29回 思い出────全ては何事も無かったかのように進んでいき
気持ちと思考、そして体はいくらか切り離せるようだった。
その後に行われた作戦でユキヒコは過不足なく役目を果たした。
おかげで作戦は成功し、魔族の撃退に成功する。
この方面における戦闘は、とりあえずは勝利をおさめる事が出来た。
その間の意識はほとんどなかったが。
その時何をしていたのか、記憶が曖昧だった。
思い出そうと思えば思い出せるのだが。
しかし、それは不快なものでしかない。
道案内を任されたユキヒコは、勇者と聖女達と行動を共にしていたのだ。
それが楽しいわけがない。
それでも仕事はどうにかこなしていたようだ。
必要なやりとりは行っていたようで、特に非難されるような事もなかった。
それどころか、事が終わった後に指揮官らに褒められたくらいだ。
「上手に案内などをしてくれたようだな」
「勇者殿からそう伺っている」
「出来るなら、仲間に欲しいとすら言われたぞ」
それだけの評価はもらえたようだった。
ただ、申し出については願い下げである。
口にはしなかったが、ふざけるのも大概にしろと叫びたかった。
しかし作戦中はそういった問題も起こる事はなく。
順調に事を進めていった。
そうして敵と遭遇し戦闘に入っていく。
軍勢と軍勢がぶつかりあう戦場。
その戦場で本体とは別に行動し、敵の背後をとっていく。
いくら勇者と聖女が強力だとて、軍勢そのものを相手にしては効率が悪い。
それよりも、敵の本陣、指令所を目指し、そこを潰したほうが効果的だ。
普通に考えれば、それはそれで無謀である。
確かに中枢を破壊できれば、敵軍は崩壊するだろう。
しかし、中枢部ならば護衛で固められている。
精鋭部隊によって。
そんな所に突撃するのは、かなり危険な行為である。
普通に考えれば、そんな事など思いつきもしないだろう。
思いついても実行は諦める。
勇者と聖女はそれを可能とする。
ユキヒコはそれを間近で見ることとなった。
案内した勇者と聖女たちによって。
「それじゃ、行くぞ!」
号令をかける勇者。
それにしたがって続いていく聖女達。
その戦いは凄まじいものだった。
敵中枢へと突進をしていく勇者達。
その動きだけで常人離れしていた。
女神の加護による、常駐型の能力上昇によるものだろう。
一瞬にして敵陣に到達した勇者と聖女達は、接触した敵を蹴散らしていく。
それは吹き飛ばすという表現が適切な戦い方だった。
剣の聖女は、接触した敵を剣で切り倒していく。
その衝撃で周辺にいた敵が吹き飛ぶほどの剣圧を放ちながら。
それにより剣の聖女が通った後には道が出来ていった。
死体が敷き詰められた。
守りの聖女は、迫る敵を寄せ付けない。
遠距離から放たれる魔術や矢による攻撃は全て勇者達の近くで消えていく。
守りの加護によるものだろう。
あるいは奇跡を使ったのか。
なんにせよ、攻撃はすべて無効化される。
近くにいる敵の攻撃も同様だ。
切り付けられようが、貫かれようが、攻撃の全てが無駄に終わる。
当たったところで怪我を一切しないのだ。
探索の聖女は、そんな勇者達を敵の本陣へと導いている。
戦場にいればどこにいるのかも分からなくなる。
何せ、視界のすべてに敵兵がいるのだ。
目指す方向などわかるわけがない。
だが、探知や感知に秀でた聖女は、それでも目的地がはっきり分かる。
そのため、勇者達は敵陣へと一直線に進んでいく。
相手が場所を移動しても、すぐに方向を修正しながら。
制圧の聖女は、迫る敵を一気に蹴散らしていく。
近づく敵は剣の聖女や守りの聖女が遮ってくれる。
だが、それらにかまけていると時間が無くなる。
そこで制圧の聖女が、近づく敵を一掃する。
彼女が放つ攻撃魔術が周辺の敵を一気になぎ倒していく。
加護や軌跡で魔術の効果を増加しているのだ。
これで勇者の周辺が一気に綺麗になる。
それはまさに一軍に匹敵する戦闘力だった。
話には聞いていた事を、ユキヒコは目の当たりにしていく。
人間の常識を超える巨大な力。
それが戦場で猛威をふるいれ、敵軍を壊滅させていく。
そして勇者である。
他の聖女たちに指示を出し、的確に行動をしていく。
状況を把握する奇跡を使ってるのあろう。
また、自分を含めた仲間たちの能力も向上させている。
これも奇跡による効果だ。
そうして全員を支援し、なおかつ自分自身も敵を切り倒していく。
時に剣を手にとって、剣の聖女と肩を並べ。
時に防護の奇跡で、守りの聖女と共に攻撃をしのぎ。
時に探索の奇跡で、探索の聖女と共に仲間を導き。
時に攻撃魔術を使い、制圧の聖女と共に敵を交互になぎ払う。
一つ一つの分野では、専門の聖女には劣る。
しかし、あらゆる分野の能力をもつことで、それらを的確に支えていく。
何よりも、中心になるものとして率先して進んでいこうとする。
その姿と気概こそが、勇者と呼ぶ所以だろう。
そして敵将に迫っていく。
周囲を守る親衛隊を倒し、将軍をとらえる。
なんとか抵抗しようとした将軍は、勇者の一太刀で呆気なく倒れていった。
それにより敵軍は指揮系統の中心を失う。
戦力そのものはまだ残っていたが、それらが効果的に動くことはなくなった。
あとは一つ一つの部隊が、イエル側の軍勢によって各個撃破されていく。
もうそれは、殲滅戦や掃討戦というべきものになっていた。
勇者達の活躍により、戦闘は戦闘と呼べるものではなくなった。
一方的な蹂躙でしかない。
味方の損害は最小限におさえ。
敵には最大の打撃を与え。
戦闘は程なく終結した。
全てが終わって凱旋し、勇者と聖女は歓呼の声で迎えられた。
とはいえ、最前線にある基地であり、その規模は限られている。
出迎える者の数は高が知れている。
それでも、そこにいるほとんど全ての者達が出迎えた。
声高に功労者の功績をたたえながら。
「勇者、万歳!」
「聖女に栄光を!」
「女神の祝福を!」
そんな声が基地のあちこちから上がる。
全員があらん限りの声を出し、これでもかというほど手を打ち鳴らす。
そんな彼等に応えるように、勇者と聖女が手を振っていく。
歓声は更に大きく上がった。
帰還した軍勢も同じだった。
間近で見た凄まじい力に驚き、それがもたらした奇跡のような勝利を見た。
そんな彼等も勇者と聖女をたたえていった。
どんな困難があろうとも、この力があれば自分達は安泰だと。
この力を授けた女神への崇拝の念を更に強めながら。
「勇者、万歳!」
「聖女に栄光を!」
「女神の祝福を!」
出迎えた者達と同じ言葉を叫んでいく。
ただ一人の例外を除いて。
勇者と聖女に向けられる歓声。
それをユキヒコは冷めた目で見ていた。
確かにすごい存在だった。
味方としては頼もしい。
しかし、決定的な違いを見せ付けられもした。
そこに追いつくのは無理だろう。
努力でどうにかなるようなものではない。
ある種の諦めがユキヒコの胸に沸き起こっていった。
そして。
「じゃあね、ユキヒコ」
ダメ押しとばかりに、ユカの声がかかる。
彼女が勇者と共に帰還する日の事だった。
それは何気ない挨拶のようなものだった。
しかし、決別を告げるようなものにも思えた。




