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237回 勇者と聖女、任務をこなしながら目を向ける、これからとここからと、そして心配の種について

「あと少しだな」

 勇者の声に聖女達が頷く。

「敵も追いかけてこないようだし」

「やっぱり、味方の陣地に近づくと警戒するのかな」

「そうだと思いたい。

 相手がゴブリンだったらそうもいかないだろうが」

「何も考えずに闇雲に突っ込んでくるからね」

 そう言って勇者と聖女達は笑う。

 彼らの知るゴブリンとはそういうものだ。

「まあ、油断しないようにな」

「大丈夫、警報の魔術をはってあるから」

「簡単な罠も仕掛けてある。

 近づいたら分かるだろう」

 それでも油断は出来ない。

 これまでなら、夜中に襲いかかってくる事もあった。

 今日も同じように警戒は必要だった。

 それでも、明日には安全圏に入る事が出来る。

 それが気持ちを楽にしてくれた。



「通信の魔術で伝えてはあるけど。

 出迎えは期待出来ないよな」

「無理を言うな。

 どこもかしこも人手不足だ」

「それはそうだけどさ」

「少しはいたわってほしいね。

 うら若き乙女なんだから」

「まあ、それは……そうだな」

「ちょっと、何笑ってんの?」

「いや、なんだか、ちょっとね」

「おかしな事でもあったか?

 たとえば、私たちがうら若き乙女であるという事とか」

「いやいや、そんな事は。

 みんなうら若き乙女だよ。

 とても素敵な。

 まあ、強いていえば、厳密な意味での乙女っとは……ね」

「…………ばか」

「…………こら」

「…………(無言で赤面)」

「…………(無言でうつむく)」

「まあまあ。

 みんな乙女でなくても、俺の大切な聖女様だから」

 その言葉に、聖女達全員が更に真っ赤になっていく。

「だから、帰ったら…………なぅ」

 示す事が明白な誘いに、向かいに座る二人は顔を伏せる。

 肩を抱かれた二人は、抱き寄せる勇者の腕を軽くつねった。



「けどまあ、最近はとんでもない事になってたからな」

 馬鹿話を切り上げ、勇者は現実に目を向ける。

「魔族に国境突破されるし。

 都市も陥落しちまったし。

 避難してきた人もたくさんいたし」

「そうですね……」

「しかも、避難してきた人たちはあんな事されて……」

 たまたまその姿を見た事がある彼らは、あまりのいたましさに顔をしかめたものだ。

「それに、女の人がいなかった」

「考えたくないけど、連れていかれたんだろうな」

 そこから先は言葉にならない。

 口にするのもおぞましいからだ。

 捕まった女がどうなるかは決まっている。

 そうなってしまった者達の姿も、これまで何度も見てきた。

「生きてるってのは良いことなんだろうけど……」

 殺されずに済んだ、まだ生きている。

 それは普通に考えれば僥倖だろう。

 しかし、酷い苦痛にまみれて生きるというのはどれほど辛い事だろうか?

 死ぬよりはマシでも、生きることが辛いというのも大変な事である。



「それに、魔族に攻め込まれた都市で……」

「ああ……」

 声が更に低く沈痛になっていく。

 それも生き残った避難民から伝えられた事だった。

「貴族は軒並み……」

「子供から老人までな」

 全員が等しく生け贄にされていった。

 その事に身震いする。

「そこまでするか」

「容赦がないな」

「やってくれるよ」

 誰もがやるせない気持ちになっていた。

 しかし、それは彼らが言うことではない。

 彼らとて戦場では敵を殲滅してるのだ。

 また、魔族の集落や都市に入れば、それこそ一人残らず根絶やしにしていく。

 やってる事に違いは無い。



「勇者と聖女も」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 そこに触れて、みんな口をつぐんだ。

 赴いた勇者と聖女が敗北した。

 そして、彼らも生け贄にされていった。

 その子供達も含めて。

 他人事とは思えなかった。

 同じ勇者と聖女である。

 だからだろう、彼らの敗北、たどった末路。

 それがあり得る自分らの未来の可能性の一つに思えた。

 下手をすれば自分らも同じようになると。



「負けられないな」

 ぽつりと勇者が口を開く。

 負けられない。

 負けたらどんな事になってしまうか。

 その実例が示された。

 決して負けるわけにはいかない。

 人々を守るためにも、自分自身の為にも。

「勝って、魔族を倒そう。

 ここを守らなくちゃ」

 その声に聖女達は静かに頷く。



「ユカ」

 肩を抱いてる聖女、ユカに勇者は声をかける。

「お前の為にもな」

「え?」

「魔族がこの前攻め込んだ場所。

 確か、お前の幼なじみがいた所だろ」

「……うん」

 聞かれてユカは少しうなだれる。

「ごめんね、どうしても気になっちゃって」

「気にすんなって。

 大事な人だったってのは分かってるから」

 そいつがユカとどういう間柄だったかは既に聞いている。

 だからユカが心配しているのも。

「大丈夫だよ。

 きっと生きてる。

 義勇兵だってんだから、きっと魔族を倒して道を切り開いてるさ」

 そう言って慰める。

 魔族の攻勢に幼なじみが巻き込まれた事を気に病んでるユカを。

 嫉妬はある。

 自分と恋仲になってるのに、別の男を気にしてるのは。

 しかし、古くからの知己が何かに巻き込まれれば心配するのは当たり前だ。

 良好な関係であればあるほど。

 だから勇者は、自分の中の醜い感情を押しつぶしていく。

「まずは目の前の魔族を倒そう。

 そうすれば、ユカの知り合いも見つかるさ」

「うん…………」

 そう言ってくれる勇者の優しさ。

 肩を抱く腕の暖かさ。

 それにこわばってた気持ちがほぐされていく。



「そのためにも、この人達を送り届けないと。

 反攻作戦もそれから始まるだろうし」

 現在、防衛用の陣地を急いで建造中なのは聞いている。

 そこで敵を押しとどめ、体勢を立て直す。

 あとは攻め込んできた敵に向かって攻撃を開始していく。

 そういう予定になっていた。

「それまでは大変だろうけど、頑張らないと」

 その言葉に聖女達は再び頷いた。



(ユキヒコ……)

 想い人に肩を抱かれながら別の男の事を考える。

 聖女となっていらい疎遠になった相手。

 子供の頃は、そのまま結婚すると思ってた相手。

 今となっては、子供の頃の淡い思いを向けただけの相手。

 その相手が今、生死定かでは無い状態にある。

 そのことにユカは、自分でも驚くほど動揺していた。

(大丈夫だよね?)

 まともに考えれば絶望的である。

 生死のどちらかで言うならば、ほぼ確実に死亡してるであろう。

 生きていたとしても、他の難民と同じように体を壊されてるはずだ。

 ただ、逃げてきたその者達の中に、ユキヒコの名前はない。

 その事に少しだけ希望を見いだしている。

 名前が無いという事は、どこかで生きてるはずだと。

 帰還できずに死んだという事は、あえて考えないでいた。

(無事でいてね)

 古くからの馴染みの身を案じながら、ユカは自分を支えてくれる男の胸に頭をあずけた。

いい人だなあ、勇者と聖女は

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