24回 思い出────勇者、そして最悪の再会
ユキヒコの気分をよそに、周囲は慌ただしく動いていく。
魔族との戦いにおける大規模な作戦。
その為の準備で様々な人や物が流れこんでくる。
また、勇者がやってくるとあってその準備も進んでいく。
ユキヒコが駐留してる基地の一角に専用の宿泊場所がしつらえられる。
このために宿舎が新設されるという事はさすがにない。
だが、豪華なテントが用意されていった。
軍の高級士官用のものだ。
さすがにホテル並とまではいかないが、テントとは思えないほど内部は豪奢である。
少なくともユキヒコなどが使うような利便性優先ものとは違う。
勇者の到来はそれらが終わる頃にやってきた。
その日は、基地の主立った者達を始め、手の空いてる者達は出迎えに動員された。
当直や怪我で動けない者など以外のほとんど全てがだ。
勇者と聖女とは、そこまでして歓待するべき存在である。
「出迎え、ありがとうございます」
やってきた勇者は、そう言って目の前に立つ基地司令に挨拶をしていった。
朗らかな笑顔と人当たりの良い声。
人柄の良さが浮かび上がってるようだった。
「こちらこそ。
わざわざ出向いてもらい、恐縮です。
これで魔族との戦いは勝ったも同然ですな」
基地司令もそう言って勇者をたたえていく。
多少のお世辞も混じってはいるが、それだけではない。
基地司令の言葉には、勇者と聖女があげてきた実績の裏付けがある。
正直にそれらを褒め称えたものだった。
同時に、それだけの事が出来る者への期待もある。
「実際の作戦についてはまた明日にでも。
今はまず、お休みをとっていただければ」
「丁寧にありがとうございます。
申し訳ありませんが、お言葉に甘えます。
何せ、ひ弱なもので」
「またご謙遜を」
「そう言っていただけると助かります。
それに、こいつらの事もあるので」
そう言って後ろに控える者達に目を向ける。
そこにはこの勇者の聖女達が並んでいた。
それぞれの役割に応じた装備を身につけた者が四人。
当然ながら全員女、それもかなりの美人揃いだ。
それを見つめる男共に、羨望や憧憬が浮かんでいく。
そんな聖女達を見つめてから、
「俺はともかく、こいつらに休めるところを」
と言って宿舎への案内を求めた。
「それもそうですな。
それでは案内はこれに」
「俺は作戦について。
少しでも聞いておきたいので」
「では勇者殿はこちらに。
参謀を集めますので」
そう言って勇者は基地司令と共に歩んでいく。
別行動となった聖女達は、一足先に宿舎である高級テントへと向かっていった。
(あれが勇者か)
建物の中からユキヒコはそれを眺めていた。
他の者とは違い、出迎えには出なかった。
そんな気分にはとてもなれない。
それでも、遠目にどんな奴なのかは見ておきたかった。
さすがに基地司令との会話の内容は分からない。
しかし、表情や振る舞いを見るにそれ程悪い人間には思えない。
そう思わせるように立ち回ってるかもしれないが、だとしても見事なものだった。
いや、そう狙って動いてるならそれはそれで大したものだった。
少なくとも他人に不快感を与えないよう気を遣ってはいる。
あるいは、腹の黒さを隠すために上辺をととのえてるのか。
それが出来るだけでもなかなかのものである。
何か含むものをもっていたとしてもだ。
たとえ性格は悪くても、それを隠せるだけの頭の良さはあるのだろう。
(そう思うのは、俺の見方がねじ曲がってるからなのかねえ?)
それは勇者の本性が分からねば判明しない事であった。
(それと)
勇者への思いを置いておき、聖女にも目を向ける。
それとはっきり分かるほどに美しい者達だった。
(剣の聖女と、守りの聖女。
それと探索と、制圧の聖女かな)
役割ごとに与えられる聖女の呼び名を思い出していく。
聖女の役目は勇者の支援だが、その形態は一つに限らない。
戦士のように戦う者もいれば、偵察兵のように探索に従事する者もいる。
いわば、勇者と聖女で一部隊になるような編成になっている。
ユキヒコがあげていった名前は、そういった役割を示すものである。
剣の聖女は、戦闘を担当する戦士。
守りの聖女は、防御魔術を専らとする存在。
探索の聖女は、偵察などを行う。
制圧の聖女は、攻撃魔術を使う魔術師にあたる。
話に聞いていた聖女そういった役割と、聖女の姿からそうなってるのではと思えた。
実際、剣の聖女は鎧を身につけ腰に剣を下げている。
探索の聖女は身軽な格好をしている。
守りと制圧のそれぞれの聖女は、基地にいる魔術師に似た格好をしていた。
これに勇者を加えた者達によって勇者一行は形成されていた。
(それにしても……)
気になる事がもう一つあった。
意外なほど勇者も聖女も若い。
中心となる勇者はおそらく二十歳くらいだろうか。
聖女達もそれに近い年代であるようだ。
一人だけ、その中でも特に若い聖女がいる。
これなどユキヒコよりも更に年下に見えた。
そんな者達が隔絶した力をもっているのだ。
にわかには信じがたい。
(勇者や聖女の能力に年齢は関係ないって言うしなあ)
全ては女神の加護による。
勇者の振るう能力も、聖女が用いる奇跡の強さも。
これらは持ってる才能と、女神の加護の強さによって決まる。
その才能も世間一般で言われるものとはいささか異なる。
極論すれば、女神に見初められたかどうか。
それだけである。
どれだけ優れた能力をもっていようとも。
どれだけ研鑽をつんで技術をのばそうとも。
そういった事で女神の興味を引くことはない。
本当に女神が目をつけたかどうか、ただそれだけで決まる。
そうして見込まれた者に、女神は特別に恩寵を与える。
優先的に様々な力をもたらすという。
それが加護であり、軌跡である。
加護は常に発動して効果を発揮する。
軌跡は使えば消費してしまう超常現象。
そう考えて差し支えない。
これらを女神イエルは、勇者と聖女に優先的に振り向ける。
そういったものを更に引き出す才能がどれだけあるか。
それが勇者や聖女の強さになっていく。
そうさせるのが何なのかは分からない。
いっそ気まぐれとでも言うべき何かによって女神は様々な力をもたらす。
もう、女神イエルのお気にいりであるかどうか、という事だけが重要なようだ。
勇者と聖女の才能というのは、そういったものとしか言いようが無い。
このため、勇者と聖女の強さに年齢や経験はあまり関係がない。
活動期間の長い勇者達ならば、年齢もそれなりになるが。
極端な話、10歳そこそこでも、女神の恩寵がありばいい。
それだけで人知を超えた活躍をする事が出来る。
そういった事例も教会に記録されているし、武勇伝として巷間に広まっている。
なので、若いからといって侮ることは出来ない。
(けど……)
それでも思ってしまう。
これまでの5年間。
ユキヒコは地道な努力で己を伸ばしてきた。
才能など全く無い、それこそ徴兵検査すら通らないくらいだ。
貧弱で無能とまではいわない。
ごくごく一般的な能力しか持ってないのは明白である。
そんな人間がどうにか己を培って今に至っている。
どの努力を基準に考えてしまうからだろう。
どうしても勇者達を正当に評価する事が出来ない。
凄まじい能力があるにはあるのは分かってる。
なのだが、それを簡単に認める事が出来ない。
本当に言われるほどの力があるのか?
そんな思いがどうしても出てきてしまう。
なまじ経験や実績を積み重ねてきたからだろう。
それだけに、突発的に与えられた奇跡の力というものに懐疑的になってしまう。
あるいはそんなものがあるという事への嫉妬であろうか。
なによりも、勇者であるという事が気に食わなかった。
自分の大事な者が、ああいう輩と一緒にいるのかと思うと腹が立つ。
だからといって何が出来るわけでもないが。
しかし、どうしても憤りをおぼえてしまう。
(まあ、ちゃんと仕事をしてくれるならいいけど)
不遜ではあるが、そう考えることにする。
勇者への鬱憤もとりあえずは胸の中にしまう。
どのみち、この勇者と聖女達に協力せねばならない。
その為に必要な事をとにかくやるだけである。
他の事など考えてる余裕は無い。
なのだが、それでも浮かんでくる事もある。
(あいつも、こんな風に勇者のお伴をしてるのかな)
幼なじみの娘が、遠くに見る聖女と重なってしまった。
その数時間後。
最悪な事にそれを実際に目にする事になる。
案内役として紹介するという事で勇者と聖女の所に出向いたときに。
軽く挨拶を交わしていくうちに、聖女の一人が声をかけてきた。
笑顔で、懐かしそうに。
「ユキヒコ兄様!」
そう言って声をかけてくる聖女。
いったい何事かと思った。
だが、聞き覚えのある、忘れもしなかった声だ。
すぐに誰だかに思い至る。
信じたくはなかったが。
「久しぶりですね」
それは、かつて自分と同じ村にいた娘だった。
そうである事にすぐには気づけなかった。
口調も素振りも田舎娘のような乱雑さは見られない。
丁寧な物腰で接して来る聖女は、自分とは別世界の人間に思えた。
しかし。
「……ユカ?」
名前を口に出して尋ねる。
自分が唯一思い当たるそれを。
それを聞いて聖女は、
「はい!」
と笑顔で応じた。




