294回 その場に集う軍勢の様相と、それぞれの思惑
その後、補充のゴブリンがあてがわれていく。
分裂した遊撃隊のそれぞれに。
これにより数だけは元の規模に回復した。
ただ、増えたのがゴブリンだけなので、戦力は下がってしまう。
こればかりは仕方ない事と割り切るしかない。
そして。
ユキヒコが言っていた通り、そのゴブリンにしても違いがある。
グゴガ・ルの所に配置したのは、比較的まともな連中だった。
募兵でやってきた者の中でも比較的まともな連中を集めている。
ゴブリン特有の臆病さや小心な部分はあまりみられない。
そして、血に酔うような粗暴さなども。
そういう、比較的使いやすい連中をユキヒコは選んで送り込んでくれた。
訓練期間も短く、実戦経験は皆無だが。
それはさすがに仕方が無い。
良い所を選んで送り込んでくれた事に感謝するのみである。
その反対に、もう一つの遊撃隊の欠片の方には適当なゴブリンを放り込んでいった。
本来なら放逐する出来の悪いゴブリンである。
敵が攻め込んできてるので、放流する事も出来ず溜まっていた。
それらを処分する目的で遊撃隊のもう片方に送り込んでいく。
これでこちらも数は回復した。
だが、戦力として使えるかどうかは悩ましい。
そんな事などつゆ知らず。
イエル側からやってきた勇者達は進軍していく。
数だけは多いその軍勢は、脇目もふらずに目的地へと向かっていく。
かつて彼等が住んでいた場所へと。
奪われた場所を奪還しようと。
そんな彼等の目は淀んで暗い。
軍勢にも覇気というものがない。
生きてはいるが、その心は死んでいた。
彼等に生きる望みはない。
将来への希望などない。
突然襲ってきた災厄によって全てを奪われた。
何もかも失った。
それ故に意気消沈している。
元気や意欲などあるわけがない。
そんな彼等は勇者という存在によって目的を得た。
先々への展望のない彼等にとって、それはすがれる唯一の光明になった。
(どうせこのまま死ぬなら)
(いっそ、ひと思いに)
そんな気持ちになっていった。
絶望の中で与えられたわずかな光。
彼等はそれを目指して動いていく。
行く先が死地であったとしても。
そこから生還するなど考えもせず。
ただ、ひたすらにそちらへと向かっていく。
「ゾンビだな」
それを見ていた偵察のゴブリンが言う。
操られる死体。
自分の意志もなく動く存在。
監視をしてる者達には、勇者の軍勢がそう見えた。
「あんなのとやりたくねえ」
「ああ」
醸し出される不気味な雰囲気。
覇気のなさが生み出す、マイナスの思念。
怨念とでも言うべき負の感情をまとった集団。
それはゴブリン達に不気味な何かに見えた。
その感想も間違ってはいない。
確かにその軍勢は意気揚々としたところはない。
どいつもこいつも、疲れてくたびれていた。
しかし、そうだからこそ近寄りがたい何かがあった。
下手に手を出したら物騒な事になりそうな。
そんな気がした。
敷折ヒサカゲは、勇者の出立を聞いて胸をなで下ろす。
使い道のない負傷者達である。
いなくなってくれた事がありがたいという思いがあった。
人としてそれはまずいと思っていても。
何せ、労働力にならないくせに消費はしていくのである。
しかも、世話や介助が必要になる。
面倒を見きれるものではなかった。
それが今回、勇者の軍勢として出発していってくれる。
正直ありがたかった。
これで軍勢が領土を奪還してくれればなお良い。
それが出来なくても、壊滅するならそれはそれで良い。
負担がそれだけ減る。
それだけでも充分な成果である。
彼等の境遇には同情するが、統治者としてこの負担の重さには頭を痛めていたのだから。
それをどうにか出来るならしたい。
彼等を救えるなら救いたい。
そういう思いはある。
だが、現実にそんな手段は無い。
治療の魔術や奇跡を用いるのも簡単ではない。
万単位の負傷者など抱えきれるものではなかった。
それが今、消えていこうとしている。
「すまん…………」
軍勢の向かっていく方向に、小さくそう漏らす。
ヒサカゲに出来るのはそれくらいでしかなかった。
彼は強力な権力を持ってる。
だが、その権力をもってしてもどうにもならない事がある。
やむをえない事だというのは分かってる。
それでも彼には痛めるだけの良心があった。
だが、領主としては万単位の無駄がなくなる事を喜ぶしかない。
無駄に消えていく莫大な物資を他に回せるからだ。
今まで出来なかった事も出来るようになる。
そして、それを早速実行していく。
やらねばならない事は山積みになっている。
それらをこなしていかねばならない。




