255回 質が量を上回ることはない 3
「あと、クロスボウ。
これもなるべく多く調達してる」
「ありがたいね」
こちらもユキヒコの要望だった。
普通に考えれば戦力になりにくいゴブリン。
それを少しでも戦力にするために、ユキヒコはクロスボウの導入を進めていた。
強力な弓を引くには相応の力が必要になる。
だが、そんな力を持つ者は少ない。
筋力に優れた鬼人族ならともかく、他の種族ではそこまで強力な弓を引ける者はいない。
このため、飛距離を出せる程強い弓を使える者は少なく、部隊編成に難儀していた。
それを解消するためにクロスボウの量産を急がせていた。
クロスボウであれば、弦を一旦引き絞れば、後はその状態で固定出来る。
そうしてからなら、誰でも射撃が出来る。
それこそゴブリンでも難なく。
そして、弦を引いて射撃可能状態にするのはそれほど難しくはない。
専用の器具を使えば、弦を引く事はゴブリンでも可能だからだ。
その分、投資の手間がかかる。
クロスボウの作成にはどうしても技術が必要になる。
なかなか量産出来る者ではない。
だが、有象無象のゴブリンを戦力化出来る利点は大きい。
そのため、それなりの投資をしてでもクロスボウの量産に踏み切っていた。
全てはゴブリンを戦力として扱うために。
ゴブリンの強みは数である。
数で能力の低さを補っている。
たとえ能力に劣るゴブリンであっても、相手の三倍の数で襲いかかれば勝ち目がある。
そして、それだけの数を揃えられるのが強みである。
短い妊娠期間と成人までの年月がそれを可能にしている。
逆に言えば、それしか強みがない。
能力においては他の種族に劣り、人海戦術による突進しか勝機が無い。
また、大量投入による膨大な損害も発生する。
勝つには勝っても無傷というわけにはいかない。
比較的補充が簡単なゴブリン兵であっても、そう何度も大量突撃が出来るわけではない。
繰り返していけば、嫌でも損失が積み重なる。
その損失を補充するにはそれなりの時間が必要になる。
いかにゴブリンといえども、そう無駄遣いするわけにはいかない。
それに、ゴブリンの気持ちや意思もある。
彼らとて死ぬことをいとわないわけではない。
むしろ、人一倍臆病と言える気質を持つゴブリンは、他の種族よりも意気地が無い。
そのため、ゴブリンを戦力として用いるのは難しい。
確実に勝てるという保証を用意しない限り、簡単には従わない。
少しでも不利とみれば、平然と敵前逃亡をする。
そんなゴブリンを戦場に送り込む為にも、
『これくらいの数が揃ってるから大丈夫だ』
と思わせなくてはいけない。
つまりは士気の維持の問題となる。
実際問題、他種族と同数ならば確実に負けるほどにゴブリンは弱い。
そんなゴブリンの意気地のなさは、種族保存の為には必要不可欠といえる。
種族全部が壊滅せず、少しでも生き残るために。
そんなゴブリンを少しは戦えるようにするためである。
クロスボウによる遠距離からの射撃。
これにより直接的な被害を少しでも減らす。
敵が射撃をしてこない限り、損害が出る可能性は減る。
相手が応戦能力を持たない限りは、一方的な攻撃が出来る。
意気地の無いゴブリンでも、こういった状況ならばそれなりに踏みとどまる。
また、大量導入する事で、一人当たりの命中率をある程度は無視する事が出来る。
どうしてもゴブリンの能力は低い。
そんな彼らに命中精度は求められない。
大量に発射して、そのうちのいくつかが当たれば良いと割り切るしか無い。
また、大量に持たせる事で、射手と装填手を分ける事も出来る。
比較的命中率の高い者に射撃を任せ、残りの者に弦を絞り矢をつがえる役を任せる。
一度に投射出来る攻撃は減るが、連続しての射撃が可能になる。
そんなゴブリンの防御に、即席魔術師を使う。
敵も射撃で反撃してくるのをみこして、風を操って矢をそらす。
接近してくるなら、足下の地面を動かして足がはまるくらいの窪みを作る。
目の前まで迫ってきたら、火の粉をまき散らしたり顔に水をかけて目をくらます。
そうやって敵の接近を阻む。
ユキヒコはそんな戦い方を考えていた。
どこまで通用するかは分からないが、ゴブリンにはこういった役目を任せるしかない。
一部の例外を除いて、大半のゴブリンはやはり使い物にならないような者が多い。
その中でも本当に使えない者は、廃棄同然に前線に送り込んでいる。
そうやって淘汰しても、残る者が有能になるわけでもない。
ゴブリンのなかではいくらかマシというだけで、やはり能力はそれなりだ。
ただ、命令を聞くくらいの分別や良識はある。
それがあるから集団行動、組織だった動きが出来る。
それだけで十分だった。
組織だった動きすら難しいのがゴブリンなのだから。
それが出来るようになるだけでも大きな進歩である。




