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28回 思い出────見たくもない事実、でも目を背けることはできない

 薄く明かりが灯っていた。

 蝋燭ではなく、長時間保つランプのようだった。

 引火を気にして、火が直接触れない者にしてあるのだろう。

 その光が室内を照らしている。



 裸の男女がそこで肌を重ね合わせていた。

 何をやってるのかは言うまでもない。

 当然ながら、そこにいるのは勇者と聖女。

 それらが互いに相手を求め合っていた。



 それを眺めにきていた者達は、小さく興奮の声を漏らす。

 目の前で展開される生の行為を見て。

 そして誰もが納得していく。

 話に聞いていたが、本当に勇者と聖女の関係はそういうものなのかと。



 噂であった事をこれ以上ないくらい明瞭に確かめる。

 ついで、それを見て誰もが高ぶっていった。

 まして世界においては高名な存在である。

 それも興味をかきたてる理由になる。

 勇者は能力優れ、人柄朗らかでもある。

 対になる聖女も、見目麗しく気性も素晴らしい者達である。

 そんな者達の織りなす行為である事もあって、興奮は更に高まっていく。



 一人を除いて。



 それを見たユキヒコは、目的を達したのでその場を後にした。

 これ以上見ている必要が無い。

 見ていたくもない。

 もとよりそうなってるだろうと諦めていた。

 実際に目で見た衝撃は、そんな覚悟すら吹き飛ばすほど大きかった。

 無言で、それでも静かにその場から離れる。

 ため息を押し殺すのに必死だった。



(やっぱりか)

 テントから抜け出し、宿舎に戻っていく。

 夜風が気持ちいいが、気持ちをなだめるには至らない。

 どうなってるのかを知りたくて忍び込み、その目的を果たした。

 結果は最悪だった。

 頭の中では先ほどの見た行為が何度も再生される。

(…………)

 その都度胸が熱した刃で切り刻まれる感覚をおぼえる。

 テントの中、裸の男女。

 その中で絡みあっていた勇者と聖女。

 いや。

 ユカと勇者。

 その姿を見て、思考が一気に停止していった。



『勇者様……』

 呼びかける甘い声も再現される。

 妄想などではない、そこにあった現実が忠実に呼び起こされる。

『好きです、好き……』

 そこまで熱烈に慕っているのかと思わされた。

 ユキヒコはそんな声をついぞ聞いた事がないというのに。



 それを黙って見ているくらいの冷静さが。

 静かに聞いてるだけの落ち着きが。

 それを備えてる事にユキヒコ自身が驚いていた。

 それは単に、感情が壊れているだけかもしれないが。



 それでも思考は見聞きした事を繰り返していく。

 歯止めがかからない。

 見たくもなかった事をなのに、何度も思い出してしまう。

『お前、いいのか?』

 その中には勇者の台詞もあった。



『知り合いがいるんだろ』

『……言わないでください』

 そう言って勇者の言葉が遮られた。

 勇者は勇者で何か気にしているようだ。

 しかし、事実を確かめようとする彼の言葉を、ユカが止める。

『私は聖女で……勇者様と共に歩むのですから……』

 それが彼女の答えであった。



『村から出て分かったんです』

 熱い吐息の中で言葉を紡いでいく。

『何も知らなかったんだって』

 事実、ユカは村の中の事しか知らなかった。

 その中で全てが完結していた。

『でも、女神様に選ばれて、外に出て。

 世界が広いんだって知ったんです』



 だからこそ考え方が変わっていった。

 知らなかった物事を知り、判断材料が増えていった。

 選択肢が増えていった。

 そうなっていく中で価値観も変わっていった。



『好きだと思っていただけなんです』

 それまではそれが本気だと思っていた。

 だけど、色々な事を知って、それが狭い範囲で選んでいただけだと分かった。

 自分の知ってる中で一番だと思ってたものを選んでただけだと。

『私が好きなのは……あなたなんです……』



 悪い人ではなかった。

 良い人であっただろう。

 だけど、好きだったのかと問われれば今は違う。

 知ってる範囲だけで決めつけていただけ。

 自分でもそう思い込んでいただけ。



『勇者様が……』

 思いの丈を口にしようとする。

 しかし、それを他の誰かが聞く事はなかった。

 全てを言う前に勇者がその口を塞いだ。

 自分の口で。

 そこからは声もなく。

 吐息が漏れるだけ。

 重なり合った唇の隙間から。



 そこから出てきたユキヒコは、いつの間にか部屋に戻ってきていた。

 意識はほとんど無かったにもかかわらず。

 そのまま布団の中に飛び込み、ため込んでいたため息を吐き出す。

 出世して、ようやく手に入れた狭い個室。

 ようやく手に入れた待遇だ。

 その事が今はありがたかった。

 情けない姿や態度を見られずに済むのだから。



(でも……)

 これで理由が無くなったのを感じた。

 頑張ってきたのは何のためだったのか。

 何を目指していたのか。

 その根っこの部分を失った。

 あるいは、目指していた先が消えていった。

(何やってんだろ)

 これまでに費やした時間の全てが徒労に終わっていく。



 散々苦労して身につけた技術も。

 死に物狂いで得てきた経験も。

 それらによって手に入れたものも。

 何もかもがむなしくなる。



 例えば、ユキヒコが使ってる個室。

 義勇兵としては破格の待遇である。

 大きさは六畳一間くらいの小さなものだ。

 だが、これを得られる義勇兵は多くは無い。

 使える人材である事を示した者だけが得られるものだ。


 しかし、今やそんな事もどうでもよくなってきた。

 小さな個室も、自分の栄誉や成果を示してるとは思えなかった。

 どんだけがんばっても、自分はこれだけなのだとすら思ってしまう。

 隔絶した立場の者達との境遇を見るとどうしても。



 例えば勇者と聖女が使ってるテント。

 それだけでもユキヒコの部屋よりも豪奢に見える。

 屋外にしつらえられてるにも関わらずだ。

 むしろ、野外での仮設小屋のようなそれですら、小さな部屋よりも快適に思える。

 これが普段使ってる宿舎などだったら、どれだけの差があるのか。



(やんなるな)

 卑屈すぎるかもしれない、そう考えるのは。

 比べるようなものではないかもしれない。

 そもそも比較する事自体が間違ってるのかも。

 だが、どうしてもユキヒコは己と、勇者の違いを考えてしまう。



 そんな自分がこれから努力してもどうなるのか、と考える。

 結果などとっくに分かってる。

 おそらく何も変わらないだろうと。

 活躍すれば、今より待遇は良くなるだろう。

 これよりも更に良い環境を与えられるだろう。

 給料も跳ね上がり、自立して生活する事も出来るだろう。



 しかし、それはあくまで一般人としての栄達だ。

 そもそもの基点が違う勇者や聖女と比べられるものではない。



(これで努力してもなあ)

 どうあがいても勇者や聖女のいる所にはとどかない。

 それこそ、勇者や聖女と同等の強さでも持ってなければ覆す事は無理だろう。

 一軍を率いる将軍くらいにでもなれば、話は違ってくるかもしれない。

 だが、出自が平民庶民のユキヒコがそこまで出世できる可能性は無い。

 そこには身分という壁がたちはだかる。

 一代でのし上がる英雄というのは、そうそういるものではない。

 


 何よりも打ちのめしてるのは、そういった身分といったものではない。

 ユカの気持ちの方だ。



(もう、どうでもいいんだな)

 自分はもうユカにとってどうでもいい存在なのだと。

 それをはっきりと聞いてしまった。

 聖女になったあの娘にとって、ユキヒコとはどうでもいい存在なのだと。

 強いて言うならば、友人や知人の一種なのだと。



 大切な相手だと思っていたのは、ユキヒコからの一方的な想いだった。

 ユカにとっては、とっくにそんな存在では無くなっていたのだと。

 認めたくはなかったが受け入れるしかない。

(きっついな……)



 気持ちの整理がつかない。

 頭が動かない。

 どうすればいいのか分からない。

 それでも一つだけはっきりしている。

 これを認めないといけない。

 でないと先に進めない。

 何も始まらない。



 いや、始まるというよりは終わってしまったのだが。

 終わりは終わりで認めねばならない。

 ここから先の事を考える為にも。

 それが分かってるからユキヒコは、全てを認める事にした。



 そして知る。

 本当に悲しくて悔しい時には、人間泣くことも出来ないと。

 胸が塞がれるような、締め付けるような感覚をおぼえるのだと。

 絶叫も無く、感情が荒れる事はないのだと。

 ただただ、気持ちが凝縮され淀んでいき、全ての感情を引きずりこんでいくのだと。

 それはさながらブラックホールのようだった。

 重力の中に取り込まれ、光さえも逃げ出せなくなる。

 そんな中に、ユキヒコは引きずりこまれていくのを感じた。

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