232回 恐れは現実となりあらわれる
ソウスケの言っていた通り、敵の戦線は崩壊しつつあった。
広大な戦線を支える為、兵力をギリギリまで展開していたのだ。
その一部が欠けてしまったら、全体に多大な負担を強いる。
生じた穴を埋める為に、他から兵を抜き出さねばならないのだから。
それはイエル側が恐れていた事態である。
一定以上の地位や該当する役にある者。
ある程度頭が回る者。
そういった者達ならば、それがどれほど最悪なのかを想像していた。
それが現実にならないよう願っていた。
現実はそうはいかない。
敵は一部とはいえ防衛線を突破した。
慌ててそこを埋めるべく兵力の移動が始まっていく。
そして、兵力を引き抜かれた戦線で崩壊が始まっていった。
敵の圧力を支えていた前線が少しずつ後退を始めていく。
兵力を引き抜かざるをえない時点でそれは予想された事だった。
指揮を任される者達も、これを承知しており、緩やかな戦線の後退を指示していた。
現状の維持はもはや不可能。
それを為そうとしたら、多大な負担を前線全体にかける事になる。
それを避ける為には一度後退をして、前線を再構築しなければならない。
簡単にはいかない。
それは分かってる事だった。
敵が黙ってみてるわけがない。
後ろを見せたら襲いかかってくるだろう。
兵力の減少した段階でそんな事をされたら、多大な損害が出る。
それも避けねばならない。
ヒサカゲ達が心配していた事態。
起こって欲しくない事が現実になっていく。
当然の事として、各前線の混乱はかなりのものとなった。
円滑に撤退が出来る所などほとんどない。
大半が撤退の背後を突かれて損害を出してしまう。
中にはそれを上手く撃退するところもあったが、全体から見れば少数だ。
それに、上手く撤退したとしても、損害が皆無という事はない。
貴重な兵力を更に減少させる事になる。
また、撤退が決まっても実行するまで時間がかかる場合もあった。
後退するにしても、新たな陣地が必要になる。
それが用意されてない事がほとんどだったからだ。
その為、必要な防衛設備の構築から始まる所も多い。
中には、かつての戦線で用いていた設備を利用できる所もある。
時間をかけて着実に前線を押し上げてきたイエル陣営である。
その名残と言うべき設備も一部には残っている。
しかし、それらも長い間放置されているものが多い。
再利用するには、それなりの修繕が必要だった。
新たに設置するよりは楽だし時間もかからない。
それでも後退するまでにはいくらかの時間を必要とした。
その間に敵の襲撃を受け、損害を出す事もある。
何より問題なのは、撤退する地域に住んでいた住人である。
前線が後退する事で、その近隣地域は完全に敵地となる。
魔族が進出し、戦闘が起こるようになる。
そんな場所に人を置いておくわけにはいかない。
彼らも共に後方に引き下げねばならない。
なのだが、これも難題だった。




