244回 直接会うのも必要なので魔族の重鎮に会いにいく 7
「となると」
言葉が重くなってるのを感じる。
「私の頭も読まれてるという事か?」
「おそらくは」
ヨウセンの疑問に邪神官が答える。
「つまり、腹芸は通じないというわけか」
「そんなものを仕掛けたら、この者はためらうことなく相手を潰すでしょう」
やるかどうかはともかく、それを実行できるだけの力はある。
「なら、隠し事はなしで話を進めるしかないか」
「それが最善です」
逆に、それ以外の道は無い。
必然的に交渉による駆け引きなどは使えない。
「大変だな」
使える手段が無くなった事を、ヨウセンは理解するしかなかった。
「ですが、これだけは言えます」
気落ちするヨウセンに邪神官は更なる説明を加える。
「この者、嘘や偽りは嫌います。
ですが、正直さや誠実さは尊びます。
嘘をついて、あるいは真相を隠して利用しようとすれば怒ります。
正直に事情を話せば聞いてくれます。
あるいはよりよい提案もしてきます。
その上で、こちらに協力してくれます」
ユキヒコとの基本的な接し方だ。
それは邪神官の感想であり、これまでの付き合いで得た実感だった。
「我々が嘘を吐かない限り、彼は我々の敵になる事はないでしょう」
「それはありがたいな」
ヨウセンからすればそれは救いだった。
取引や駆け引きが通じないならどうすればいいのか?
相手にこちらの要望を飲ませるには?
その為の手段を失い、打つ手がなくなったと思った。
しかし、どうやらそうでもないようだ。
それがヨウセンにはありがたかった。
「ただ、あまり無茶を言わない方がいいでしょう」
釘を刺すことを、邪神官は忘れない。
「彼は我々に協力はしてくれますが、願いを叶えてくれるわけではない。
彼は彼の都合で動き、その都合に合う部分で我々に協力してくれるだけです」
「分かった」
当然の事なのでヨウセンは頷く。
少しでも協力が得られるならありがたい。
最悪、敵にならないならば文句は無い。
「それだけでも十分だ」
なにより、相手の意図や気持ち、要求が分かったのだ。
これ以上の収穫はない。
「ならば────」
「これからの事だな」
言おうとした台詞をとられ、ヨウセンは一瞬言葉を失う。
そして、
「それも、私の心を読んでの言葉かね?」
「いや。
さっさと本題に入りたいだけだ」
しれっというユキヒコ。
その態度にヨウセンは苦笑する。
(やれやれ……)
相手はそう言ってるが、それが本当かどうかは分からない。
こちらの気持ちを読んで言ったのかもしれないし、本当に本題に入りたかったのかもしれない。
だが、これではっきりと分かった。
こちらの手の内が読まれてるかもしれないと思う事。
真偽はどうあれ、自分たちからはユキヒコの気持ちが読めない事。
その違いや差が明確になった。
とてつもなく自分らが不利であるという事が。
(厄介なもんだな)
「だろうね」
胸の中のつぶやきにあわせてユキヒコが応じる。
その声にヨウセンは、やはり苦笑を浮かべるしかなかった。
ヨウセンからすればかなり不利な交渉。
しかし、それは思ったほど難航する事もなかった。
また、極端に不利な事を求められる事も無かった。
ユキヒコからの要望は、基本的に魔族と呼ばれる異種族連合の方針や戦略と重なるからだ。
敵地への侵攻。
そのために必要なものの調達。
今後の戦略や作戦。
示されるそれらは、ヨウセンにとっても納得のいくものだった。
頭が痛いのは、求められる食料や生活物資である。
さすがにこれは莫大なものになる。
だが、そのほかの部分については、概ね納得のいくものだった。
全てが魔女イエルへの侵攻のためである。
拒む理由はなかった。
「分かった」
最終的にヨウセンは承諾する事になる。
「必要なものが滞りなく動くよう手配しよう」
「ありがとうございます」
邪神官が頭を下げる。
最前線地域を任された彼としては、後方から送られてくる物資は生命線である。
それが供給されるという確約は大きい。
他にも、今後も犯罪者とゴブリンを供給し続ける事。
統治に必要な人材の投入など。
今すぐ欲しいものが揃っていく。
当面はそれらでしのげるだろう。
対談が終わり、ユキヒコと邪神官は部屋に戻る。
やるべき事はもう終わった。
あとは前線に戻るだけである。
ただ、会談が終わってから帰るとなると、前線に到着するのが夜になる。
それはさすがに危険なので、一泊する事になる。
そのはずだったのだが。
「無理」
ユキヒコはきっぱりと言い切る。
「あんなものにまた半日も乗るなんて無理」
そう言って一人で先に帰る事にした。
邪神官も無理強いは出来ないので承諾する。
彼は翌日に予定通りに帰る事になる。
そんな邪神官を置いて、
「じゃあ、お先に」
空に浮かぶユキヒコは、そのまま空を飛んで前線へと向かっていった。
それを目撃した者達は、驚いて飛んでいった方に目をやる。
魔術や奇跡で空を飛ぶ者がいるが、それが出来る者は少ない。
それを目にする事が出来るというのは、それなりに貴重な体験である。
その為、目にした者はしばしユキヒコの飛んでいった方向を見つめ続けた。
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