275回 面倒な勇者という存在への、ささやかな対抗手段 5
確かに督戦隊は存在する。
しかし、常にそれらが張り付いてるわけではない。
それらが出てくるのは、それなりに大規模でそこそこ重要な戦争くらいだ。
毎度毎度出撃させていたら、それだけで手間がかかってしまう。
兵隊を動かすのも楽では無い。
その手間を常にはらうわけにはいかない。
今回の戦闘、そこまで重要というわけではない。
成果が得られればそれで良いが、一回でそれが出来るとは思ってない。
第一、ろくに訓練もうけてない犯罪者とゴブリンでは高が知れている。
無理矢理でも戦ってもらわねばならないが、それでも督戦隊をつけるほどではない。
ここで逃げてもさほど問題は無い。
とはいえ、その際には敵の追撃がつくので、無事では済まないだろう。
逃げおおせる者達もいるだろうが、そうでない者の方が多くなる。
結局、彼らはここに突入させられた時から詰んでいたのだ。
また、ユキヒコが彼らに告げた言葉もある。
『逃げたら俺がお前らを許さないから』
その言葉が彼らの心に釘を刺していた。
逃げ出せばもっと酷いことになると思わせながら。
そんな彼らは必死になって土嚢を投げ込んでいく。
堀を埋めて前に進み、敵陣に突入する為に。
その先にしか安全は無いと思い込んで。
いるはずのない督戦隊、そして彼らをけしかけたユキヒコを恐れて。
そのどちらも、彼らにとっては脅威で恐怖だった。
目の前の敵よりも。
その必死さのおかげか、土嚢によって堀は埋められた。
人が渡れる程には。
そこを通って犯罪者とゴブリンの一群は塀に到達する。
木組みのそれに向かって残った土嚢を積み上げ、足場を作っていく。
それを阻止しようとする攻撃を大盾で防ぎながら。
木組みの塀の向こうから、イエル側の兵士達が次々に矢を射かけてくる。
また、近づいてくる敵に岩を投げつけたり、煮立ったお湯をかけたりもしている。
それにより撃退される者も出てくる。
だが、前しか見えなくなってる犯罪者とゴブリン達はそれらに屈しない。
ついには積み上げた土嚢で塀を踏み越えていく。
「突破されたか」
その様子を見ていた指揮官は、意外と冷静だった。
こうなると踏んでいたからだろう。
敵の数が一定以上で、練度や士気がそれなりだった場合、攻勢を防ぎ切れるものではない。
ある程度は押し切られる事は覚悟しなくてはならない。
その上で対応や対処を考えていく必要がある。
その為の戦術であり対応策である。
塀を乗り越えられる事だって想定してある。
「一旦、引け!」
出すべき指示はこれである。
敵が乗り越えてきたら、塀にこだわっていても仕方ない。
それよりも敵がある程度簡単に侵入できるように、警戒を一部ほどいていく。
そうすれば、敵がわずかな侵入口に殺到し、対処が楽になる。
敵がいくら大量であっても、一度に侵入できる数が限られてるなら対処しやすい。
数人の侵入者に、十数人であたれるように出来るなら。
今のイエル側にはそれだけの余裕がある。
「一人も討ち漏らすな」
冷酷な命令がくだる。
言われるまでもなく、イエル側の兵士は侵入者を排除していく。
列を作って突入する犯罪者とゴブリン達は、待ち構えてる兵士によって倒されていく。
それでも侵入時の勢いは止まらず。
徐々に犯罪者とゴブリン達は内部へと浸透していった。
それでも多勢に無勢だ。
どうにか内部にまで入り込んだのはいい。
しかしそこで終わりだ。
そこから先があるわけではない。
ユキヒコが出した指示は、堀と塀を乗り越える事。
それからどうするというのはない。
強いて言うならば、あとは好きにしろという事になるだろうか。
生き残りたければ自分でどうにかするしかない。
だが、考えてる余裕があるわけもない。
周りは敵だらけ、逃げ場所は無い。
そんな所で悠長に頭を使ってる時間は無い。
襲ってくる敵をしのぐのが先だ。
それもかなり難しい。
渡されたものの中で武器になりそうなものはスコップだけである。
それだけで敵と戦うのは難しいものがあった。
スコップ自体はなかなか使い勝手の良い武器にもなるのだが。
さすがに武装した兵士相手では分が悪い。
そんなもの一つで敵陣に突入してるのだ。
目の前の敵を倒す意外の事を考えてる場合ではない。
それでも犯罪者とゴブリン達は善戦した。
侵入した場所から少しずつ内部に入り込み、敵を倒していく。
どれほど仲間が倒されてもくじける事無く。
というか、気持ちはとうにくじけていた。
死ぬのが確定した戦場に無理矢理放り込まれた時点で。
それを強要するユキヒコと督戦隊の存在によって。
それらによって気持ちはとっくに死んでいた。
今の彼らは、勇気を振り絞って前に進んでるのではない。
やけになって恐慌状態に陥ってるだけだ。
だからこそ何も考えずに前だけ見て進む。
戻れば死ぬという恐怖から逃れる為に。




