285回 こちらとあちらの部隊展開とそれにまつわるあれこれ 2
イエル側の軍勢は、宣言通りに出陣。
その総数は5万。
正確な数は不明だが、イエル側はそう呼号している。
多少の誇張はあるだろう。
そうして味方の士気を上げ、敵の意欲をそぐのはよくある手法だ。
なので、実数は主張する数の8割程度と見積もるのが定石になっている。
それでも4万ほどはいる事になるので、これは確かに大軍だ。
ただ、続くソウスケからの情報で、この軍勢の戦闘力は更に低い事が予想された。
「まさかあいつらを使うとはな」
邪神官が驚き呆れながらぼやく。
5万を称す軍勢。
それを構成するのは、彼らが手足を潰して追放した者達である。
その事を邪神官達はこの時ようやく知った。
「そりゃあ、確かに数だけは確保出来るだろう」
「まともに動くことは出来ないでしょうけどね」
イビルエルフが、これまた呆れながら考えを口にする。
「概ねゴブリンと同程度の戦力として。
5万という数が正しいとしても、戦力としては5割程度と考えてもいいでしょう」
「いや、それはさすがに見くびりすぎだ。
まあ、人数通りの戦力という事はないだろうが」
それでも脅威は脅威である。
これだけの数が一直線に向かってきたら、面倒なのは確かだ。
「それに」
ユキヒコも問題点を示していく。
「戦闘もそうだが。
これで向こうはかなり楽になる」
「そうだな」
「確かに」
邪神官もイビルエルフもそれは把握していた。
「これであいつらは数万というお荷物を捨てる事が出来る」
「その分、余裕が出来る事になる」
直接の戦闘能力とは別に、戦略としてそれだけの意義がある。
住人達をけが人にして送り返したのは、イエル側への負担を増やすためだった。
一つの都道府県分の人数を抱える。
それがもたらす継続的な消耗を与えるのが狙いだった。
だが、それが今無くなった。
進軍の為に糧食などを届ける必要はあるだろう。
しかし、それも今回の戦闘だけで済む。
仮に今回の出撃が失敗に終わっても、それはそれで問題はない。
戦果はなくても、継続的な負担が消えるのだ。
イエル側としてはそれだけでもありがたい。
この際、損失や損害など全く無視できるのが強みだろう。
それこそ烏合の衆なのだ。
それらが消えたところで悪い影響は無い。
戦果がなくても問題は無い。
ある程度は欲しいだろうが、無くても全く痛手にはならない。
短期的には何かしらの問題があるかもしれない。
しかし、中期長期の観点からすれば、ここで負傷者を削る事の利点の方が大きい。
今回出撃する者達は捨て駒なのだ。
無くてもいい、居ない方が良い者を集めて放り出す。
そんな者達に戦果など求めてはいない。
多少は戦力を削れれば良いだろうが、目標の達成など求めてないだろう。
万が一にも、戦果をあげれば万々歳。
捨て駒で勝ちをとる事が出来るのだ。
これ以上ありがたい事は無い。
イエル側からすれば、どう転んでも失敗の無い出兵だった。
国内への影響もさほど問題は無い。
これが負傷者を切り捨てるといった事なら、国内から非難もあったかもしれない。
しかし、それを祖国奪還の為という大義名分が隠してくれる。
負傷者が立ち上がり、自分たちの手で取り戻そうとしてる。
そう宣伝すれば、たちまち美談となる。
国内の士気の低下はまずありえない。
なによりこういった事をさせる指導部────という印象は無いだろう。
一番大きいのは、勇者にひきいられたという事である。
それに伴う自発的な行動となれば文句のつけようがない。
その勇気や意欲、自己犠牲さなどが評価されるだけだ。
最悪な状況の中における戦意高揚としての効果もある。
不穏な状況であるからこそ、人は明るい話に飛びつく。
その真偽を確かめる事もなく。
また、その内訳を知ろうともせず。




