23回 思い出────もとより任務を選べるほどではないが、こんなのは出来れば断りたかった
「勇者?」
声が冷淡に尖ってしまう。
自分が義勇兵となる原因となったのだから無理もない。
そんなユキヒコに話をもってきた者は少し怪訝そうな顔をする。
だが、特に気にもせずに話を進めていった。
「ああ。
今度、大規模な作戦があるだろ。
それに参加するんだと」
「それはそれは」
話は聞いている。
集結してきてるという敵を撃退するものだ。
ユキヒコもそれへの参加を打診されていた。
当然、そのつもりではいた。
功績を大きく上げる機会だった。
そこに来て、勇者の話である。
盛り上がっていた気分が一気に減退していく。
「勇者?」
声が冷淡に尖ってしまう。
大事な者を奪っていった存在なのだから無理もない。
話をもってきた者は、ユキヒコのそんな態度に怪訝そうな顔をする。
「何か問題でも?」
「いや、べつに」
とりあえず話をそらして用件を聞いていく。
「今度、大規模な作戦があるだろ。
それに参加するんだと」
「それはそれは」
作戦事態は聞いている。
敵が集結してきているので、これを撃退するというものだ。
作戦への参加は既にを打診されていた。
当然、その加わるつもりではいた。
功績を大きく上げる機会と思って。
そこに来て、勇者の話である。
盛り上がっていた気分が一気に減退していく。
「それで、俺にわざわざ話をもってきてどうするの?」
「それそれ。
お前さ、作戦予定の場所については詳しいだろ」
「ええ、まあ」
そこはユキヒコが活動するあたりではあった。
「だから道案内とか頼みたい。
勇者の先導だ」
「俺が?」
意外だった。
そんな仕事が回ってくるとは思わなかった。
「わざわざ?
他にも出来る奴はいるでしょうに」
「まあ、そうは言うけどな。
他の連中にはそれぞれ任せたい仕事があってな。
適任なのはお前だけなんだよ」
「はあ……」
言われても褒められてるとは思えなかった。
ユキヒコ以外で適任の者達は、だいたいが部隊を率いている。
数人から十数人まで規模は様々だが、それなりの実績もつんできている。
それに対してユキヒコは、ようやく最近他の者を率いるようになったくらいだ。
それなりの成果も出してるが、部隊としての功績はまだ少ない。
ユキヒコも指揮官として成長途上というのもある。
それに加え、ユキヒコの班や組にいる者達がまだ未熟というのもある。
寄せ集めとはいわないが、まだまだ臨時編成の急造部隊の域をこえてない。
部隊として熟練するには、もう少し訓練と経験が必要だった。
そんなユキヒコだから、案内役に選ばれたのだろう。
他の者達はもう少し重要な役にまわされている。
残ったのはユキヒコだけ、というのが正解だろうと思えた。
(まったく……)
ふざけた話である。
だが、今のユキヒコの立場を考えれば、そういう扱いも妥当ではあった。
実際、任せるとしたらユキヒコが都合が良いのは確かだ。
司令部からしても、この人選にはそれなりに頭を悩ませた。
何せ要求や要望が色々とある。
それなりの経験があって。
地域にもそれなりに詳しく。
個人としても部隊としても、単独で行動出来る能力がある。
道案内として危険な地域に出向いても問題がない
それでいて、他の作戦に参加させるほどの信頼性がまだ足りない。
思いつく様々な要素を組み合わせた結果、ユキヒコが妥当と言う結論が出た。
ここで妥当と言われてしまうのが悲しいところだ。
適切でも最適でもなく、仕方なく選んだというのがありありとしている。
他に適任者がいないのも事実だが、手駒が少ないというのが実情だった。
(有象無象の)人はいるが、(有意な人材としての)人はいない。
そんな中で、司令部が出せる最適解(であり妥協の産物)がユキヒコだった。
「だから、頼むよ」
「分かってますよ」
ため息を吐きながら応える。
ユキヒコって上層部の事情も理解している。
「嫌だって言っても許さないでしょ?」
「まあな」
だったら受け入れるしかない。
「それで、勇者はいったい何時頃到着するんで?」
「あと一ヶ月ってところだな。
作戦が始まる前にはここに来る予定にはなってる」
「じゃあ、それまでに詳しい話を」
「分かった」
聞ける情報はとりあえずこれだけらしい。
話を持ってきた者は、そう言うとユキヒコから離れていった。
「勇者ねえ……」
残されたユキヒコはため息を吐いていく。
正直なところ、良い印象は全く無い。
それがどれ程自分達の陣営に貢献してるとしても。
「くそが……」
大事なものを奪っていった元凶だ。
理解は出来ても許せるものではない。
今度来るのが、ユカとは関係の無い者だったとしてもだ。
ただ、その戦力だけは評価してはいる。
伝わってくる話を聞くだけでも、化け物じみた強さであるのが分かる。
それだけの能力があるのは羨ましいと思えた。
しかし、聖女と懇ろになる存在、というただこの一点において受け入れられない。
どうしても幼なじみである大事な娘の事が頭をよぎる。
「あいつ、どうしてんだろ……」
自分がいないうちに連れていかれた娘。
かつて一緒にいた、今も好意を抱いてる相手を思い浮かべる。
連絡が取れなくなって5年。
どこでどうしてるのかも分からない。
それでもどこかで出会えると信じる事で生きる原動力にしている。
片時も忘れた事がないその娘の事を思い、ため息を吐く。
おそらく、聖女として勇者と共に行動してるのだろう。
それがどんな事なのかと思うと腹が立つ。
怒りがこみ上げるし、それと同じくらい気持ちが淀んでいく。
(元気でいるかな)
その心配は必要ないだろうとは思う。
教会が生活を支えてるのだ。
その面で不自由はないはずだ。
だが、それ以外の部分ではどうなのかと思う。
(やっぱり、勇者と……そうなってんのかな)
考えたくもない事だ。
しかし、聖女に選ばれたならば、そうなっている可能性もある。
(もし、そうだったら……)
その時どうするのか?
嫌でも考えてしまう。
だが、考えても分からない。
考えたくも無いというのが正解ではある。
そうでない事を願いながら、悶々とした気持ちを押さえつける。
とはいえ、避けては通れない問題だ。
(その時は)
どうするのか?
どうしたらいいのか?
ユキヒコにとって最悪の事態であるそんな事を考えながら、ふらふらと歩いていく。
既に勇者がくる事など頭にはない。
少なくとも、今のユキヒコでユカを取り戻せるとは思えなかった。
その場合、勇者や教会、その他大勢を敵に回すことになる。
それで勝てるのかが問題だった。
はっきり言えば無理である。
それはユキヒコ自身がよくわかっている。
それこそ勇者くらいの力があればどうにかなるだろう。
しかし、残念ながらただの義勇兵でしかない。
この5年でだいぶ成長したが、それでも一般人の範囲内だ。
大勢の敵を蹴散らしていけるような強さはない。
「これじゃ、全然足りないよなあ……」
求める強さにはほど遠い。
では、それを補うような何かがあるのか?
これも無いというしかない。
一人の力ではどうにも出来ないなら、集団でとなる。
しかし、ユキヒコと志を同じくするような者がどこにいるのか?
女神イエルの布教範囲の中で、それに逆らおうという者はまずいない。
一部、異端といわれる者はいる。
しかし、それらがどこにいるのか分からない。
それらと接触できれば話は違うのだろうが。
残念ながらそういった者達との伝手もない。
だからこそ、功績を挙げて出世する事にしたのだが。
それで聖女に届く所まで…………そう思っていた。
だが、それ自体がかなり無理のある話であっただろう。
どれだけ出世しても聖女に届くわけがない。
それこそ、住む世界が違う。
近いようで、結局は全然違う所にいるようなものだ。
その事を、この5年でいやというほど感じさせられてきた。
狭い世間で生きてるが、それくらいが分かるくらいには世情というのは伝わってくる。
「無理なのかな……」
気持ちが萎える。
諦めそうになる。
もともとが無理な話ではあった。
今更どうにもならない。
だが、それでも諦めずにいた。
諦められるわけもなかった。
そんな所に、今回の話である。
「やんなるな」
ぼやきたくもなる。
「それで、それを俺にわざわざ話すってのは?」
「それそれ。
お前さ、作戦するあたりについては詳しいだろ」
「ええ、まあ」
予定される作戦地域はユキヒコが活動するあたりではあった。
「だから道案内とか頼みたい。
勇者の先導だ」
「俺が?」
意外だった。
そんな仕事が回ってくるとは思わなかった。
「わざわざ?
他にも出来る奴はいるでしょうに」
「まあ、そうは言うけどな。
他の連中にはそれぞれ任せたい仕事があってな。
適任なのはお前だけなんだよ」
「はあ……」
言われても褒められてるとは思えなかった。
ユキヒコ以外で仕事がつとまりそうな者達は、だいたいが部隊を編成している。
数人くらいの小さいものから、十数人以上のそれなりの大きさのものまで。
規模は様々だが、単独で行動してる者はほとんどいない。
だが、ユキヒコは基本的に一人で行動している。
もちろん、本当に単独行動をしてるというわけではない。
定まった人員による部隊を編成してない、という意味である。
現在のユキヒコは臨時編成の部隊を率いる事が多い。
余ってる者や経験の少ない者によるものだ。
また、人の足りない所に入って穴埋めをする事も多い。
これらが出来るくらいには成長しており、重宝されてはいる。
なのだが、どうにもどこかの部隊に組み込まれるという事がない。
巡り合わせの悪さと言うしかなかった。
穴埋めならともかく、既存の部隊にそのまま組み込むとバランスが悪くなる。
かと言って新人や経験不足の者達と組ませるには、そこそこに能力がある。
なので、下手に部隊を編成すると部隊の機能が低下してしまう。
既存の部隊に入れるには過剰戦力にすぎる。
かといって新人と一緒では、これが足かせになってしまって能力を殺してしまう。
丁度良いところが無いのだ。
だから今回、案内役が回ってきた。
単独で行動しても問題ないくらいの能力がある。
現地の事も詳しい。
少なくとも勇者の邪魔にならないくらいの能力はある。
最悪でも足手まといにはならない。
そこそこの判断力もあるので、その時必要な事も出来る。
本人に伝えられる事はないが、これらがユキヒコが選ばれた理由であった。
「だから、頼むよ」
「分かってますよ」
ため息を吐きながら応える。
「嫌だって言っても許さないでしょ?」
「まあな」
だったら受け入れるしかない。
「それで、勇者はいったい何時頃到着するんで?」
「あと一ヶ月っていったところだな。
作戦が始まる前にはここに来る予定にはなってる」
「じゃあ、それまでに詳しい話を」
「分かった」
聞ける情報はとりあえずこれだけらしい。
話を持ってきた者は、そう言うとユキヒコから離れていった。
「勇者ねえ……」
残されたユキヒコはため息を吐いていく。
正直なところ、良い印象は全く無い。
それがどれ程自分達の陣営に貢献してるかは分かってる。
伝わってくる話だけでも、相当な戦果をあげている。
正直、それだけの能力があるのが羨ましいと思えた。
しかし、聖女と懇ろになる存在、というただこの一点において受け入れられない。
「あいつはどうしてんだろ……」
かつて一緒にいた、自分が好意をよせていた相手を思い浮かべる。
片時も忘れた事がない、いまだに義勇兵を続けてる理由である存在を。
それが聖女として勇者と共に行動してるのだろうと思うと腹が立つ。
怒りがこみ上げるし、それと同じくらい気持ちが淀んでいく。
義勇兵になって数年。
それなりの能力を得たとは思うが、それでもまだ下から数えた方が早いくらいの地位だ。
それなりに頼りにされてはいるだが、大きな出世は見込めない。
そんな自分と、勇者と呼ばれる存在をどうしても比べてしまう。
「これじゃ、全然足りないよなあ……」
功績を挙げて、少しは出世する。
そして聖女に届く所まで…………そう思っていたのだが。
現実はかなり厳しい。
勇者どころか、一般的な義勇兵の範疇から出られないでいる。
「無理なのかな……」
もともとが無理な話だったのである。
今更どうにもならない。
だが、それでも諦めずにいた。
諦められるわけもなかった。
そんな所に、今回の話である。
「やんなるな」
ぼやきたくもなる。




