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26回 思い出────後戻りは出来なくて

「……なんてこった」

 一人になったユキヒコは目眩をおぼえた。

 体に力が入らない。

 ふらふらとして足下がおぼつかない。

「こうなるのかよ……」

 先ほどの事を思い出して呆然となる。


 無駄に丁寧なユカの態度。

 それはユキヒコを『その他大勢』の一人として扱っていた。

 本心はどうなのか知らないが、少なくともユキヒコにはそう感じられた。

 立ち上る気もそういったものをかもしだしている。



 何よりもユカから出ている気。

 その形というか有り様がおかしかった。

(何があった)

 5年。

 その間にどういう事が行われていたのか。

 それが気になった。

 聖女としての生活や教育など。

 それらによってああなったのだとは思う。

 それがどういったものなのかが分からない。

 しかし、

(ああなっちまうなんて)

 何かがねじくれてるのだけは確かである。



 それがないにしても、5年という年月が経っている。

 その間に気持ちが変わる事もあるのだろう。

 少なくとも、周りにいる者達との関係を深めはするだろう。

 その中で、かつての隣人の優先度が下がっても無理はない。

 記憶だって薄れる。

 ユカにとって、ユキヒコはその中の一人でしかないのだ。



 それが更に苦しめてくれる。

 結婚目前までいっていた相手でもそうなのかと。

 そんな相手すらどうでも良くなるほどの何かがあったのかと。

 隔離されていた状況で何がどうなっていたのかは分からない。

 それでも、こうなるのが腹立たしく。

 何よりむなしく思えてきた。



(ガキの約束だしなあ……)

 所詮はその程度のものだったのかもしれない。

 ユカにとっては、ユキヒコとの事というのは。

 そんな考えが浮かんで来てしまう。

(そんなもんなのか?)

 人の気持ちというのはその程度なのだろうかとも。

 だとしたら、何のためにこんな事をしてるのかとも思ってしまう。



 言ってしまえばそれも、村の中だけでの話ではある。

 もうすぐ15歳で成人というユキヒコにとっては、割と現実的な話ではあった。

 しかし、それよりは年下のユカにとっては、そうではなかったのかもしれない。

 世間的な区分では子供と言って差し支えない年齢だったユカ。

 そんな彼女には現実感を持てなかったのかも。

 ユキヒコの事も仲の良い者の一人くらいに思っていたのだろうか。

 そんな子供に、結婚を現実的に理解しろというのも無理はある。



 そんなユカも今は、当時のユキヒコと同じくらいの年齢だ。

 ある程度自分の境遇を、現実的に考える事が出来る頃合いである。

 となれば、今の彼女の周囲の状況を中心に考えるものだろう。

 聖女としての環境を。

 そこにユキヒコはいない。

 そんな彼女に、ユキヒコとの事をとやかく言うのも酷なのかもしれない。

 そもそもとして、今のユカの周りにあるのは聖女としての空間と時間だ。

 大人となった彼女にとって、それが大事なのだろう。



 そこには勇者という存在がある。

 聖女にとってそれがどんなものであるかは、ユキヒコとて知っている。

 義勇兵になってから、それに関わる話をよく聞くようにもなった。

 村にいた頃よりも詳しくなっている。

(勇者の連れ添いか……)

 意味する所は一つしかない。



 公私にわたる勇者の相棒。

 公の部分では、勇者と共に歩む、戦う者。

 私においては、勇者と共に生活する者。

 当然ながら、それは清い関係というわけではない。

 男女の交際であるのが自然なものである。

(…………)

 それを思うだけで心が締め付けられていく。



 勇者と聖女の関係は強固なものである。

 聖女が勇者から離れるという事はまずありえない。

 聖女に婚約者がいようが、既に夫婦であろうが関係がない。

 選ばれたならば、容赦なく聖女として取り立てられる。

 配偶者がいて、その間に子供が生まれていようとも。



 教会は女神イエルに従い、他のあらゆる者から引き離す。

 そして、勇者と組み合わせ公私にわたる関係にさせる。

 それが当たり前と言われるのが、イエルが布教された世界だった。

 少なくとも教会の教義とこの国の常識ではそうなっている。



「勇者なら聖女といちゃついてあたりまえ」

「それに文句を言う方がおかしい」

 これが世間一般の考えである。

 聖女認定を受けた女から引き剥がされる者達も、ならば仕方ないと思って諦めていく。

 だいたいにおいてこれが普通と言われていた。



 これが全てという事はない。

 少数だが、それでも引き離されることに異を唱える者もいる。

 何とかして相手を取り戻そうとする者もいた。

 しかしそれらには、

「聖女になったのだから、付き合ってたとしても別れて当然」

「夫婦が引き離される事だってあるのだ」

「お前も我慢しろ」

という同調圧力がかかる。



 それを前に、たいていの者が折れる。

 折れなくても潰される。

 噂ではあるが、どうにかして取り戻そうとした者はその後行方不明になるとか。

 おそらくは消されたのだろうといわれている。

 それ位、勇者と聖女の関係は優先されている。



(そうなんだろうな……)

 それらは事実なのだろうと思った。

 ユキヒコが体験した出来事からそう思える。

 周りの者達の強硬姿勢。

 教会がとった断固とした態度。

 それらを考えると、嘘や出鱈目とは思いがたい。

(だったら)

 そこまでさせる教会とは何なのか?

 女神イエルとは何なのか?

 ユキヒコの中で今までくすぶっていた思いが形になっていく。



 明確にユキヒコが女神イエルに。

 それが作った世界、いや、世間の在り方に。

 疑問をはっきりと抱いたのはこの時だったのかもしれない。

 それはもう疑念などというあやふやなものではなく。

 叛意というはっきりとした形になっていた。



 そんな事をさせるこういった者達に。

 それを排除しよとしない世間や国に。

 強烈な嫌悪感を抱いていった。

 ユカを造り替えられた事がそれに拍車をかける。



 それでもまだ何かを信じようという思いもあった。

 そういう事にはなってないのではないかと。

 願望でしかないが、ユカと勇者がそんな関係でないと思いたかった。

 だが、思っているのと現実が一致するとは限らない。



(見に行ってみるか)

 気は進まないが確かめようと思った。

 幸い、目の前の現実が存在してるのだから。

 あとは、行くかどうかである。

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