでしかなかったゴブリンを戦力として勘定できる事が立証された。
使い方は難しいが、それでも大きな意味がある。
この事実はすぐに後方に伝達される。
その結果に邪神官達は驚き、歓喜した。
ゴブリン中心の編成でこれだけの結果を出したのだ。
喜びたくもなる。
それは、ゴブリンの戦力化を示すのだから。
これにより邪神官達は、ゴブリン部隊の運用を本格的に考えていく事になる。
その後もグゴガ・ルらは様々な方向から攻撃を仕掛け、敵を翻弄していく。
それらは敵を大きく削るような事はなかったが、精神的な負担を与え続けた。
それにより注意が散漫になったところで再び夜襲。
1000人単位の損害を与えていった。
少人数の部隊であげる戦果としては異常なほど大きいものになっていく。
こうして敵兵は4000近くが削られていく。
それ以上に精神的な不安と、それによる能力低下。
十分な睡眠や休憩がとれない事による疲労の蓄積。
それが戦力低下につながっていく。
それだけの成果を出したところで、グゴガ・ルは帰還した。




