293回 同じ部隊であっても、体験や経験を共有してるわけではない 5
「というわけだから、好きにやってくれ」
転移でグゴガ・ルの所にやってきたユキヒコは、そう告げる。
新たに発行された指示書・命令書を渡しながら。
受け取るグゴガ・ルは呆れながらそれを受け取る。
「いい加減だな」
「そらそうだ。
事態の収拾をはかってる場合でもない」
そんな時間はどこにもない。
「だから、こっちは任せるよ」
「そりゃあ、まあ、頑張るが」
問題なのはこちら側ではない。
分かれたもう一方だ。
「あっちはどうするんだ?」
「これから行くよ」
あっさりとユキヒコは答える。
「向こうにも好きに動いてもらうつもりだ」
「ほう」
「今更一緒に行動するのも無理だろ。
だから、好きなように動いてもらう。
まあ、どうするかは分からんけど」
迷惑にならないならそれで良かった。
ついでに戦果が少しでもあがるなら。
そして、壊滅するなら、それもまた良しである。
これは邪神官も了承してる事だ。
だからこそ、指示書や命令書が出ている。
「頭の硬い、真面目な馬鹿はいない方がいい」
グゴガ・ルの所に来る前。
ユキヒコは邪神官とイビルエルフにそう説明していた。
そういう性分の人間は邪魔にしかならないと。
なので、全滅するならそれで良かった。
発生する損害は、負債の処分として割り切らねばならない。
「生きていたら、これから別の所で問題を起こすだろうし。
ここで消えてくれた方がマシだ」
「むう……」
「やむなしか……」
邪神官とイビルエルフも納得する。
それが最善とまではさすがに思わないにしても。
そういった、無駄に融通のきかない人間が邪魔だというのは彼も感じているからだ。
そういう連中は、変なところに拘り、大事な事をまったく省みない。
おかげで迂闊に仕事を任せる事が出来ない。
やるべき事に手を付けず、どうでも良いことを延々と繰り返すからだ。
しかも、それで反省もしない。
どれ程損害が出ても、構わず同じ事を繰り返す。
他の方法を試すという事もない。
最初に思い込んだ事を延々と繰り返す。
下手すれば、指示や命令すらも無視して違う事を行っていく。
恐ろしいことに、それこそが指示や命令に従ったものだと言って。
根本的な理解力がない。
頭が悪いと言っても良いだろう。
それでいて真面目だから、同じ事を何度も実行する。
そして、何度も間違っていく。
色々考えてそういう結論や行動に辿り着いたわけでもない。
それこそ思い込み。
あるいは指示や命令を勘違いして受け取る。
いや、勘違いですらない。
自分の考えや思い、信条に心情などを基準にして解釈する。
指示や命令の本旨などかまいもせず。
ようするに、自分勝手なのだ。
他人の事を考えられない。
他者の意志や思いなど全く考えもしない。
相手が何を考えてるのかなど考えもしない。
自分以外の誰かに何らかの考えや思いがあるなど、それこそ全く思いつきもしない。
だから、指示や命令も自分の考えで解釈する。
そんな事をするから、どれだけ指示や命令を出しても意味がない。
そういう連中の扱いに邪神官もイビルエルフも手を焼いていた。
今回もそうした問題が噴出した形である。
遊撃隊の分裂は、それが最悪の形で吹き出たと言えた。
なのだが、この最悪も今は最善として活かすしかない。
「幸い、分離していたたゴブリンとまともな連中がいる。
今後はそれらを中心にして行動させていこう」
その言葉に邪神官もイビルエルフも頷くしかない。
「では、命令を新たに出せねばならないか」
面倒そうに邪神官が言う。
実際面倒である。
しなくて良い仕事が増えたのだから。
その分、言ってる内容を理解してない連中に腹を立てていた。
「そういう訳だから、遠慮無くやってくれ」
何があったのか伝えるユキヒコ。
聞いてたグゴガ・ルは新たな命令書を受け取りながらため息を吐く。
「どうしようもないな」
「ああ、どうしようもない」
やるせなさを感じるグゴガ・ルに、ユキヒコも同じように感じていく。
「でも、こうなっちまったなら、これで出来る最善を求めてくしかない。
グゴガ・ルはグゴガ・ルで動いてくれ。
遊撃隊の残り滓にも勝手に動いてもらうから」
「勝手にって…………それでいいのか?」
「構わないさ。
それが遊撃なんだから」
ある程度の裁量を完全に任せて自由に動いてもらう。
それが遊撃隊である。
一々指示待ちでは困る。
「それで戦果をあげるのが遊撃隊ってもんだ」
その為ならば、何をやってもよい。
戦況の好転、勝利の為ならば。
言ってしまえば、これが遊撃隊に与えられた指示であり指針である。
これを達成するよう努めてもらわねばならない。
「あいつらにはそれをやってもらわないと」
「失敗したら?」
「そうなったら処分するしかない」
「だろうな」
「けど、俺達が手を下すまでもないさ」
「ほう?」
「迂闊な事をする奴らは、敵も許さないからな」
「なるほど」
馬鹿げた行動をとれば、その分敵を利する事になる。
ユキヒコ達が手を下すまでもなく処分される事になる。
「それで少しでも損害を出してくれるならありがたい。
せいぜい頑張ってもらうさ」
肩をすくめるユキヒコは、そう言いつつも何一つ残念そうではなかった。
「俺はお前らなら出来ると信じてるから」
「はいはい」
グゴガ・ルは適当に返事をしておいた。
とってつけたような言いぶりだったからである。
「まあ、処理されないよう努力はする」
「それが出来るグゴガ・ルだと信じてるよ」
「あまり期待はしないでくれ。
数も減ってるんだから」
「分かってる」
そこはユキヒコも承知している。
部隊はなんだかんだで半数近くに減っている。
その分戦果は望めないだろう。
「一応、補充もよこすつもりだ」
「どんな連中だ?」
「ゴブリン。
それも新人」
「だろうな」
即座に補充が出来る兵力となると、それしかない。
つまり、能力の部分ではあてにならないという事になる。
「使えるのか?」
「使えそうなのを選んではいる」
実際にどうなのかは分からない。
今はユキヒコ達の見立てを信じるしかない。
「せめて、まともな奴なら何でもいい」
この際、能力よりも心理的な部分の方が重要だった。
どれ程能力値が高くても、放り出してきた遊撃隊の連中のような輩では困る。
頭の固い真面目では困る。
為すべき事と、避けるべき事をしっかりわきまえてる者が欲しかった。
「そこはどうなんだ?」
「出来るだけそういう奴を選んでるよ」
「それならいい」
一番大事な所が補われていたので安心する。
「全滅は避けられそうだ」




