242回 直接会うのも必要なので魔族の重鎮に会いにいく 5
「小野塚ヨウセンだ」
対談相手はそう名乗った。
「この方面に派遣されてる代官をやってる」
中央から派遣されてるという意味になる。
つまり、この方面一帯の総責任者。
あるいはお目付役である。
実際にこの方面を束ねる権限があるのか。
あくまで中央の意向を伝え、現場の状況を報告する監視役なのか。
職務内容はユキヒコには分からない。
だが、相応の権限があるのは間違いない。
そのヨウセンが尋ねてくる。
「面倒な世辞はおいておこう。
用件だけ話したい」
ありがたい事だった。
無駄な話をしないというだけでも助かる。
「君の目的はなんだ?
なぜ我々に味方をする?
その見返りに何を求める?」
本当に用件だけを聞いてくる。
その率直さは意外ではあった。
もってまわった言い回しをするのが、こういう地位の人間の定番だからだ。
それをしてこないというだけでも、ユキヒコは好感を抱いた。
「目的は、あいつら────魔女の崇拝者の殲滅。
理由は、奴らが俺から大事なもんを奪ったから。
見返りは、正直考えてない。
ただ、目的を達成するまでは協力してほしい」
ユキヒコも簡潔に答えていく。
隠すような事ではないし、隠さなきゃならない理由もない。
むしろ、伝えておいた方が良いことだ。
それをわかりやすくヨウセンに伝えていく。
「ほう……」
ユキヒコの言葉にヨウセンは軽く驚いた。
ここまで率直に答えてくるとは思わなかったからだ。
また、その内容も意外なものではある。
「それだけか?」
「他に何が?」
質問に質問で返されるが、気にせずヨウセンは言葉を続ける。
「我々の側にやってくる者は君が初めてではない。
理由は様々だが、亡命してくる者はいる」
「へえ……」
初耳だった。
そういう者が他にもいるとは思わなかった。
「理由の大半は君とは違うがね。
税をおさめられなくなったとか、犯罪とか悪さをしたとか。
まあ、そこから逃げる為というのがほとんどだ」
ありそうな理由である。
「取り立ても厳しくなってるみたいだしな」
イエル側の税率はだんだんと上がっている。
庶民でだいたい5割。
これが基本となっている。
場所によってはもっと高い所もあるという。
また、悪さをする奴らというのはどこにでもいる。
そういう者が官憲の手の届かない所に逃げるのは当たり前だろう。
それで選んでるのが敵地というのは少しばかり予想外だったが。
「君は違うようだが」
ヨウセンは不思議そうにユキヒコを見つめる。
「となると、理由が気になる。
何せあいつらの殲滅を望むくらいだ。
よほどの事があったと思うが」
「そうでもない」
そこはあえて否定していく。
「殲滅を求める程大きな理由じゃない。
あくまで俺一人の問題だ」
「聞いてもいいかな?
差し支えがなければ」
「女をとられた」
即座に答える。
「女?」
「そう、女だ」
他に理由は無い。
隠すわけにもいかない。
相手の信用を得るためにも、正直は必要になる。
相手を見極める必要はあるが。
とりあえずユキヒコはヨウセンを信じる事にした。
相手がそれに応えるかどうかは分からないが。
ただ、これを踏み絵として使う事で、ヨウセンをはかろうとした。
「ふむ…………」
ユキヒコの答えにヨウセンは考える。
女をとられた、という理由が本当かどうかは分からない。
本当にそれが理由かもしれない。
はたまた、本心を隠すための欺瞞工作かもしれない。
そう考えるほどに、その理由は小さなものに思えた。
(殲滅の理由だぞ……)
曲がりなりにも自分の生まれ育った国である。
親兄弟や友人知人もいるだろう。
それらを殲滅する理由が、女という。
そんな事がありえるのだろうかと思った。
しかし、だからといって否定するつもりもなかった。
(何が大切なのかは人それぞれだし。
そういう事もありえるのか……?)
懐疑的ではある。
しかし、全くあり得ないと否定するわけにもいかない。
どんなに突飛に思えても、それが真実ならば受け入れるしかない。
自分のもってる常識や思い込みを捨てて。
真実や真相というのは、自分の想定通りというわけではないのだから。
(とはいえ……)
それでもやはり信じ切れないものもある。
味方を裏切り殲滅を求める理由。
それがたかだか女とは。
「まあ、そういうなら信じよう」
割り切れないものはあるが、ひとまずヨウセンはそれを問いただす事は置いておいた。
聞くべき事はまだある。
「こちらとしても魔女イエルの討伐。
その崇拝者への対処は必要不可欠だ。
このままにしておくつもりはない」
だからこそ戦争までして対立している。
「君がそれに協力してくれるなら、これほどありがたい事は無い」
「出来ることはするつもりだ。
もっとも、買いかぶられても困るけど」
一応謙虚はふりはしておく。
無茶ぶりされたらたまらない。
だから大口は叩かないでおく。
「もちろんそのつもりだ。
協力はお願いしたいが、無理強いをするつもりはない」
ヨウセンとてユキヒコに全部を押しつけるつもりはない。
「ただ、君の能力。
これは少しばかり確認しておきたい。
報告は読んだが信じがたい内容だったのでな」
「なるほど」
対談の理由がいくらかはっきりしてきた。
「嘘を吐いてるとはさすがに思わないが。
君の送ってきた報告書。
ここに書かれてるのは事実かね?」
本題に入ったヨウセンは、まず邪神官に尋ねる。
「事実です。
嘘も当然ですが、誇張もありません。
今回の侵攻、それは全てこの者によって成功したのです」
「ふむ…………」
はっきりと言い切る邪神官。
その言い方にためらいや迷いはない。
もとより邪神官が嘘を吐いてるとは思わない。
正規の報告で嘘を書くのがどれほどまずい事なのかを知らないはずがない。
虚偽の記載は相応の処罰が下る。
それでも失態を隠蔽し、成果を盛る事はある。
人間、どれほどの罰を受ける可能性があっても、そうした事は止められない。
だが、それならそれで、デタラメのような報告をあげるのが腑に落ちない。




