3回 裏切り────自分の扱いがどうなるのかを尋ねつつ、今後についても語っていく
そうこうしてるうちに、応援がやってくる。
駆けつけてきたのは20人ほどのゴブリン。
それらはユキヒコに険しい目を向けている。
それもそうだろうとユキヒコは思う。
(簡単に信用はできないよな)
自分が彼らの立場なら、寝返ってきた者をすぐに信用できない。
そう思えば腹も立たなかった。
ただ、
(どうやって信じてもらおうかねえ……)
悩みが消えるわけではない。
それでもやってきた者達は必要な作業をこなしていく。
倒した義勇兵達の死体と荷物を抱えて移動を開始する。
本当なら埋めていきたいところだが、そんな余裕もない。
まずはこの場から一旦離れる必要があった。
この後にやってくる巡回に見つかったらまずい。
それから一時間。
場所を移動したゴブリン達は、適当に開けたところで落ち着く。
休憩のためだ。
こまかな休みは何度か入れていたが、それでも基本的に歩きづめだった。
一回大きな休みを入れる必要がある。
また、彼らはいつも以上に荷物を抱えている。
負担もその分だけ大きい。
何よりも、彼ら担いできた荷物。
居合わせてるゴブリン全員はそれが気になって仕方なかった。
担いできた女義勇兵。
それが地面におろされる。
それを見ているゴブリン達の鼻息が荒くなる。
彼らが何を求めてるのかは、言うまでもない。
すさんだ戦場において、楽しみは少ない。
そんな所での数少ない娯楽となれば限られてくる。
捕らえた敵に女がいればなおさら。
「いいのか?」
そんなゴブリン達の一人が、ユキヒコに尋ねる。
応援とともにやってきた者だ。
この部隊を率いてるらしいというのが伺える。
彼は既に事の次第を聞いている。
だから、女義勇兵を捕らえたユキヒコに確認をとってきた。
本当にやってもよいのかと。
「かまわんよ」
ユキヒコの返事は端的だった。
「そのつもりだったし。
それで少しは受け入れてくれるならありがたい」
「そうか」
頷いた隊長らしきゴブリンは、ゴブリン達の方を振り返ると、
「好きにしていいぞ」
と告げた。
その瞬間に、歓声を上げるゴブリン達が女義勇兵に襲いかかる。
口を封じられた女義勇兵は、くぐもった悲鳴をあげた。
「おーおー、励むねえ」
目の前で始まる蹂躙劇。
それを見てユキヒコは苦笑するしかない。
「よくやるよ」
「まあ、あいつらの数少ない楽しみだ。
大目に見てやってくれ」
ユキヒコと最初に遭遇したゴブリンの班長がなだめるように声をかける。
「いや、文句言ってるわけじゃないんだ。
こんな事してれば、そりゃ鬱憤もたまるからな。
はけ口が欲しいのは俺も分かるよ」
「ほう」
「それに、俺らだってやってる事は同じだ。
攻め込んだ魔族の領域で、結構な事をやってるらしいじゃ無いか」
「まあな」
頷くゴブリン班長の顔は苦いものになる。
ユキヒコのいた側とゴブリン達の側での戦争は、長く続く悲惨なものだった。
最前線では負けた側が蹂躙され、勝った側が殲滅を繰り広げていく。
その中で虐殺・略奪・暴行など当たり前のように行われている。
特にユキヒコ側は広く崇拝されてる女神イエルの名の下に、敵を容赦なく殲滅している。
別の神々を信仰する者達は悪しき敵であるという事で。
そうであるからこそ、男は根絶やしにされていく。
そして女は辱めを受けていく。
女神イエル側と、そのイエル側が魔族と呼ぶ敵のどちらが勝っても、それは変わらない。
どちらも戦争がもたらす悲惨な側面の一つだ。
「そんなわけだし、俺はどうこう言えないよ。
戦争なんだし略奪なんてよくある事だし」
「それはなあ……。
俺達もあんたらにはそれなりにやられてきたしな。
どこかで少しはやり返したいとは思ってる」
「だろうね。
だから、そっちが何をしても文句を言うつもりはないよ。
お互い様だ」
「そうだな、違いない」
そう言ってユキヒコとゴブリン班長は苦笑していく。
自分達の言ってる事があまりにもあんまりだったので。
だが、それらもいつわらざる事実であった。
女神イエル側が魔族と総称してる者達。
ゴブリンを含めた様々な種族と、対立する神々を信奉する異種族連合。
それらとの争いでは、悲惨としか言いようが無い事は起こっている。
そんな事をしてる間柄なのだ。
相手へのおかしな遠慮などする必要もない。
例え自分達がそれらを控えたとしても、相手がそれらを抑えるわけではないのだから。
ならば、相応の報いをしていくというのは、ごく自然な事であろう。
でなければ、一方的に損失や損害を被る事になる。
その結果、非道を控えた方が結果的に弱体化していく。
相手に打撃を与えて弱めるのを控えるのだから。
それは長い目で見た場合、大きな不利になっていく。
「それよりも、これからどうするつもりだ?」
ゴブリン班長はあらためてユキヒコに問う。
「あんたはあの魔女を裏切るつもりみたいだが。
それでどうする?
俺達の側に寝返るって事でいいのか?」
「もちろん。
そのつもりでこっちに来たんだから」
その意思に変わりは無い。
「だが、寝返ってこっちに来たとして、それでどうするんだ?
何がしたい?
何が目的だ」
「そうだなあ……」
そう問われて少し考えてしまう。
具体的にどうしたい、というのが明確なわけではないのだ。
したい事はあるが、その実現のために何をすればいいのかが分からない。
目的や目標が大きすぎるから出てくる問題だった。
正直に言えば、計画的な行動だったわけではない。
しかし、ゴブリンのいう所の魔女である女神イエル側にはいたくない。
それを崇拝しているイエル側・イエル陣営とでもいうべき場所には、もう長居したくはなかった。
「少なくとも」
考えながらユキヒコは言葉を紡ぐ。
「もう、あそこにいたくは無いな」
「そうか」
妙に重いその言葉を、ゴブリン班長は短い言葉で受け止めた。
「あんたの考えは分かった。
けど、俺だけであんたをどうするかは決められない。
あんたが何を考えてるかも分からないからな」
「裏切り者を簡単に信じるわけにはいかないって事だよな」
「そういう事だ。
裏切り者は簡単に裏切る。
だから簡単に信じるわけにはいかない」
「それは分かってるよ」
それくらいはユキヒコもわきまえていた。
自分の都合で居場所や立場を簡単に捨てる。
そんな事が出来る者など信じるわけにはいかない。
優勢な状態ならば共に行動はしていくだろう。
だが、ひとたび劣勢になればまた裏切るのは見えている。
だからこそ裏切り者は信用されない。
不利でも何でも、最後まで己の役目を果たす者こそが信じるに足る者なのだ。
ユキヒコはそこから自ら踏み外してしまっている。
そんな自分が簡単に信用されるとは思っていなかった。
そう考える事が出来る程度の智慧は持ち合わせている。
「スパイの可能性もあるしな」
自らユキヒコはそう言う。
それにはさすがにゴブリン班長も
「まあ……そうなるな」
と驚く。
「それを自分で言うか?」
「自分で言うから少しは信用されると思ってね。
言われてから弁解するよりはいいと思うんだが」
「それは……そうかもしれんが」
ゴブリン班長は返答に困ってしまう。
ただ、ユキヒコのいう事もその通りだと分かってはいる。
間諜や忍者、スパイを潜入させるなら、こういう方法もあるだろうと。
あえて味方を犠牲にして、相手の信用を得る。
そうやって内部に滲透していく。
味方の犠牲は決して安くはないが、得られる成果がそれ以上ならやる価値はある。
そして、これを躊躇う事無く実行するだけの冷酷さがあるなら、効果ははかりしれない。
人間と魔族の間には、断絶と言うのも甘いほどの関係の悪化がある。
そのため、交渉による停戦なども不可能だ。
だからこそ、外交官などが派遣される事もない。
そこから相手の情報が伝わることがない。
どちらかが死に絶えるまでそんな関係は続く。
そんな状況で相手の内部情報を得る為なら、多少の犠牲は許容するだろう。
今回、人類側が失ったのは4人。
それの対価が、魔族の内部事情なら安い買い物と言える。
犠牲にされる者はたまったものではないが。
しかし、事は国家の意思決定に関わる。
それを超えて、民族や種族の存亡がかかっている。
そうであるならば、多少の犠牲にこだわってるわけにはいかない。
今後の戦略における優位を確保出来れば、存続の可能性がそれだけ高くなる。
ならば、犠牲を出す決断が下されてもおかしくはない。
「確かに、あんたを簡単に信用するわけにはいかないな」
ゴブリン班長はそういうしかない。
人間族に劣ってるにしても、それなりの智慧はもっている。
まして彼は班長を任されるくらいの能力はある。
ユキヒコの言ってる事を理解する事は出来た。
だからこそ慎重にならざるえない。
「となると、やっぱりあんたの扱い方は俺達では決められん。
上に報告してからになるな。
それまでは俺達の管理下に入る事になるけど」
「妥当なところだな」
当然の扱いである。
それくらいなら文句は無い。
「けど、だったら上の連中に報告するまではあんたらの下にいるって事だな」
「ああ、そうだな。
正確には、あそこにいる俺たちの頭の下って事だが。
そういって目の前の蹂躙劇で主役を演じてるゴブリンを示す。
そいつはヒロインである女義勇兵を相手に鼻息荒く励んでいた。
「それがどうかしたか?」
「いやな。
しばらくはあんたらの下にいるってんなら、ちょっと考えがあってな。
結論が出るまでは時間がかかるんだろ?」
「…………まあ、そうだな」
「なら、もうちょっと土産を増やそうと思ってね。
それにちょっと付き合ってくれないか?」
そう言うユキヒコは楽しそうな笑みを浮かべた。
「何を考えてる」
ゴブリン班長は警戒しながら話を聞く。
とんでもない事を言われそうな気がしてならなかった。
その予想通り、ユキヒコはとんでもない事を口にする。
「もう少し首級を増やそうと思ってる」
「それは……」
「あいつらの巡回路は分かってる。
それを利用して、功績を稼ぎたい」
「…………」
ゴブリン班長は声もない。
裏切った直後で、こうも味方を簡単に売り飛ばせるものなのかと。
だが、ユキヒコは極めて軽い調子で語り続ける。
「この程度の土産で寝返っても、あんまり良い待遇は受けられないだろうからな。
だったら、もう少し立場を良くするために努力するさ」
そういうユキヒコはこれ以上ないくらいに穏やかな笑みを浮かべていた。
しかしゴブリン班長は、そこに薄ら寒いものを感じていた。
(こいつ……)
話し方は落ち着いている。
智慧も働いてる。
理性を保ってるようには見える。
だが、根本的なところで何かが欠けていた。
歪んでると言っても良いだろう。
言ってしまえば、それは心のあり方であろう。
大事な何かが無いのか、あるいはあってはならないものを抱いてるのか。
とにかく不気味な何かをユキヒコから感じた。
(どうする?)
危険な気はした。
ユキヒコが自分達を罠にかけようとしてるのではないかと思った。
だが、それよりも得体の知れない何かが怖かった。
まともそうに見えて、決してまともではないユキヒコが抱いてる何かが。
それがゴブリン班長を悩ませた。