265回 作っていく、信頼と実績とつけいる隙に入り込む道具 3
手始めに、あちこちで勇者についての話を聞いていく。
「小耳に挟んだんだけど」
「そんな話を聞いたんだけど」
世間話のように口にしていく。
それを聞いた者は、大半が驚く。
この悲惨な状況で起こった明るい話に。
その反応を見て、情報の出所を探っていく。
初めて聞いた話に驚くのか。
そういう噂を聞いた事があるとのってくるのか。
それとも、不自然に否定したり動揺したりするのか。
そういったそぶりから本音を伺っていく。
ひいきにしてくれてる客だけではない。
仕入れ先や大口の取引先になってくれた商店や工房。
果ては役所など。
出入りするついでにそういった所にも聞き込みをかける。
もちろん、世間話としてだ。
素直に話してくれる事はないが、それでも対応や態度の違いが大きな情報になる。
そういった情報を少しずつ少しずつ集めていく。
(やっぱり、これかな)
集めた情報を机に広げ、整理していく。
何が違うのか、どこが同じなのか。
そうした事を調べていくうちに、いつもと違う動きを示すものが見つかっていく。
売り上げが一瞬だけ増大した瞬間とか。
逆に在庫がやたらと増えた時期だとか。
それら一つ一つだけならば一過性の出来事だと思っただろう。
しかし、それらをつなげていくと、人等の動きを見せてくる。
(物が……動いてる?)
大量購入、その為の発注。
在庫の発生した時期と、それが解消された頃。
それらは、ある時期からとある場所を目指すように動いている。
品物の購入とその移動。
その軌跡が売り上げや在庫の動きから見えてくる。
それに加えて、各地で聞いた現地の者達の声。
それらも物や金の動きに連動するように変化をしている。
人が増えたとか。
出入りが多くなったとか。
あそこから注文が入ったとか。
最近物入りが多くなったとか。
そういった話を耳にするようになった場所がある。
更に、商品の仕入れの際にもちょっとした変化が見られた。
最近、大口の注文を受けたとか。
別の所に商品をとられたとか。
手がいっぱいで受注を受ける余裕が無いとか。
物が手に入らない事も度々あった。
それもとある時期から。
(何かある)
それが何なのかは分からない。
噂に聞いた勇者に関わる事なのか。
それとも、それとは別に何らかの動きがあるのか。
まだ思惑は見えないが、何かが起こってるのは分かる。
それが何なのかを掴むのは難しそうだが。
(まだ、もうちょっと調べないと駄目か)
現状ではこれ以上を求めるのは難しい。
もう少し組織の規模や能力が上がらないとどうにもならない。
それが分かったのも、収穫の一つである。
(とりあえず、これを報告だな)
情報をまとめて報告書を書く。
手短にまとめたそれを、待機していた者達に渡す。
イエル側に潜入してる工作部隊の者達だ。
ソウスケの構えた事務所を拠点として様々な活動をしている。
ユキヒコ達との伝令も仕事の一つだ。
「頼む」
無言で頷く工作部隊の者は、夜の町の中に消えていく。
そのまま町の外に出て、待機してる者に報告書を渡す。
受け取った者は、そこから走って最寄りの伝令の所まで進む。
山越えの伝令も、今は更にイエル側の国内に進出し、情報の受け取り・受け渡しの窓口を作っていた。
あまりおおっぴらに活動出来るわけではないので、そう頻繁には利用出来ないが。
それでも一日もあれば異種族連合/魔族とイエル側の国境地帯の間を行き来する通信網が出来上がっている。
そんなものの存在を許すほど、イエル側に余裕がない証拠でもある。
人目につかないよう気をつけてる為でもあるが。
何にせよ、情報の伝達は魔術などを使わずとも相当な速度で行き来するようになっていた。




