272回 面倒な勇者という存在への、ささやかな対抗手段 2
「それじゃ、仕事だ」
集まった連中に、能力を使って声をかけていく。
大声を出さずとも、全員の頭の中に直接語りかける。
「これからお前らには敵地に突入してもらう」
聞かされていた者達は肝が冷えるのを感じた。
それはとてつもなく派手な自殺の指示でしかないからだ。
「まってくれ!」
度胸のある、あるいは考えなしの誰かが発言をした。
「そんな事したら、俺たち死んじまう!
あの壁や堀をどうやって越えりゃいいんだ」
敵の防衛設備は日々増築されている。
何の訓練もつんでない、そして攻略用の兵器もない者達には攻略しがたいものがある。
やってやれないわけではないが、多大な犠牲をはらう事になるだろう。
それが分かるくらいの頭を持つ者もいるようだった。
粗暴なだけの体力馬鹿というわけではない。
「良いところに気づいた」
素直にそこは賞賛してやる。
しても何かが減るわけではない。
「今のお前らでは色々足りないだろう。
だが、無いなら作ればいい」
その言葉に唖然とする一同。
それはそうだろうが、どうやって作ればいいのかという事になる。
「難しく考えるな。
塀と堀を越えられればいいんだ。
丸太でも渡しておけばいい。
なんなら、そこに階段でも刻んでおけ。
できるならはしごでも作ってみろ」
ユキヒコはなんて事もないように伝えていく。
「最悪、塀も堀も、死体を積み上げればいい。
敵に突進すれば、嫌でも出来上がるから調達は楽だぞ」
ふざけるなと誰もが思った。
だが、声に出す者はいなかった。
そんな事をすればどうなるかは、既に何度も実例を見てきている。
そんな事をするほどの馬鹿はさすがにいない。
ここにいるのは犯罪者やできの悪いゴブリンではある。
しかし、この僻地に追い込まれてから何ヶ月も生き抜いてきた者達だ。
更に言うならば、犯罪者は悪辣非道な事をし続けてなんとか今まで生き延びた者達だ。
抜け目ないところは備えている。
そんな連中だからこそ、ユキヒコに逆らおうとは思わなかった。
反発すれば容赦なく叩き潰されるのが分かっているのだから。
「それじゃ、がんばってみよう。
何、死ぬ気になれば何でも出来る出来る。
死なないように頑張れ頑張れ」
そう言ってユキヒコはその場から飛び去っていく。
空に浮かんでいくユキヒコを、犯罪者とできの悪いゴブリンたちは驚きながら見上げる。
「それと、一応注意しておく」
まだ何かあるのかと誰もがうんざりした。
「三日以内に行動を起こさなかったら、お前ら全員殺すから」
犯罪者とゴブリンの顔から血の気が引いていった。
「そうなりたくなければ頑張って行動にでろ。
死にたくないなら、結果を出せ。
生き残るなら、敵を倒して陣地を越えるしかない。
それ以外は死ぬだけだからな」
逃亡・撤退は許さないという事なのだろう。
「でも、俺も悪魔のイエルじゃない。
少しばかり道具と知恵は貸してやる。
だから、それを使ってがんばってみろ」
その言葉の直後、犯罪者とゴブリンの頭の中にユキヒコからの提案が送り込まれてくる。
テレパシー/念話で方法を伝えてるのだ。
これにより7000人ほどの集団には一応の攻略法がたたき込まれる。
「それじゃ、道具をとってくるから。
お前らはここで準備をしておけ」
そう言ってユキヒコは、その場から飛び立っていった。
残された犯罪者とゴブリンは、顔を見合わせていく。
これからどうすると問うように。
そんな彼らの所に、ほどなく荷馬車が何台か到着する。
そこには、当面の食料と粗末な大盾にスコップ、麻袋が積み上がっていた。
「それじゃこれをお前らに支給する。
あとはお前ら次第だ。
頑張ってこい」
そう言って荷馬車と共にユキヒコは去っていく。
残された道具を前に犯罪者とゴブリン達は、盛大なため息を吐いていく。
「やるしかねえのか……」
「やらなきゃ殺されるしな」
ぼやきながら道具を手に取っていく。
渋々であるが、出された指示通りに動いていく。
そうしなければ生き残る事が出来ないのだから。




