268回 対抗手段があっても面倒なのが変わるわけではない勇者という存在 3
『小森タツハル』
最初、それが誰の声か分からなかった。
女の声という事だけは分かった。
タツハルにはどうでも良いことだったが。
未来もまともに動く体も失って呆然としてたところだ。
耳に誰かの声が入っても、それで反応を示すという事が少なくなっていた。
だから分かってなかった。
女がいないこの場所で、女の声がする事の異常さを。
そんなタツハルの耳に声は、
『今、大いなる危機が迫ってます。
それに抗い、打ち砕く為にあなたの力が必要なのです』
と告げてくる。
何のことだと思う前に、
『その為に私も力を貸しましょう。
これがあなたの助けになりますように』
と言われた。
言い終わると同時に体が温かくなった。
体温が上昇したといったものではない。
落ち着いたリラックス出来た時のような。
凝り固まった筋肉をほぐされたときのような感覚に近い。
それによって体から余計な力が抜けて弾力を取り戻すような。
マッサージなどを受けた後のような感覚に近い。
説明するとなると、これが一番近いだろう。
体の感覚が戻ってくる、本来発揮できる力を取り戻す。
(なんだ?)
初めて感じるその感覚に戸惑う。
その次の瞬間、驚愕する。
視界がいきなり戻ったのだ。
今まで片目のために狭まっていた視界。
それが元に戻った。
耳も、片側だけからしか音が伝わらなくなっていた。
それが左右両方から音が拾えるようになっている。
思わず目や耳に手を当ててしまう。
潰されてる方の腕で。
まさかと思って腰を浮かしてみる。
そのまま両足でしっかりと立つことが出来た。
「あ、あ、あ、あああああああ!」
あまりの事に大声をあげる。
その声に意気消沈していた何人かが目を向ける。
その視線を受けながらタツハルは、己の身に起こったことを理解していく。
自分に声をかけたのが誰だったのかも。
「女神……イエル様!」
さして信心深いわけでもなかったタツハルである。
だが、我が身に起こった奇跡はそんな心に変化をもたらす。
それまで儀礼的に、周りにあわせえてなんとなくやってた礼拝。
それをタツハルは、この日初めて自発的に行った。




