25回 思い出────それはもう既に
「……久しぶり、だな」
「そうですね、女神様に見いだされて以来です」
聖女認定を受けた時の事を言ってるのだろう。
ユキヒコからすれば、教会に連れ去られたのだが。
(ユカはどう思ってたんだろう)
そう思うも、それを聞く場でもない。
ただ、その言い方が気になった。
まるでその事を喜んでるかのような。
少なくとも不快に思ってるようには見えない。
むしろ、それが光栄だとでも言いたげだ。
おかしな事ではない。
女神イエルに選ばれればたいていはそう思うだろう。
だが、それは俗世との決別を意味する。
それをユカは素直に受け入れたのか?
そこが気になった。
(俺の事も、そんな簡単に?)
後悔もなく受け入れたのだろうか?
目の前のユカの様子を見るに、そう思えてならなかった。
(そうでなければいいけど……)
だが、楽しそうに語る幼なじみの娘からは、悲壮さは感じられない。
それが逆にユキヒコの胸に重いものを生み出していく。
苦痛はないが、息苦しさをもたらすそれ。
かつての出来事とその思い出。
それはユキヒコにとって思い出したくも無い出来事だった。
なのだが、ユカにとっては懐かしいものになってるようだった。
同じ事に対して、お互いに抱いてる印象が全く違う事を感じさせた。
「あれから村には戻ってないのです。
ですから、皆様がどのようになさってたのか分からなのですが──」
親しげに語り続けるユカ。
それは本当に再会を喜んでるようであった。
しかしそれを前にしてるユキヒコは違和感しかおぼえなかった。
(変わったな)
それが真っ先に抱いた印象である。
話し方が丁寧になった。
それも教育の成果なのだろう。
聖女らしいというべきだろうか。
乱雑とはいわないが、砕けた喋り方をしてた村にいた頃とはちがう。
振る舞いや表情なども、ユキヒコの記憶の中とは違っている。
これまでの数年間で聖女として様々な事を学んだ結果なのだろう。
成長というなら、確かにその通りなのだろうとも思う。。
だが、ユキヒコにはそれに違和感をおぼえてしかたなかった。
造り変えられてる────
根本から何か別のものにされてるような。
そんな印象をユカから受けた。
目の前に立ってるのは確かにユカなのだろう。
だが、ユキヒコの知ってる彼女ではない。
中身がそっくり入れ替えられたような。
あるいは、一度壊して組み直したような。
そんな印象を受けた。
聖女としての衣装を身のまとい。
丁寧な、淑女のような振る舞いをする。
話し方も上品で綺麗なものだ。
だが、思い出の中のユカと照らし合わせると、異様に思えてならなかった。
土汚れの全くなくなった肌。
襤褸切れとまでいかないが、粗末な服。
ざっくばらんな喋り方や態度に行動。
それらが良いとはいわない。
出来るならば、いま目にしてるような振る舞いの方が好感が持てる。
しかし、どうしてもそれが取って付けたような。
無理矢理何かを変えた結果のように感じられる。
もちろん変わったのはそれだけではない。
数年という歳月は、体も成長させている。
背丈も顔立ちも、昔に比べて大きく変わった。
数年前は感じ取れなかった胸の膨らみなどもある。
そういった分かりやすい部分も含め、変化は大きい。
しかし、ユキヒコが感じたのは、そんな外見上の変化だけではない。
説明がつかない何かをユカから感じてしまう。
それこそ、立ち上る気からして何かが違った。
以前────といっても5年も前になるが。
その時に感じられた気とは何かが違ってるように思えた。
一見してそうとは分からないくらいだが。
しかし、どこか異様で不気味さを感じさせる。
そんなユキヒコの気持ちに気づくこともなく。
ユカは話しかけ続けてくる。
それにユキヒコは適当な応えを返しながら、ユカを見つめていった。
「兄様の名前を聞いて、もしかしてと思って。
そうしたら本当にユキヒコ兄様だったので驚いてしまいました」
「そうなんだ」
純粋に再会を喜んでるような態度。
それをどこか遠い場所の出来事のように感じる。
膨大な違和感をまとわりつかせながら。
(そんな喋り方だったか?)
敬語などのほとんどない、田舎者そのものだった喋り方。
それはどこにも見あたらない。
(こんな大人しかったか?)
礼儀正しい。
姿勢一つとっても、無駄な動きがない。
余計な振る舞いがない。
手元で口を隠すといった控えめな態度一つをとっても、違いを感じる。
何より、
(どうしてこんな態度をとるんだ)
それらが示すものを察知して、違和感が不快感に変わる。
丁寧なのはいい。
振る舞いが変わったのもいい。
しかし、気で感じ取れる変化がきつかった。
具体的に何がどうなのかは分からない。
だが、ただただ不快感をおぼえる。
今のユカが示してる態度や素振り、口の利き方。
その全てが一つの事を示している。
(なんで他人みたいに俺に接してるんだ?)
言うなればそういう事になる。
身内や仲の良い者に示す、良い意味での遠慮の無さ。
それがユカから感じられなかった。
どこまでも丁寧で美しい所作。
それは、さほど親しくない者達にしめす示す礼儀だ。
行儀作法としては間違ってないのだろう。
しかし仲の良い者に示すものではない。
そこに思い至ってユキヒコは、何が違うのかを理解した。
今のユカにとって、自分は他人なのだと。
そうさせた何かがあるのだと。
そう思ってみてみると、気にあらわれる異様さも理解できた。
ユカが今までと、ユキヒコの知ってる時とは違うのだと。
中身が入れ替わったというわけではない。
しかし、確実に彼女は変わっていた。
それも、おかしな方向に。
土や泥で汚れていた田舎娘だった者が。
清潔な衣装に綺麗な肌、数年という時間がもたらした成長が。
幼なじみで、いずれ一緒になるはずだった者を美しくした。
しかし、その美しさの中にある何かが異様なものになっている。
望んでそうなったのか。
何かがそうさせたのか。
それは分からない。
しかし、もうかつてのユカがいないのだと感じさせた。
少なくともユキヒコには、目の前のユカが全く別の人間のように思えてならなかった。
話しかけてくる態度や姿勢。
浮かべる笑顔。
それは親しみをおぼえるような美しさがある。
だが、厳然とした違いがあった。
自分と相手との間に壁をつくるような。
親しげでありながら、拒絶するような。
あなたとの関係はこういうものだと示すような。
それを言葉と態度で伝えてくるようだった。
本人にそれだけの意識や自覚があるかは分からなかったが。
だが、ユキヒコはそれを確かに感じていた。
そうさせるような何かも含めて。
「それじゃ、共に頑張りましょう。
女神様の加護のあらん事を」
ひとしきり話し終えたあと。
ユカは自分から話を打ち切って仲間の方へと振り向く。
その後ろ姿をぼんやりと見送る。
遠ざかっていくユカが、今まで以上に遠くに去っていくように思えた。
それを示すように、勇者達がユカを囲んでいく。
そんな仲間と接するユカは、ユキヒコに見せるのとは違った態度をとる。
親密な、互いの間にはばかりなどないような。
口調や態度はそれなりに丁寧だが、どこか砕けた調子も見える。
仲の良い他人ではない、お互いの間に垣根を作らない関係がそこにあった。
それがユキヒコにこれ以上なく教えてくれる。
自分と彼女は完全に断絶してるのだと。
少なくとも彼女にとってのユキヒコは、それほど重要な存在ではないのだと。
特に勇者との間にある親密な空気。
それがユキヒコの胸に痛みをおぼえさせた。
暗く鈍い重みとは違う。
認めたくない事実を見せ付けられたせいで。
何より思い出す。
ユカがユキヒコに示した態度。
それはなんというか、
(人形…………)
生気のない、作られたような何か。
言葉を発するが、気持ちがこもってない。
ただ、組み込まれた動きをなぞるような。
そんな無味乾燥さがあった。
(なんで、そんな…………人形みたいなんだよ)
今のユカを見て、ユキヒコはそう思わずにはいられなかった。




